ジャックダニエルのマスターディスティラーが語った伝統と革新。誕生の地テネシーを訪ねて【前編】

  • 文:西田嘉孝
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販売総数世界ナンバーワンのアメリカンウイスキーである「ジャックダニエル」。1866年の創業以来、約160年に渡りテネシー州リンチバーグの地でつくり続けられてきた。天然の湧水と受け継がれた技、そして職人の誇りが織りなすその味わいには、創業者の精神とクラフトの原点が息づく。マスターディスティラーの言葉を通して、その伝統と革新に迫った。

創業者の意思を継ぐ、8代目マスターディスティラーの哲学

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2020年から現職に就くクリス・フレッチャー。一つひとつの言葉からウイスキーづくりに対する真摯な姿勢が伝わる。同じくジャックダニエルで働く妻のアシュリーら家族とともにリンチバーグの町で暮らす。

テネシー州の小さな田舎町で生まれたジャック·ダニエル。その誕生の歴史は後編に譲り、前編では創業当時から受け継がれてきた伝統の製法やブランドの哲学を紹介する。

ジャックダニエルを特別なものにするエレメント。そのひとつが、創業者が見初めたケーヴ・スプリングの水だ。年間を通じて保たれる13度という水温も、毎分800ガロン(約2400ℓ)という豊富な湧出量も創業当時から変わらない。テネシーライムストーンと呼ばれる石灰岩に磨かれ鉄分が除去された水は、カルシウムなどのミネラルが豊富でウイスキーづくりには最適だ。

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洞窟周辺は夏でも涼しく、湧き出る水は常に冷たい。仕込み水の他にも大量の冷却水を必要とするウイスキーづくりにおいて、ジャックがこの水と出会えたことはまさに幸運だった。

ウイスキーのフレーバーの基礎となるマッシュビル(原料穀物の比率)は、コーン80%大麦麦芽12%ライ麦8%。“おそらく”創業者の時代から変わらない比較的コーンの比率が高いマッシュビルは、かつてもそしていまもテネシー州やその近隣の州が、ウイスキーづくりに適した高品質なコーンの一大生産地であることに関係する。

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旧オフィス棟内の原料の展示。マッシュビルは各蒸溜所が持つレシピのようなもの。テネシーウイスキーもバーボンウイスキーと同様にコーンを51%以上使用することが義務付けられる。

「おそらく変わらない」というのは、火事などもあり蒸溜所に禁酒法以前の記録が残されていないからだ。  

禁酒法や火災での蒸溜所の消失といった大きな困難を乗り越え、蒸溜所を復活させたのが創業者である“ジャック”の甥にあたるレム·・モトローとジェス・モトローの兄弟だった。

「禁酒法を経て蒸溜所でウイスキーづくりが再開された際のマッシュビルは、間違いなく現在と同じものでした。ジャックの意志を継いで蒸溜所を復活させたレムとジェスが、創業者が決めたマッシュビルを変える必要は何もなかったはずです」  

そう話すのは8代目マスターディスティラーのクリス・フレッチャー。少なくとも5〜6世代前から、そして現在もリンチバーグに住むクリスは、5代目マスターディスティラーを務めたフランク・ボボを祖父に持ち、幼き日は蒸溜所を遊び場に育ったという。

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緑に映えるジャックダニエルの製造棟。奥に少しだけ見える高い建物にコラムスチルが設置されている。

ハンマーミルで砕かれた原料は、伝統のマッシュビルで仕込み水や“バックセット”と混ぜられ、大麦麦芽が持つ酵素の力で糖化させる。バックセットとは蒸溜の際にアルコールにならなかった蒸溜残液を意味し、テネシーウイスキーやバーボンウイスキーでは伝統的に、これをマッシュ(混合された原料)などに混ぜて品質の一貫性を計るサワーマッシュという手法が取られてきた。

ジャックダニエルでは毎回のマッシュに約30%のバックセットを加えてサワーマッシュを行うが、この伝統の手法についてクリスは、「品質の一貫性を保つことに加え、仕込み水を再利用することで水の使用を減らし、ケーヴ・スプリングの天然資源を守るためにも大切なこと」と説明する。

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ジャックダニエルの歴史と革新を感じる蒸溜所

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巨大な発酵槽。創業当時は木製だったが70年代にはすべてステンレス製に置き換えられた。見学ツアーでは発酵槽の中を覗き、その香りや温度を体感することもできる。

その後、糖化を終えたマッシュをステンレス製の巨大な発酵槽に移し、温度が上がらないように管理しながら6日から7日かけて発酵を行う。この長時間の発酵もジャックダニエルの特徴だが、そこで活躍するのが蒸溜所内で代々にわたり培養されてきたオリジナルの酵母だ。

スコッチウイスキーなどとは違い、バーボンでは同じ酵母を使い続ける蒸溜所が多いが、ジャックダニエルでも同様に一種類の伝統的な酵母にこだわり、変わらない味わいを守っている。

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アメリカンウイスキーではビアとも呼ばれる発酵中のもろみ。固形物を多く含むため蒸溜時にスチルの銅が削られやすく、通常は約15年でコラムスチルの入れ替えが必要になるという。

世界的な人気で設備増強を続けてきた蒸溜所では、現在、容量約4万ガロン(約15〜16万ℓ)の発酵槽が88基設置されている。発酵を終えたもろみのアルコール度数は約12%とやや高めで、これを禁酒法後に導入された高さ40フィート以上(約13m)のコラムスチル(連続式蒸溜機)に送って一度目の蒸溜を行う。

