
右上:「レベルソ・トリビュート・ジオグラフィーク」トリビュートシリーズ初のワールドタイムを搭載。美しいブルーで文字盤とストラップを統一する。 右下:「レベルソ・クラシック」風格を漂わせる18KPGケースは、あえて小振りにすることでエレガンスを醸し出す。 左下:「デュオメトル・カンティエーム・ルネール」ふたつのメカニズムを共存させた独自の「デュアルウイングムーブメント」を搭載。風防とケースは丸みを帯び、より洗練されたヴィンテージテイストを演出する。
連載「腕時計のDNA」Vol.21
各ブランドから日々発表される新作腕時計。この連載では、時計ジャーナリストの柴田充が注目の新作に加え、その系譜に連なる定番モデルや、一見無関係な通好みのモデルを3本紹介する。その3本を並べて見ることで、新作時計や時計ブランドのDNAが見えてくるはずだ。
ジャガー・ルクルトは、今年のウォッチズ&ワンダーズのテーマに「1931ポロ・クラブ」を掲げ、ポロ競技を発祥に1931年に誕生した「レベルソ」に、あらためてスポットを当てた。このレベルソがブランドアイコンであることに異論はないだろう。それは、名門マニュファクチュールの技術と時代を先取りする先進的なスタイルが一体となった名作であり、まさにThe Watchmaker of Watchmakers(ウォッチメーカーの中のウォッチメーカー)を標榜するブランドの象徴にふさわしい。
創業者アントワーヌ・ルクルトは、1803年にスイスのジュウ渓谷に位置するル・サンティエに生まれ、家業の鍛冶屋の傍ら、精密な時計パーツの製造工具を発明。これを機に33年に時計工房を開く。さらにミクロン単位の計測ができる世界初の測定器を発明するなど、高精度と信頼性を誇るウォッチメイキングは世界的な名声を得た。
転機となったのは1903年、創業3代目ジャック=ダヴィッド・ルクルトとフランス人時計職人エドモンド・ジャガーの出会いだ。当初ライバルだったふたりはやがて意気投合し、ともに時計づくりに情熱を注ぐ。そして、37年にそれぞれの名をつけたジャガー・ルクルトに改称したのである。
創業から192年を誇る歴史において、発明精神に基づく430以上の特許登録と1400以上の自社キャリバー、180以上の卓越した技巧を生み出し、自社一貫製造のマニュファクチュールを貫く。いまやハイコンプリケーションからスポーツモデルまで手掛け、デザインにも独自の美学が息づくグランドメゾンだが、その根底にあるのは、精密なパーツ製造とともに高精度を極める測定から始まった、より信頼性の高い時計づくりの精神である。その普遍性があるからこそ、時代を超越した至高の存在になりうるのだ。
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新作「レベルソ・トリビュート・ ジオグラフィーク」


レベルソ・トリビュート・ジオグラフィーク/ワールドタイムは反転ケース上部に秘めたプッシュで容易に調整できる。手巻き、SSケース、ケースサイズ49.4×29.9㎜、パワーリザーブ約42時間、カーフストラップ、3気圧防水。¥3,300,000
魅力を凝縮した、トリビュート初のワールドタイマー
1931年に登場したレベルソは、当時インドに駐在していたイギリス陸軍将校からの「ポロ競技でも着けられる腕時計」という依頼で開発された。そこで競技中の衝撃から腕時計の風防を守るために考案されたのが、独自の反転ケース構造だったのだ。
いわゆるスポーツウォッチではあったが、これを後世に残る名作足らしめた要素のひとつに、エレガントなアールデコスタイルがある。反転ケースの溝が目立たぬよう、上下にゴドロン装飾の3本ラインを入れ、初期からカラーダイヤルを採用。さらに無垢のケースバックをキャンバスに彫金やエナメル装飾を施し、アクセサリーとしての魅力をもたらした。
スポーティからエレガンスへ、そしてさらなる進化を導いたのがマニュファクチュールの独創的な技術だ。ケースバックにもうひとつの文字盤と新たな機能を付加し、唯一無二のコンプリケーションの扉を開いたのである。
新作「レベルソ・トリビュート・ジオグラフィーク」は、初代オリジナルに基づくデザインにグランドデイトとスモールセコンドを備える。このデイト機構は、一般的なビッグデイト表示とは異なり、上下ではなく横並びの2枚の数字ディスクを配置し、右の一桁のディスクが一周すると、備えたフックが左のディスクを引っかけて2桁の数字が切り替わるユニークな構造になっている。
さらにケースバックには、世界地図のレリーフとその外周を24時間で一周する回転リングを備え、世界24都市の時間帯を表示する。世界地図はレーザーエングレービングでかたどり、141にもおよぶ海洋エリアに手作業でラッカーを入れた後、ポリッシュで仕上げる。機能もさることながら、まるで絵画のような精細な美しさは旅心を誘い、アートピースのようなアクセサリーとして楽しめる。まさにレベルソの本領発揮だ。
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定番「レベルソ・クラシック モノフェイス」

