未来はパドリングしながらやってくる !? 西海岸の夢がテンコ盛りのEVミニバン【第229回 東京車日記】

  • 写真&文:青木雄介
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上質な移動体験をかなえる、新時代のEVミニバン。

丸くてファニーなワーゲンバス(タイプ2)といえば、ビートル(タイプ1)と並ぶフォルクスワーゲンのアイコンですよ。

1964年。ヒッピー文化の先駆者となった作家ケン・キージーがLSD(当時は合法)を大量に積み込み、カリフォルニアからニューヨークの万博へと向かった。足は、スクールバスを改造しアシッドペイントで彩った“ファーザー号”。若者たちはワーゲンバスを手に入れて同じように塗り替えた。「拡張された意識」で旅するラブ&ピースなマジカルツアーにうってつけの相棒として、カウンターカルチャーの象徴となった。

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端正なダッシュボードと収納性の高い運転席は実用性に優れる。

そんなワーゲンバスと、後継とされる「ID・Buzz」を並べるのは、少しばかり気が引ける。なんせワーゲンバスはコンパクトで安価で、DIYが前提の自由なキャンバスだった。それに比べて「ID・Buzz」は巨大で高価。ミニバンとして完成していて、はるかに洗練されている。

試しに2列目に座ってみよう。かつてギターを抱え、肩を寄せ合い座った座席空間は、いまや広大だ。まるでキャンプ用テントから、最新のグランピング用ドーム型テントに進化したかのよう。かつてのフラワーチルドレンは悲し気な目を浮かべるかもしれないな。「ああ、時代は変わりましたね」と。けれども、それでいいんですよ。「ID・Buzz」は、いま手に入る中で最高のミニバンであり、新車で買える唯一のEVミニバンなのだから。なんせEVとミニバンの親和性はきわめて高い。バッテリーは床下に配置され、フロアは完全にフラット。低重心ゆえの安定感があり、そこに電動モーターのトルクが加わることで、重量の不利をものともしない。

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ガラスルーフ下の広々空間で、185cmの身長でもゆったり座れる広さを確保した。 

この生まれついた才能をアメリカ西海岸風にたとえるなら、パドリングしながら生まれてきた天才サーファーのようなもの(笑)。トルクはなめらかで、ハンドリングは軽快。重たい上屋を支える足まわりは剛性が高く、ロールは抑えられ、乗り心地は穏やかですよ。走り出せば自然と海が恋しくなる、海岸線の申し子なのだ。

加速は大排気量エンジンのようにトルクに厚みがあって力強い。ホント気持ちいいのだけど、グッと踏み込むと後輪軸がわずかに沈み込む。おおっ。これはホットロッドのマナーではないですか。

リアウィンドウがスライド式で小さいのも最高だね。ルーフラインをあえて低く見せる形状でチョップドトップを思わせる。実際、ワーゲンバスはホットロッド界隈で人気が高く、屋根を切ってV8エンジンに載せ替えるスタイルが人気。これもカリフォルニアスタイルと呼んで差し支えないはず。

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洗練された空間設計で大容量2,205Lのラゲッジスペースを持つ。

とはいえ、この「ID・ Buzz」の主題は“EVという踏み絵”にこそある。エンジンを降ろしたワーゲンバスに詰まっているのは、LSDではなくリチウムイオン電池。EVによって進化したカテゴリー最先端の使い勝手と乗り心地をリアルに見せつける。うん。この選択は思想を選びとる行為に等しいよね。

乗れば「君はどうする?」と問いかけられる。結局のところ、このクルマはかつてのワーゲンバスと同じことを言っている。その自由が欲しければ、一歩踏み出す勇気が必要ってことだね。

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MEB専用設計が生む静粛性と安定感。後輪駆動の楽しい走りは唯一無二。

 

フォルクスワーゲン アイディー バズ

全長×全幅×全高:4,965×1,985×1,925mm
モーター:交流同期式
最高出力:286PS
最大トルク:560Nm
走行距離:554km(WLTCモード)
駆動方式:RWD(後輪駆動)
車両価格:¥9,979,000
フォルクスワーゲン・カスタマーセンター
TEL:0120-993-199
https://www.volkswagen.co.jp

※この記事はPen 2025年10月号より再編集した記事です。