百余年の建築を再構築し、文化を未来へと受け継ぐ「撚る屋」【今月の建築ARCHITECTURE FILE #32】

  • 文:佐藤季代
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人が集うかまどや囲炉裏を意味する「火の座」をコンセプトにしたダイニング。キッチンを囲むように檜を用いたコの字カウンターが配される。

白壁の蔵屋敷やレンガ造りの西洋建築など、江戸から昭和初期にかけての歴史的建造物が残る岡山県の倉敷美観地区。観光客で賑わうエリアを抜けた閑静な東町に、2024年11月、「撚る屋(よるや)」が開業した。築100年を超える旧呉服問屋を改修・増築し、13室の客室とダイニング、ワインバーが併設され、食を通じた倉敷の歴史と文化を楽しめる宿として生まれ変わった。空間デザインを担当したのが、緒方慎一郎率いるシンプリシティ。商店と別邸が立つ敷地全体を再編集し、新築棟を含む4つの分棟にゾーニングした。地元の方言で 「ひやさい」と呼ばれる細い路地を敷地内にも取り込み、倉敷の豊かな町並みがそのまま連続するかのように見せている。

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呉服問屋を営んでいた難波家の別邸を再生。土壁や瓦屋根、街灯などは竣工当時のものを引き継ぎながら、新たな建築へと生まれ変わらせた。

 

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別邸を改修したジュニアスイート。左の土壁や構造体などは既存のものを保存しつつ、白漆喰壁で倉敷らしさを感じられる空間に仕上げた。

ゲストを出迎えるのが、レセプション棟に備えられたダイニング。ダイナミックなコの字のカウンターが囲む空間で、地元の食材を使った料理が楽しめる。また、客室は半露天風呂付きのスイートルームなど5タイプが用意され、10室は部屋に坪庭が隣接する。

新旧を活かした建物に共通するのが、倉敷の文化を感じさせる意匠だ。柱や梁、土壁、建具などを可能な限り保存し、新設部には白漆喰やレンガといった地域を象徴する素材を取り入れている。土地の記憶と現代の感性が交差する空間で、時の流れを感じながら新たな倉敷を体験したい。

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表通りに面したワインバーは、宿泊客以外も利用でき、岡山産のワインなどを楽しめる。壁はすべて既存の土壁を練り直して再利用している。

 

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施設を緩やかにつなぐ中庭。庭を軸にして「ひやさい」を意識した小路が配される。余白を意識し、サルスベリと岡山産の黒石が置かれている。

撚る屋

住所:岡山県倉敷市東町2-7
TEL:050-5799-4721
料金:スタンダード¥77,000~ 全13室
https://yoruya-kurashiki.com
【設計者】シンプリシティ
代表の緒方慎一郎が1998年に設立。「現代における日本の文化創造」をコンセプトに、自社ブランドの和食料理店などの展開のほか、建築やインテリアなど多岐にわたるプロジェクトのデザインを手掛ける。

※この記事はPen 2025年6月号より再編集した記事です。