販売総数世界ナンバーワンのアメリカンウイスキーである「ジャックダニエル」。1866年の創業以来、約160年に渡りテネシー州リンチバーグの地でつくり続けられてきた。天然の湧水と受け継がれた技、そして職人の誇りが織りなすその味わいには、創業者の精神とクラフトの原点が息づく。マスターディスティラーの言葉を通して、その伝統と革新に迫った。
創業者の意思を継ぐ、8代目マスターディスティラーの哲学
テネシー州の小さな田舎町で生まれたジャック·ダニエル。その誕生の歴史は後編に譲り、前編では創業当時から受け継がれてきた伝統の製法やブランドの哲学を紹介する。
ジャックダニエルを特別なものにするエレメント。そのひとつが、創業者が見初めたケーヴ・スプリングの水だ。年間を通じて保たれる13度という水温も、毎分800ガロン(約2400ℓ)という豊富な湧出量も創業当時から変わらない。テネシーライムストーンと呼ばれる石灰岩に磨かれ鉄分が除去された水は、カルシウムなどのミネラルが豊富でウイスキーづくりには最適だ。
ウイスキーのフレーバーの基礎となるマッシュビル(原料穀物の比率)は、コーン80%大麦麦芽12%ライ麦8%。“おそらく”創業者の時代から変わらない比較的コーンの比率が高いマッシュビルは、かつてもそしていまもテネシー州やその近隣の州が、ウイスキーづくりに適した高品質なコーンの一大生産地であることに関係する。
「おそらく変わらない」というのは、火事などもあり蒸溜所に禁酒法以前の記録が残されていないからだ。
禁酒法や火災での蒸溜所の消失といった大きな困難を乗り越え、蒸溜所を復活させたのが創業者である“ジャック”の甥にあたるレム·・モトローとジェス・モトローの兄弟だった。
「禁酒法を経て蒸溜所でウイスキーづくりが再開された際のマッシュビルは、間違いなく現在と同じものでした。ジャックの意志を継いで蒸溜所を復活させたレムとジェスが、創業者が決めたマッシュビルを変える必要は何もなかったはずです」
そう話すのは8代目マスターディスティラーのクリス・フレッチャー。少なくとも5〜6世代前から、そして現在もリンチバーグに住むクリスは、5代目マスターディスティラーを務めたフランク・ボボを祖父に持ち、幼き日は蒸溜所を遊び場に育ったという。
ハンマーミルで砕かれた原料は、伝統のマッシュビルで仕込み水や“バックセット”と混ぜられ、大麦麦芽が持つ酵素の力で糖化させる。バックセットとは蒸溜の際にアルコールにならなかった蒸溜残液を意味し、テネシーウイスキーやバーボンウイスキーでは伝統的に、これをマッシュ(混合された原料)などに混ぜて品質の一貫性を計るサワーマッシュという手法が取られてきた。
ジャックダニエルでは毎回のマッシュに約30%のバックセットを加えてサワーマッシュを行うが、この伝統の手法についてクリスは、「品質の一貫性を保つことに加え、仕込み水を再利用することで水の使用を減らし、ケーヴ・スプリングの天然資源を守るためにも大切なこと」と説明する。
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ジャックダニエルの歴史と革新を感じる蒸溜所
その後、糖化を終えたマッシュをステンレス製の巨大な発酵槽に移し、温度が上がらないように管理しながら6日から7日かけて発酵を行う。この長時間の発酵もジャックダニエルの特徴だが、そこで活躍するのが蒸溜所内で代々にわたり培養されてきたオリジナルの酵母だ。
スコッチウイスキーなどとは違い、バーボンでは同じ酵母を使い続ける蒸溜所が多いが、ジャックダニエルでも同様に一種類の伝統的な酵母にこだわり、変わらない味わいを守っている。
世界的な人気で設備増強を続けてきた蒸溜所では、現在、容量約4万ガロン(約15〜16万ℓ)の発酵槽が88基設置されている。発酵を終えたもろみのアルコール度数は約12%とやや高めで、これを禁酒法後に導入された高さ40フィート以上(約13m)のコラムスチル(連続式蒸溜機)に送って一度目の蒸溜を行う。
さらに4基のコラムスチルはそれぞれダブラーと呼ばれる蒸溜器と繋がっており、ダブラーでの2度目の蒸溜を経てジャックダニエルが理想とするアルコール度数70%のスピリッツを得る。
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守り抜いてきた、テネシーウイスキーの製法と誇り
ケーヴ・スプリングの水や伝統のマッシュビルなどと同様に、ジャックダニエルの味わいに大きく寄与しているのが、リンカーンカウンティ・プロセスとも呼ばれるチャコール・メローイング製法だ。チャコール・メローイングとは、熟成のために樽詰めする前のスピリッツを炭でろ過するという伝統の手法。ジャックダニエル蒸溜所では週に1~3回、メイプルツリーとして知られるサトウカエデの薪を燃やして炭をつくるところから始め、その炭を敷き詰めた高さ10フィート(約3m)のろ過槽で、まさに一滴ずつゆっくりとスピリッツのろ過を行う。
「チャコール・メローイングによって、蒸溜直後のあまり好ましくない穀物の香りが和らぎ、まろやかな味わいが生まれます。『オールドNo.7』など私たちの製品のほとんどは1度だけチャコール・メロイングを行いますが、『ジェントルマンジャック』では熟成前と熟成後の2回のチャコール・メローイングを行うことで、よりスムースでまろやかな味わいを実現しています」
クリスがそう効果を説明するチャコール・メローイングは、かつてテネシー中のウイスキー生産者が行なっていたが、禁酒法後に再開された蒸溜所で伝統の製法を踏襲したのはジャックダニエルのみだった。
そうしたチャコール・メローイング製法でつくられるウイスキーを、ジャックダニエルではバーボンウイスキーとは異なるものと主張し、早くからテネシーウイスキーを名乗ってきた。やがてその主張が認められ、1941年には米国財務省がテネシーウイスキーに特有の技法として法令に明記。
さらに2013年にはテネシー州の条例によって、51%以上のコーンの使用や新樽での熟成など、バーボンウイスキーの規定に順じながら、[テネシー州内で製造しチャコール・メローイングを行うこと」といった、テネシーウイスキーを名乗るための規定が正式に定められた。
5日から6日という長い時間をかけてサトウカエデの炭でろ過されたスピリッツは、オークの新樽に詰められて蒸溜所内のバレルハウス(貯蔵庫)で眠りにつく。現在、ジャックダニエルには96棟のバレルハウスがあり、約300万樽の原酒が貯蔵されているという。
熟成に使用する樽にはその香味を最大限に引き出すべく、弱い遠火でうっすらと焼き色をつけるトーストと、内部を強火で焦がすチャーと呼ばれる二段階の熱処理が施される。大麦麦芽のみを原料に、他の製品と同様に蒸溜所内のコラムスチルとダブラーで蒸溜される「シングルモルト」では例外的にオロロソ・シェリー樽でのフィニッシュが行われているが、熟成庫に眠る原酒のほとんどはアメリカンオークの新樽だ。
後編では、ジャックダニエル蒸溜所とリンチバーグの歴史感じるツアーをレポート。あわせてチェックを。
Jack Daniel Distillery
133 Lynchburg Hwy, Lynchburg, TN 37352
www.jackdaniels.com/visit-us/tours