料理・器・空間の三位一体。「アポテオーズ」で味わう北村啓太シェフの美意識が導く新コース

  • 文:小松めぐみ
  • 写真:齋藤誠一
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北村啓太●1980年、滋賀県生まれ。1999年に辻調理師学校を卒業後、ラ・ナプール、レ・クレアシヨン・ド・ナリサワにて8年間成澤由浩シェフに師事。 2008年渡仏し、ピエール・ガニェール、シェ レザンジュなどの名店を経て、11年にオウ・ボン・アクーユでシェフに就任。17年からエールにてシェフを務め、「ミシュランガイド フランス」にて1つ星を獲得。2025年ミシュラン一つ星、「ゴ・エ・ミヨ」で“明日のグランシェフ賞”を受賞。

東京の中心部、虎ノ門ヒルズ ステーションタワーの最上階に位置するレストラン「アポテオーズ」。地上250メートルの夜景が眼下に広がる空間では “最高の賞賛”を意味する店名にふさわしく、料理・器・空間のすべてが美意識のもとに調和するガストロノミーが繰り広げられている。北村啓太シェフによってこの初夏、さらなる深化を遂げたコースの魅力をご紹介しよう。

精度を高めて表現される“日本の風土”

「アポテオーズ」の北村シェフといえば、「ナリサワ」の成澤由浩シェフに8年間師事した後、パリの名だたる名店で活躍し、2019年からは「エール」の料理長として5年連続ミシュラン1つ星を獲得した実力派。そんな北村シェフのコースが、この春、さらなる進化を遂げた。“日本の風土をフレンチで表現する”という従来通りのテーマに基づいてボリュームを見直し、皿数を絞ることで食材の組み合わせや調理法の精度を上げ、より軽やかで洗練されたコースへと昇華。一品一品に丁寧に織り込まれた自然の情景が五感に訴えかけ、体も心もリフレッシュするような感覚に包まれるコースが誕生した。

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「日本の心」

アミューズの3品は、流木を用いたプレゼンテーションが海辺の風景を思わせる「アポテオーズ」のシグネチャー。続いて青い伊万里焼の器で登場する「日本の心」は、直火焼きにした九十九里の地蛤を主役に、タラの芽やフキ、アマドコロといった春の山菜とリゾット、富士山麓に自生する山椒のオイルを添えたもの。緑米を使用し、チーズではなく醤油麹で旨味を引き出したリゾットは、滋味深くも軽やかだ。「山菜の苦味と緑色の食材の持つミネラル感で日本の春を表現した」と語るシェフの言葉どおり、視覚にも味覚にも伸びやかな自然が感じられる一皿だ。

開業から1年余り経ち、「アポテオーズ」にはパリのクラシカルなスタイルを好むゲストも多いことがわかってきたため、新しいコースにはフランスらしさも織り込まれるようになった。初夏のコースの中盤に登場する2皿「パリの思い出」と「継承」も、そんな料理だ。前者は明石の平目と山ウドを棒状にカットし、トマトのエッセンスとシブレットオイル、マイクロリーフや花々を盛り合わせた前菜で、「トマトのエッセンスとシブレットの組み合わせはフランスでも人気があり、日本の食材で再構築しました」と北村シェフ。

一方の「継承」は、グリーンアスパラの炭焼きにモリーユ茸、土佐ジローの温泉卵、葉玉ねぎのエチュベ、そしてシャンピニオン・ド・パリ(マッシュルーム)を合わせたサラダ。素材の組み合わせにフランスらしい香りが漂う一皿だ。

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「白霧」

その前後には、日本の自然や風土を反映した皿が続く。「白霧」はその好例で、北村シェフが「森の朝霧」をイメージした一皿。ホワイトアスパラガスをヴルーテ(ソース)、ボイル、生の3種盛り合わせ、そのミネラル感ある味わいに白樺の樹液のジュレとディルオイルを合わせた一皿を味わうと、朝の森を散歩したかのような清々しさを感じる。有田焼・李荘窯の黒い皿に映える青いボリジの花には牡蠣のような風味があり、「花も食材として捉えている」という北村シェフの花使いのセンスが光っている。

