毎年4月にイタリアで開催される国際家具見本市「ミラノサローネ」において、事前審査を通過した35歳以下の若手デザイナーだけが出展できるサローネサテリテ。長澤一樹は今年、130を超える出展の中から「サローネサテリテ・アワード2025」最優秀賞に選ばれた。初出展ながら快挙である。発表した「UTSUWA‐JUHI SERIES」に使われるのは、昔からあるたわしやほうきの素材として馴染み深いシュロの樹皮。柿渋と鉄媒染液で繊維を固定することで、器やランプシェードなど多様なかたちを実現した。身近な天然素材の新たな可能性を証明してみせたといっていい。
「サステナブルをデザインのテーマに取り上げることは当然になってきています。しかし、たとえば廃棄材を活用する際に、人工的な樹脂や異素材を組み合わせるといった手法が現代のひとつのアウトプットとして確立されていますが、本質を探る上では、まだ掘り下げられていない視点や新たな解答があると感じています。その上で伝統工芸に目を向けると無駄がなく、意匠も整っている。でも、そのかたちや色だけを変えるのは再解釈とは言えないし、新しい使い方を探りたかったんです」
たわしやほうきの場合、シュロの樹皮を1本ずつにほどいてから束ねる。だがそれと同じ工程からつくりだすのでは、単にほうきのかたちを変えることにしかならない。長澤は、より自然のまま、つまり木から剥がしたばかりのメッシュ状の樹皮を造形美に取り入れた。形状を保持する柿渋のタンニンに鉄媒染液が反応する酸化作用によって繊維が黒っぽく変わり、シュロ本来の色と偶発的なグラデーション効果をもたらしている。
「メッシュ状のまま使うという視点は伝統工芸でも試みられていなかったようで、デザインで素材と造形の新たな価値を生み出せた、という手応えを感じました」
初めてミラノサローネを訪ねたのは桑沢デザイン研究所を卒業したばかりの2017年。「次に行くなら出展する時だ」と固めた決意はゆらぐことなく、今回の成果に結びついた。受賞後はイタリアやロンドンでの展示への招致、大手ブランドからのオファーも舞い込んでいるという。
実作は公表していないが、実は長澤が手掛けているのはラグジュアリーホテルや海外の富裕層の邸宅の内装設計が中心だ。故にプロダクトではなくインテリアデザイナーを名乗る。
「インテリアデザイナーという職業を知り、憧れたのは中学生の頃です。家具メーカーのエピソードが登場するマンガ『ツルモク独身寮』がきっかけでした。手芸や木工が好きだったので、ものをつくって暮らしていけたらいいよな、と。本格的にデザインを学んだのは桑沢へ進学して、家具デザイナーの藤森泰司さんのゼミ1期生になってからです。特に卒業制作で取り組んだ椅子のデザイン設計では、かなりの熱量で指導してもらって……。藤森さんは恩師です」
卒業後、長澤は杉本貴志が率いるインテリアデザイン会社スーパーポテトにデザイナーとして就職した。
「デザインの姿勢では杉本さんに強く影響を受けています。杉本さんはかつて、インテリアデザインの分野では見向きもされていなかった『古びた鉄板』に注目し、それを壁一面、大胆に張り巡らせた内装をデザインして注目を集めました。それ以降は古びた鉄板の価格が高騰してしまうほど、素材の使われ方や価値観を変えてしまいました。素材が持つ本質的な魅力をどう引き出すか。ぼくもその意識を受け継いでいます」
その後、橋本夕紀夫、谷山直義のもとを経て2024年に独立。
「杉本さんたちだけでなく、倉俣史朗さんや内田繁さん……多くのインテリアデザイナーが衝撃的に残した新しいデザインに敬意を抱きながら、現代でやるべきことを考え、自分たちの世代でまたひとつの革新になるような発信をしていきたいですね」
---fadeinPager---
PERSONAL QUESTIONS
いま行きたい場所は?
もう一度ミラノへ行きたいです。サローネの出展もそうですが、作品を発表する場をイタリアに置きたい。日本の文化やデザインを海外で発表することに意義があると思っています。
会ってみたい人は?
倉俣史朗さんにお会いしてみたかったです。インテリアデザイナーとしてもプロダクトデザイナーとしても憧れています。倉俣さんがデザインした照明、通称“オバQ”を愛用しています。
いま買いたいものは?
田村奈穂さんがデザインしたポータブルライト「TURN」です。デザインの素晴らしさと構造の仕組みが気になって、近くのインテリアショップによく観察に行き、見惚れています。
改めて勉強したいことは?
断然、英語です。会話をするために本気で学び直して、自分のデザインを自分の言葉で説明したいです。海外で知り合うデザイナー仲間とも直接、話せるようになりたいですね。
いま注⽬したい各界のクリエイターたちを紹介。新たな時代を切り拓くクリエイションと、その背景を紐解く。