レベルソ・クラシック モノフェイス/モダニティが伝わるアラビック数字に加え、ケースと同色に統一したバトン針がシックな風格を演出する。手巻き、18KPGケース、ケースサイズ35.78×21㎜、パワーリザーブ約38時間、アリゲーターストラップ、3気圧防水。¥2,530,000
モダンなスタイルに、アールデコの美学が漂う
今年は1925年に開催されたパリ万国博覧会から100周年に当たる。パリ万博はアールデコを世界に知らしめる大きなきっかけになり、その芸術様式が「レベルソ」のスタイルの底流にあることは前述した通り。これを象徴するおもなデザインには、水平に配されたケースのゴドロンラインや三角形のラグなどがあり、現在も変わることなく受け継がれている。
「レベルソ」の歴史は、30年にフランスの実業家セザール・ド・トレーがポロ競技用の腕時計を受注したことに始まる。ド・トレーは早速ジャック=ダヴィッド・ルクルトに相談し、共同制作したコンセプトモデルをもとに、工業デザイナーのルネ=アルフレッド・ショヴォーに依頼。考案された回転機能を「支えの中でスライドし、完全に裏返すことのできる腕時計」として、翌年特許申請した。ド・トレーとルクルトはそのデザイン権利を取得し、「レベルソ」の名称を登録したのである。
当初、長方形ケースの製作はケースメーカーのウェンガー社が担い、専用の角形「Cal.410」を開発する間、ムーブメントはタヴァンヌ社製を搭載した。これと並行しド・トレーとルクルトは、腕時計専門店スペシャリテ・オルロジェールを設立し、依頼から約1年という短期間で最初のレベルソは納品された。こうした画期的な腕時計を手掛けるマニュファクチュールとしての名声は高まり、数年後のジャガー・ルクルトのブランド誕生を支えたことは言うまでもない。
「レベルソ・クラシック モノフェイス」は、1930年代後期に誕生したモデルをモチーフに、アラビック数字とバトン針、中央から放射状に広がるギョーシェとそれを囲むレイルウェイを特徴にする。2011年に登場したトリビュートのヴィンテージテイストに対し、定番とも言えるスタンダードデザインだ。アールデコの様式美をよりモダンに彩り、とくに小振りなスモールサイズはトレンドにも合い、スタイリッシュに着けこなせるだろう。
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通好み「デュオメトル・カンティエーム・ルネール」

デュオメトル・カンティエーム・ルネール/逆三角形にサブダイヤルを配した個性的なデザインに、フドロワイヤント針の動きが躍動感を与える。自動巻き、SSケース、ケース径42.5㎜、パワーリザーブ約50時間、アリゲーターストラップ、5気圧防水。¥7,128,000
精度の追求から生まれた、複雑機構と美しさ
より正確な部品製造を実現した工具や高精度の計測ができる測定器に象徴されるように、ブランドのDNAには精度の追求がある。2007年に発表した「デュアルウイングコンセプト」の複雑機構もその精神が宿る。
キャリバーには、独立した輪列を持つふたつの香箱を並列に組み込み、調整機構に連結後、それぞれの独立した輪列が時刻表示と他の表示を動作させる。こうして動力と輪列を分けることで、付加機能によって計時の歩度が影響を受けることはない。これを採用した「デュオメトル」コレクションは、ムーンフェイズやクロノグラフ、さらに「ヘリオトゥールビヨン パーペチュアル」に展開する。
「デュオメトル・カンティエーム・ルネール」は、コレクションでは初のステンレス・スチールケースを採用し、クロノグラフのように見える左右のサブダイヤルで時刻と日付&月相を表示する。ケースサイドのプッシャーはこの日付調整用になる。下方のサブダイヤルにはフドロワイヤント針を装備する。60秒で1周するスモールセコンドに対し、常時1秒間に6回ジャンプし、1/6秒単位を差す針の動きはデュオメトルの精度を象徴するのだ。その左右には独立したふたつのパワーリザーブを設ける。
昨年のリニューアルでは特に外装に洗練を増した。19世紀にブランドが製造したサボネット懐中時計を現代的に解釈し、ドーム風防とともに丸みを帯びたケースはまさにサボネット(=小さな石鹸)を思わせ、心地よい感触が味わえる。文字盤も、前作が左右のパワーリザーブ部分を開口してムーブメントの一部をあらわにしたのに対し、ブルー文字盤に各サブダイヤルを精細に仕上げ、よりラグジュアリーに演出している。精度の追求は正確な計時に限らず、洗練されたデザインや仕上げの美しさの領域にも至るのだ。
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真のマニュファクチュールとして、さらなる成長へ
現在ジャガー・ルクルトでは、伝統的な時計技術や装飾技法を次世代に伝承するため、後継者の育成に注力する。トレーニングセンターでは社内をはじめ、地元の時計専門学校からの研修生を迎え入れ、さらに世界のクラフツマンシップに着目した「ホモ・ファベール展」に参画し、若いアーティストたちの育成や保護、サポートにも取り組む。それも真のマニュファクチュールとしての責務だからだ。
また異なる分野のアーティスト、デザイナー、職人たちとのコミュニティを深める"メイド・オブ・メーカーズ"プロジェクトを進めている。そこで生まれるクリエイティブのコラボレーションや、アートやカルチャーとのつながりを通してブランドへの理解を深め、機械式腕時計の奥深い魅力をより広く伝える。
こうした活動により、これまで技術志向の強かったブランドイメージも変わりつつある。「レベルソ」や「デュオメトル」の新作からもそれは見て取れるだろう。さらに昨年11年振りにジェローム・ランベールがCEOに復帰。かつて10年以上にわたり、ブランドを成長に導いた辣腕があらためて発揮されるに違いない。

柴田 充(時計ジャーナリスト)
1962年、東京都生まれ。自動車メーカー広告制作会社でコピーライターを経て、フリーランスに。時計、ファッション、クルマ、デザインなどのジャンルを中心に、現在は広告制作や編集ほか、時計専門誌やメンズライフスタイル誌、デジタルマガジンなどで執筆中。