今年で11回目を迎える『国際芸術祭BIWAKOビエンナーレ』が、滋賀県近江八幡市にて開かれている。古くからの街並みが残る「近江八幡旧市街地」と、⻄国巡礼三十三番札所として知られる「⻑命寺」、それに日本で唯一の淡水湖の有人島である「沖島」の3つのエリアで展開する芸術祭の見どころとは?
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まずは近江八幡の旧市街地へ! 風情ある街並みとアートが競演

国内外より69組のアーティストが集う芸術祭にて、最も多くの展示が行われているのが「近江八幡旧市街地」だ。JR・近江鉄道「近江八幡」駅北口から、路線バスにゆられること約8分。バス停「小幡町資料館前」を降りると、辺りに展示会場が広がる「近江八幡旧市街地」エリアにたどり着く。
近江商人発祥の地として発展した「近江八幡旧市街地」は、江戸時代から明治時代の町家や蔵が連なるまち並みが魅力のエリア。豊臣秀次が築城した八幡山城の堀割として造られた「八幡堀(はちまんぼり)」は桜の名所や時代劇のロケ地として知られ、四季折々の風情ある風景を楽しむことができる。

このエリアの会場は全部で12カ所あり、なかでも古いまち並みが色濃く残る、新町通り沿いに集まっている。まず江戸時代から砂糖や扇などを商い、江戸や大阪にも出店した商家の住宅である「西川庄六別邸」では、国内外の10組のアーティストが展示を行っている。

西島雄志は、八咫烏(やたがらす)とオオカミが神格化した姿をモチーフとした彫刻を制作。オオカミの遠吠えには、自分の存在を知らせる意味があるというが、それが八咫烏に導かれてシンクロした世界を表現している。渦状に巻いた銅線のパーツなど、メタリックな素材から放たれた光が神々しいほどに美しい。

仏像や器など多様なものに用いられた漆を扱う、北浦雄大の「現代の浄土」をテーマとしたインスタレーションも充実している。人々は昔から異世界をつくり上げ、仏教的世界においては浄土がそれにあたるとする北浦は、ここでチートアイテムを携え、アニメ風に美化された「異世界雲中菩薩」が迎えにくる様子を表している。荘厳な光景を築きながらも、ポップな味わいが感じられるのが楽しい。
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「カネ吉別邸」で見る、暗がりの中の美しい和紙のインスタレーション

近江牛のみを扱う「カネ吉」の所有する町家である、「カネ吉別邸」へと立ち寄りたい。動きや光に着目した作品を手掛ける小松宏誠は、2012年から2018年まで制作を続けていた羽根を組み合わせた作品を、和紙と3Dプリンターで再現した『ライフログ シャンデリア リマスター』を展示している。 軽やかな和紙の連なりが、まさしくシャンデリアの輝きのようにあふれ落ちている。

初回の「BIWAKOビエンナーレ」から参加しながら、2023年に急逝した造形美術家のガブリエラ・モラウェッツの『連続体』も見逃せない作品のひとつ。人の姿などさまざまなイメージの写されたアルミ板のロールが空間へと広がり、まるで巨大化したネガフィルムの中をさまようかのような体験が得られる。また同じ空間では、ガブリエラの娘であるパオラ・ニウスカ・キリシによる、綿に染料を施した作品も目にすることができる。

昭和レトロの照明を見て若年期の記憶が蘇ったという、伊藤幸久による少女をかたどった彫刻作品が、和室空間にシュールな光景を生み出している。また暗がりの奥の蔵のスペースにて、水の渦巻くガラス器の作品を手掛けた赤松音呂の『チョウズマキ』から奏でる、かすかなゆらぎのある音にも耳を澄ませたい。
12名のアーティストが作品を公開!「禧長」で見逃せない展示とは?