さらに4基のコラムスチルはそれぞれダブラーと呼ばれる蒸溜器と繋がっており、ダブラーでの2度目の蒸溜を経てジャックダニエルが理想とするアルコール度数70%のスピリッツを得る。

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内部に設置された20枚のシーブトレイ(棚段)で連続的に蒸溜を行うコラムスチルはもちろん銅製。ビアスチルとも呼ばれるこちらの蒸溜機とダブラーのセットで蒸溜を行うのが、テネシーウイスキーやバーボンでは伝統の組み合わせだ。

 

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ジャックダニエルのローワイン(1度目の蒸溜で得られるスピリッツ)のアルコール度数の上限は68〜69%。これをダブラーによる2度目の蒸溜でアルコール度数70%に調整する。

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守り抜いてきた、テネシーウイスキーの製法と誇り

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サトウカエデの炭を敷き詰めたチャコール・メローイングバット。容量は約2300ガロン(1万ℓ)とこちらも巨大だ。

ケーヴ・スプリングの水や伝統のマッシュビルなどと同様に、ジャックダニエルの味わいに大きく寄与しているのが、リンカーンカウンティ・プロセスとも呼ばれるチャコール・メローイング製法だ。チャコール・メローイングとは、熟成のために樽詰めする前のスピリッツを炭でろ過するという伝統の手法。ジャックダニエル蒸溜所では週に1~3回、メイプルツリーとして知られるサトウカエデの薪を燃やして炭をつくるところから始め、その炭を敷き詰めた高さ10フィート(約3m)のろ過槽で、まさに一滴ずつゆっくりとスピリッツのろ過を行う。

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チャコール・メローイング・バットの内部。まさに一滴一滴と落とされたスピリッツがゆっくりと数日をかけて炭の層をくぐりぬけていく。
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バットの蓋がガラス張りになったろ過層も用意され、見学ツアーでは内部の様子を見ることもできる。

「チャコール・メローイングによって、蒸溜直後のあまり好ましくない穀物の香りが和らぎ、まろやかな味わいが生まれます。『オールドNo.7』など私たちの製品のほとんどは1度だけチャコール・メロイングを行いますが、『ジェントルマンジャック』では熟成前と熟成後の2回のチャコール・メローイングを行うことで、よりスムースでまろやかな味わいを実現しています」

クリスがそう効果を説明するチャコール・メローイングは、かつてテネシー中のウイスキー生産者が行なっていたが、禁酒法後に再開された蒸溜所で伝統の製法を踏襲したのはジャックダニエルのみだった。 

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サトウカエデの木の薪を井桁状に積み上げて大きなリックをつくり、ジャックダニエルのスピリッツをかけて火をつけゆっくりと燃焼させる。そうしてできた特別な炭でのろ過によって、不要な香味成分を取り除くのがチャコール・メローイングの目的だ。

そうしたチャコール・メローイング製法でつくられるウイスキーを、ジャックダニエルではバーボンウイスキーとは異なるものと主張し、早くからテネシーウイスキーを名乗ってきた。やがてその主張が認められ、1941年には米国財務省がテネシーウイスキーに特有の技法として法令に明記。

さらに2013年にはテネシー州の条例によって、51%以上のコーンの使用や新樽での熟成など、バーボンウイスキーの規定に順じながら、[テネシー州内で製造しチャコール・メローイングを行うこと」といった、テネシーウイスキーを名乗るための規定が正式に定められた。

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蒸溜所ツアーは、チャコール・メローイング製法の見学からスタート。奥に小さく見えるのが炭づくりを行うリックヤードだ。
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チャコール・メローイングで使用される炭置き場では、壁に炭を使って訪問者がサインを書くことができる。特別な旅の思い出になることはもちろん、著名人のサインを探すのも楽しい。

5日から6日という長い時間をかけてサトウカエデの炭でろ過されたスピリッツは、オークの新樽に詰められて蒸溜所内のバレルハウス(貯蔵庫)で眠りにつく。現在、ジャックダニエルには96棟のバレルハウスがあり、約300万樽の原酒が貯蔵されているという。

熟成に使用する樽にはその香味を最大限に引き出すべく、弱い遠火でうっすらと焼き色をつけるトーストと、内部を強火で焦がすチャーと呼ばれる二段階の熱処理が施される。大麦麦芽のみを原料に、他の製品と同様に蒸溜所内のコラムスチルとダブラーで蒸溜される「シングルモルト」では例外的にオロロソ・シェリー樽でのフィニッシュが行われているが、熟成庫に眠る原酒のほとんどはアメリカンオークの新樽だ。

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蒸溜所が再建された最初期に建てられたという、ネイサンの息子であるジョージの名が付けられたバレルハウス。現在はツアーのテイスティング会場ともなっている。
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7階建ての最古のバレルハウスをはじめ、現在、蒸溜所のバレルハウスは96棟にまで拡張されている。夏と冬の寒暖差が激しい気候で熟成がダイナミックに進み、一樽ごとの個性を原酒に纏わせていく。

後編では、ジャックダニエル蒸溜所とリンチバーグの歴史感じるツアーをレポート。あわせてチェックを。

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Jack Daniel Distillery

133 Lynchburg Hwy, Lynchburg, TN 37352
www.jackdaniels.com/visit-us/tours