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「赤い武将」

メインの前の一皿「赤い武将」は、日本の旬の食材とクラシックフレンチが調和した逸品だ。この皿の主役は「オマール海老とバニラ」というフランス料理では王道の組み合わせを日本の食材「伊勢海老」に置き換えたもの。旬の筍を薄く切り、バニラビーンズの香りを移した澄ましバターとナスタチュームの花がナッペした(塗した)付け合わせは、目を奪う華やかさだ。しかもただ美しいだけでなく、食材の組み合わせには狙いがある。

北村シェフがイメージしたのは「バニラと相性のよい筍を使い、その歯ごたえとナスタチュームの花の辛味で伊勢海老の味わいにキレを持たせる」こと。全体をまとめる2種類のソースは、ジュラ地方のアメリケーヌソースに根セロリのピューレを加えたものと、ヴァンジョーヌ(シェリーに似た風味を持つジュラ地方の黄色いワイン)のソース。こうしたソースの作り方など、料理の核となる部分には伝統的な技術を踏襲し、表現をわずかにずらすことで「ここでしか味わえない皿」として完成させている点が、北村シェフらしい一皿だ。

メインディッシュとして用意されるのは、北村シェフが近年注目している和牛や鴨。なかでも米を主食とする飼料で育てられた長崎・諫美牛は、「脂がきれいで香りがよく、味に透明感がある」と語る食材で、海外ゲストにとっても日本ならではの味わいとして印象に残るという。

一方、京都の山間部で平飼いされる七谷鴨は、シェフが胸肉の中でも最もよい部位を見極め、ローストして提供。盛り付けには、北村シェフが訪れた静岡県・北山農園のミニ野菜や、スズメノエンドウ、ノビルといった野草がふんだんに使われており、自然の風景がそのまま皿の上に表現されているかのよう。「実際に訪れた産地の風景が、料理のインスピレーションになっています」と語るシェフの料理は、単なる食材の集合ではなく、豊かな物語性を帯び、食べ手の想像力を刺激する。

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デザートの「辛口ジンジャーエール」

コースの最後を締めくくるデザートは、ストーリー性と遊び心を兼ね備えたモダンな一皿。たとえば初夏のアヴァンデセール「辛口ジンジャーエール」は、口に含むとほのかな甘みが一瞬立ち上がり、続いてジンジャーの鮮烈な刺激が現れて消える。軽やかで爽快なこの一皿は、薄い飴細工の生地を崩したものと、生姜とレモンの皮を効かせたパンナコッタ、レモンと蜂蜜のマリネ、黒文字のミルクアイス、黒文字とレモンのグラニテを組み合わせたもの。グラニテのシャープな酸味でジンジャーの辛味を中和し、温度感と香りのコントラストを楽しませる構成に、繊細な美意識が感じられる。

コースを構成する料理は、このように食材、調理法、盛り付け、器に至るまで、すべてに北村シェフの哲学と美意識が貫かれている。デザートを終えたときにまるで一篇の舞台作品を観た後のような充足感に包まれるのは、そのためである。

「五感で楽しむ」ための空間美学 

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デザイナーユニット「スペース・コペンハーゲン」が手がける「アポテオーズ」の空間。

最後に、この美食体験をさらに昇華させる空間にも触れておきたい。「アポテオーズ」の設計を手がけたのは、北村シェフ好みの北欧テイストのデザインの本場、デンマークを拠点とするデザイナーユニット「スペース・コペンハーゲン」。煌びやかな夜景と北欧デザインの静けさが独特のバランスで共存するダイニングは、まさに「都会の中のオアシス」だ。

店内は椅子やテーブルの手触りに至るまで「五感で楽しむ体験」を意識して設計されており、イギリスのマイケル・アナスタシアデスが「北欧の人が考えるシャンデリア」をテーマに手がけた照明の柔らかな曲線は、器や料理のフォルムとも呼応する。器も信楽焼、有田焼、伊万里焼など、料理との調和を前提に選ばれたモダンなものが用いられており、中にはナイフの音が気にならないようにコーティングを施した皿もあるという。

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新コースで使用される器

料理、器、空間——すべてが「自然界からのインスピレーション」に貫かれた「アポテオーズ」の世界。北村啓太シェフの新しいコースを五感で体験すれば、その記憶はきっと長く心に残ることだろう。

※記事中の料理は取材時のもの。

apothéose(アポテオーズ)

東京都港区虎ノ門2-6-2虎ノ門ヒルズ ステーションタワー 49F (TOKYO NODE内)
営業時間:17:30~22:30(L.O.19:30)
定休日:日月
apotheose.jp