江戸時代から畳、麻網を中心に卸売業を営んでいた喜多七右衛門の町家である「禧長」(きちょう)では、「近江八幡旧市街地」エリアでも特に多い12名のアーティストが作品を公開している。庭から蔵、そして大広間のある邸内へと、異なる空間をめぐりながら作品を楽しめるのも、この会場ならではの魅力だ。

月の兎と宇宙服をモチーフとした、鍛金家の塩見亮介による『月面甲冑「白兎」』が、広間のスペースを穏やかな緊張感で満たしている。月への奉納品であるという作品には、意外にも月面の資源開発がテーマになっていて、そこには月へ行く人や周囲のすべての人々の繁栄の祈りが込められている。金工の技巧と造形のリズムが調和し、見る者を惹きつける力作と言える。

自然物をモチーフとし、ガラスを砕き継ぎ合わせて作品を手掛ける米津真理奈の『Contact』も、素材への深い理解と確かな手仕事を感じさせる。畳を取り外し、床の木材が剥き出しとなった室内には、鳥や植物、それに動物の頭部などをかたどったガラス作品が置かれ、まるで長い時を経た遺物のように息づいている。
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江戸時代から宿屋として営業してきた、町家建築で楽しむアート作品

「禧長」から南へ歩くこと数分、江戸時代から宿屋として営業してきた「山本家」にも、思わず目を奪われる作品が少なくない。陶芸家で美術家の本原令子は、ひとり一回の人生を活ける新作の花器を展示している。人が入れるほどの大きさながらも、ひび割れひとつ生じることなく完成したのは奇跡的だったという。

アート、サウンド、デザインなどジャンルを超えた作品を制作する、サークルサイドのインスタレーションにも見惚れてしまう。これは薄く丸めた和紙を開き、プロジェクターにて光を当てたもので、湧き出たり吸い込まれていくような光の軌跡を楽しむことができる。なおタイトルの『Re:undercurrent』とは、表面には現れない心の底の感情が水面下に流れるように存在する「底流」を意味している。

「視線の遊び場」を提案しながら、ジャンルにとらわれない活動を展開する田中真聡は、厨房のある土間にて『Chimney - 風の厨房』と題した動く彫刻を展示している。機構学的な要素と自然界のゆらぎのリズムを独自に組み合わせた作品が、あたかも料理人たちの調理のプロセスを目の前で仕立てるかのように構成されていて、見ているだけで楽しく、遊び心を感じさせる。

酒蔵跡のユニークな建築空間、「まちや倶楽部」でも作品を展示!

「近江八幡旧市街地」に数多く残るヴォーリズ建築のひとつ、旧八幡郵便局の前に位置する「まちや倶楽部」も、エリア巡りのハイライトとして訪れたい。300年近くもの歴史を持つ酒蔵跡を改装した建物には、地域の手仕事品を扱うお店やナッツ専門店など8店舗が軒を連ねている。また旧市街のまちづくりやコミュニティビジネスなど、さまざまな活動の拠点としても親しまれている。

酒造りに必要な室(むろ)や蔵があり、奥へ長い迷路のような空間が広がる「まちや倶楽部」では、10組のアーティストが比較的大きな作品を展示している。まず展覧会のプロデュースや空間演出を行う北野雪経が、「影の中にある美しさ」に着想を得た作品を公開。かつて蔵人たちに宿舎として利用された暗室にて、旧市街地から琵琶湖の辺りまで歩く中で目にした木々の影を図案化したインスタレーションを見せている。

スロベニア出身のエヴァ・ぺトリッチが布片から構成した『第2の空、集合の夢』も美しい景色をつくり上げている。素材は世界各地より収集されたリサイクルの手づくりレースやドイリー。それらをつなぎ合わせつつ吊るすことで、大気と海、身体と大地、記憶と物質の境界が溶け合い、絶えず生成し続ける世界を描き出している。

琵琶湖を一望!今回初めて芸術祭の会場となった「長命寺」エリアとは?

まち歩きとともに「近江八幡旧市街地」エリアの展示を楽しんだ後は、「小幡町資料館前」よりバスで約20分ほどの「長命寺」エリアへと向かおう。7世紀、推古天皇の時代に創建されたと伝えられる長命寺は、西国三十三所第31番札所として知られる天台宗の由緒ある寺院。湖岸のそばから808段の長い石段を登ると、標高約250mの山腹に、本堂や三重塔などの重要文化財の建物が立ち並んでいる。

写真や書道、篆刻などを表現媒体とする中国の陳見非は、活動の拠点とする杭州にある塔と長命寺の歴史から着想を得た4つの紙の巻絵を本堂にて展示。白黒写真で描かれた『白塔』では塔の形状に銀箔を貼り、画像を印刷した後、銀粉で白塔に刻まれた経文を書き加えている。また「千字文」の印1000個を六和塔の構造に並べた『六和千文・象』には、多くの祝福の意味が込められているという。

