【庁舎がホテルに生まれ変わる】坂倉準三建築を再生、伊賀のまちに新しい文化拠点【今月の建築ARCHITECTURE FILE #37】

  • 文:佐藤季代
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旧市長室を活用した最も広い客室「泊船スイート」。竣工時の水平連続窓に冷気を和らげる障子戸を重ね、心地よい室内環境を実現している。

モダニズム建築の名手・坂倉準三の設計により、1964年に竣工した三重県伊賀市の「旧上野市庁舎」。伊賀上野城の麓に立つ低層の建物は、ガラス張りの水平窓が連なる、開かれた市庁舎として親しまれてきた。老朽化により解体の危機に直面したが、今年7月にホテル「泊船」として再生。来春、1階に公共図書館が開館し、新たな文化拠点として歩み始める。

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伊賀上野城へと続く傾斜地に立つ「泊船」。官民連携により1階を公共図書館、2階をホテルとして再生した。外観は往時の姿が保存されている。

 

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建物1階に設けられたエントランス。坂倉建築らしい杉板型枠を用いた打ち放しコンクリートのダイナミックな意匠をそのまま残している。

文化財として保存しながら、改修設計を担ったのはMARU。architecture(マル・アーキテクチャ)。「地域に開かれた建築に、新たな魅力を重ねることを考え、建築と環境を緩やかにつなぎました」と語る。図書館は傾斜地を活かしたスキップフロアをベースに、ホテルとつなぐ階段を増設した。さらに、人や空気の流れを意識し、曲線的に書架を配置。歩を進めるごとに印象が変化する立体的な回遊性をもたらし、外に開かれた〝公園〟のような空間となっている。一方、ホテルは内へと向かう静けさを意識した。広い回廊を介して19室が並び、客室と共用部が緩やかに連続する。居室や扉の配置は継承しつつ、タモ材の壁を復元。面影を残しながら、左官材や障子で質感を重ね、温もりある空間に仕上げた。

時代の変化に対応して現代に継承された泊船。失われつつあるモダニズム建築を、未来へ渡す取り組みが試みられている。

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坂倉準三建築研究所出身の建築家でデザイナーの長大作がデザインした家具に加え、伊賀にゆかりのある陶芸家などの作品が室内を彩る。

 

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図書館は既存の柱に対して書架を曲線的に配置。配管などが通る天井には透過性のある布を張り、やわらかさを加えつつ、保守性を高めた。

泊船

住所:三重県伊賀市上野丸之内116
TEL:0595-48-5190
営業時間:10時30分~20時30分
全19室
料金:スタンダードツイン¥30,700〜
https://hakusen-iga.com
【設計者】MARU。architecture
高野洋平と森田祥子が共同主宰し、住宅や公共施設など幅広いプロジェクトを手掛けるマル・アーキテクチャ。老舗生花店を改修した「花重リノベーション」(2023)で日本建築学会作品選奨など多数受賞。