1925年のパリ万博から今年で100年。“アールデコ博”とも言われたこのパリ万博は、アールデコ躍進のきっかけとなり、時計の造形にも大きな影響を与え、多くの名作を生み出してきた。そしてそのDNAは世紀を超えたいまも息づいている。今回は、カルティエの「タンク」を見ていこう。
2025年は腕時計の“名作”が改めてフォーカスされた1年であった。そして、名作と呼ばれる腕時計には、一つひとつの物語がある。時代を超えて受け継がれる100本の腕時計、その“物語”を読み解いていこう。
『未来へ受け継ぐ 名作腕時計、100の物語』
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戦車の造形が導いた、アールデコの先駆者
腕時計においてアールデコを代表するのが、1917年誕生の「タンク」である。
カルティエはその時計の造形を、創業家三代目当主ルイ・カルティエが戦車を上から写し取った姿だと伝える。連合国軍が投入した最新兵器=タンクが命名の由来であり、ケース左右の直線的な造形は、俯瞰した戦車の無限軌道の似姿だ。メゾンは花でも草木でもなく、欧州大戦を終結させていく人間の理知に範をとったのである。
角形のフォルムから細部にいたるまでの整理された直線・曲線による幾何学的デザインは、すべてが新しかった。その一方で、古風とも思えるローマ数字をあえて採用している。それは近過去のアール・ヌーヴォーを飛び越えて古代に向かい、ギリシャ・ローマ文化への憧憬と敬意を込めたクラシカルな意匠の再評価である。腕時計「タンク」は、芸術とデザインが向かう新しいモダニズムの方向を明快に指し示していたのである。
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「タンク マスト」
1970年代に誕生した「マスト ドゥ カルティエ」に源流を持つ「タンク マスト」は、「タンク」をより多くの人に届ける理念から生まれた。2021年に再登場した現行モデルは、その精神を継ぐステンレス・スチール製で展開されている。白色金属のケースと端正なフォルム、シルバーダイヤルがアールデコの美学を継承する。剣型針は、伝統的なブルースチールを採用した。
「タンク アメリカン」
美しいカーブを描く縦長ケースが特徴で、1920年代初頭に誕生した「タンク サントレ」が原型となる。ニューヨーク5番街のカルティエで人気を博した、手首に沿って湾曲するデザインの流れを汲み、89年に「アメリカン」の名が冠された。クライスラー・ビルのように縦へと伸びるディストーションを加えたフォルムは「アールデコの摩天楼」を思わせる。
「タンク ア ギシェ」
針を持たずにふたつの小窓(ギシェ)で時と分を示す伝説的なモデルが、今年リバイバル。デジタルで時刻を表示する独創的なスタイルで、1928年に誕生した「タンク ア ギシェ」。前衛的なアールデコスタイルは記憶に残り、97年に創業150周年のプラチナ製モデルが、2005年にはピンクゴールド製モデルが限定復刻されるほど、メゾンにとって欠かせないピースに。
「タンク フランセーズ」

正方形に近いダイヤルを持つブレスレットモデルだけのコレクションとして1996年に発表され、2023年にデザインをアップデートしたのが「タンク フランセーズ」である。特徴的なシルエットを描くラインを美と人間工学の両面から再検討し、力強さと造形美をいっそう高めた。ケースとブレスレットはなめらかに一体化しており、着用感にも優れている。
「タンク ルイ カルティエ」
創業家の3代目当主ルイ・カルティエが愛用した初代「タンク」を原点に、1922年に登場した「タンク ルイ カルティエ」。縦枠を強調した端正なフォルムやローマ数字、レイルウェイミニッツトラックなど、オリジナルの意匠を純粋に継ぐ、正統継承モデルである。現在もゴールドまたはプラチナだけで生産される高級モデルとして位置付けられている。

並木浩一(桐蔭横浜大学教授/時計ジャーナリスト)
1961年、神奈川県生まれ。1990年代より、バーゼルワールドやジュネーブサロンをはじめ、国内外で時計の取材を続ける。雑誌編集長や編集委員など歴任し、2012年より桐蔭横浜大学の教授に。ギャラクシー賞選奨委員、GPHG(ジュネーブ時計グランプリ)アカデミー会員。著書に『ロレックスが買えない。』など多数。

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