本堂から三仏堂へと至る廊下を色鮮やかな布で彩ったのが、滋賀県草津市に在住する宇野裕美だ。レオタードや水着に使われる2WAYニットというストレッチ素材を用いていて、青い空が地上へ降りて広がるような景色を築いている。朱塗りの寺の建物との色彩のコントラストも美しい。


琵琶湖を見晴らす高台に設けられた、ガラスと鉄、そして言葉による石川雷太の作品が、風景そのものを素材とするかのように佇んでいる。そこには作家自身の手による〈生々流転〉についての解釈が刻まれていて、言葉をたどりながら、湖の光と風が心の奥へと刻まれていく感覚に浸りたい。

長命寺の石段下より、琵琶湖畔に道なりで約1.4kmほど離れた「369 Terrace Café」のテラスでも、石川雷太の作品が公開されている。また同カフェでは、自家製のスムージーといったドリンクだけでなく軽食も提供されている。ボリュームたっぷりのBLTサンドや近江牛のオムカレーなどを、作品の世界を思い返しながら味わいたい。
静かな時間が流れる琵琶湖の有人島、沖島へと船で渡ろう!

琵琶湖の沖合約1.5㎞に浮かぶ沖島は、淡水湖の有人島として世界でも珍しい島だ。徒歩でひと回りしても2時間程度という小さな島には現在、約250人の人が住んでいて、漁業を中心とした生活が息づいている。
堀切港から「おきしま通船」にゆられること約10分。港には漁船が寄り添うように並び、湖畔には穏やかな家並みが続く沖島が見えてくる。沖島漁港より上陸してまず感じるのは、耳を澄ませたくなるほどの静けさ。自動車の乗り入れができない沖島には、一台の車も走っていない。よって島の人々は、三輪自転車をメインに日々を過ごしているという。

「沖島エリア」の展示会場は全部で5つ。桟橋から奥津嶋神社、それにおきしま展望台などに広がっているが、どれも沖島漁港から近く、歩いて1時間半もあればじっくり見て回ることができる。

「沖島漁協組合作業場(2F)」では、飯島剛宗 + 池原悠太が、沖島の子どもたちとともにワークショップで制作した壁画『移り変わるまほろば』を展示。沖島の土を許可を得て採取し、土から絵具を制作するというプロセスを体験しながら、幅6m、高さ1.5mもの巨大な壁画をつくり上げた。琵琶湖の景観や、湖に浮かぶ汽船や帆船の姿に加え、そこに生きる鳥や魚までもが、ひとつの画面の中で溶け合うように描かれている。

日本と中国を軸に活動する周逸喬は、沖島で特徴的な景観を有するふたつの場所にて、大きなバルーンの作品を公開している。まず奈良時代の創建と伝わる奥津嶋神社では『⻩牡丹』が彩りを与え、桟橋では琵琶湖を背に『夢⻩梁・蘭花指』を見せている。

これらはいずれも中国の文化に由来するモチーフとのことだが、日常の景色へビビッドな色の塊を介在させることで、目に映る世界が新たな表情を帯びるような感覚を呼び起こしつつ、東アジア文化の流転について感じることができる。

2001年に初開催され、2003年に拠点を近江八幡市に移した「BIWAKOビエンナーレ」。当時、公共空間でのアート展示は画期的で、その後の地域芸術祭の先駆けとして注目を集める。以来、街の文化や琵琶湖の自然の価値を再発見させてきたこの芸術祭は、ほかでは味わえない時間を訪れる人にもたらしている。
全国的なオーバーツリーズムが指摘され、観光地の喧騒や人混みに疲れてしまうことが多い昨今、ここ近江八幡はまだ静かな佇まいを保ち、のんびりとした気持ちで歩くことができる。今年も寺院の静寂、湖に浮かぶ島の風景、さらに風情ある路地の先に佇む町家の作品と出会いながら、街と湖、アートが交錯する旅のひと時を味わってほしい。
『国際芸術祭BIWAKOビエンナーレ2025 “流転〜FLUX”』
開催期間:開催中〜2025年11月16日(日)
開催場所:滋賀県近江八幡市(旧市街地、沖島、長命寺など)
開場時間:10時〜17時 ※最終入場は16時30分
休場日:水 ※11/12は開場
鑑賞パスポート:一般 ¥3,500
※沖島エリア、長命寺エリアについてパスポートは不要
https://energyfield.org/biwakobiennale