造形作家・岡﨑乾二郎の仕事のすべて。初となる東京での大規模展でたどる、その飽くなきクリエイション

  • 文&写真:はろるど
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左:『憂さ晴らし、気晴らし。人の持つ胃袋そして良心(逆さまにすれば、笑いの種)。「くだらぬことばかり!」犬に蚤を噛ませ、牡蠣殻をあがめ、焼鳥を空に飛ばす。ツァラアトがみえますか?この舌がうまいと言うのは(どれもこれも)死骸ですよ!魚の死骸、鳥や牛豚の死骸だよ。罪から離れ(魂が離れ)、土に近いものがうまい。』

右:『菠薐草と牛乳。博識と食い意地に上下はない。(ひっくり返すのは葡萄酒!)「いったい何がいいたい?」逆さに流れる川、燃え上がる海。梟にラテン語、鸚鵡からシネクドキを教わるみたい。ゆえに他人の舌に耳を傾けない。菠薐草を食べ牛乳を飲む!牛乳は甚大な数の牡蠣の消化を助ける。だから(海から離れ)畑に貝塚がある。』 ともに2008年 個人蔵

日本を代表する造形作家である岡﨑乾二郎の個展『岡﨑乾二郎 而今而後 ジコンジゴ Time Unfolding Here』が、東京都現代美術館にて開かれている。過去の代表作を網羅しつつ、大きく転回したという2022年以降の新作を中心とした展示の内容とは?

2021年に病に見舞われた岡﨑。大きく変わった転機をたどる

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『頭のうえを何かが』 2021〜2022年 作家蔵 岡﨑が入院中に描いた作品。7日ごとに1枚のペースを厳守し、退院まで描き続けたという。

1980年代初頭の『あかさかみつけ』シリーズで注目を集めて以来、絵画、彫刻だけでなく、建築や環境文化計画、絵本、ロボット開発などの仕事を手掛け、さらに教育や批評家としても活動してきた岡﨑乾二郎。82年のパリ・ビエンナーレの招聘以来、数多くの国際展にも出品したほか、近年では2017年に豊田市美術館にて開催された『抽象の力―現実(concrete)展開する、抽象芸術の系譜』の企画制作を行い、2019〜20年には同館で大規模な個展『視覚のカイソウ』を開催。

その岡﨑が突然脳梗塞に見舞われたのは21年10月末のこと。半年間の入院を余儀なくされると、1ヶ月半を経過して、ようやく手すりにつかまり立てるようになったものの、手はぶら下がったままゆらゆらと動かすことしかできなかったという。しかし、何とか絵を描きながら懸命にリハビリを進めると、自身の予想をはるかに超えて劇的に回復。今も後遺症の麻痺は残っているが、旺盛に創作を続け、かつての豊田での展示量以上の作品をつくり上げていった。

陶板を用いた作品から「よせ裂れ」、さらにドローイング・ロボットまで

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左:『斧を磨いて針にする』 1986年 高松市美術館 右:『川に水を運ぶ』 1986年 富山県美術館 ともに「よせ裂れ」シリーズ。

「これまで知っている岡﨑を超えるレベルの展覧会」と学芸員の藪前知子が語る本展。全貌の把握が困難なくらい多様な岡﨑の仕事を紹介するだけに、2つの広いフロアに続く作品の数も膨大だ。まず1階には86年頃から始められた陶板を用いた作品や、92年より本格的に発表した絵画、またプリント生地のパッチワーク、つまり「よせ裂れ」という手法によるアッサンブラージュなどの20年までの作品が並んでいる。

そして中2階には岡﨑が入院してから描いた作品をはじめ、15年より開発したドローイング・ロボットが紹介されている。このロボットは美術史上の画家も含めたさまざまなドローイングのデータを読み込むことができ、体験者は動く描画板にペンを触れるだけで、手を動かさなくても自ら描いているような感覚が得られるという。絵を自分の主律的な意志で描いたというより、外の力によって描かされたという感覚はリハビリ初期の経験に近いと語っている。---fadeinPager---

22年から制作された絵画と彫刻の新作を一挙公開!

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『岡﨑乾二郎 而今而後 ジコンジゴ Time Unfolding Here』より、作品展示風景(3階)。

大病を患って以降、岡﨑の創作や作品はどうなったのだろうか。そこで3階の展示室に並ぶ、主に22年から制作された最新の絵画や塑像に着目したい。まず絵画では以前から手掛けていた複数のパネルを接合した作品が増え、元々鮮やかだった色彩に光沢感とも呼べる華やかさが増している様子がわかる。また心なしか厚塗りで、色の面というよりも、貴石のかけらを連想させるような塊が広がっているようにも思える。

一方で約30年ぶりに手掛けたという彫刻、しかも力が必要とされる粘土による塑像の制作を再開したのも大きな変化といえる。出品作の多くは手で作った粘土の原型をデジタルの技術において大きく拡大したもので、どれもが複雑なテクスチャーを見せながら、まるで未知の有機物のように横たわっている。岡﨑は「彫刻家になれたという判定を皆さんに仰ぎたい」と冗談めいて語るが、中には抽象ではなく、大型のゾウを模った具象的な作品まであるから驚いてしまう。

『論語』の一節から取られた「而今而後」に込められた意味

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『思考でないものはすべて純粋な無でしかないし、私たちが考えることができるのは思考だけだし物事を語るために使う言葉はすべて思考しか表現できないのだから。従って思考以外のものがあると言うのは何の意味も持たない断定にすぎません。私たちが外的物体として指すことができるのは自分の身体だけです。私たちは空間すべての物を測る体系として、いつも自分の身体を持って歩いているようなわけです。それがそれ自身に提示しているのはチョークで黒板につけた白い斑点や白い紙にペンでつけた黒い斑点であって感覚にその物体が与えた印象でも物体自体でもない。時間の信者には奇妙な矛盾だが、地質学的歴史は生命が二つの永遠の死の間のほんの短い逸話に過ぎないと示している。この逸話の中でさえ、意識的思考はほんの瞬間、持続するにすぎず、これからもそうだろう。思考とは長い夜の中の煌めきなのです。』 2023年 作家蔵

岡﨑が「突飛なものと受け止められてきた」という自作の長文のタイトルも驚異的だ。「美術作品を言語秩序に従属させる機能を持つ」とするように、一般的に作品とタイトルは関係し合うが、一つひとつの言葉をじっくりと読んでいくといつしか作品を離れ、言語の詩的なイメージの中へと没入するような気持ちにさせられる。「文学との関係を意識しないことはなかった」ともしているが、読んでいてつまずくことが多いものの、時折はっとひらめくような示唆に富んだ言葉が秘められているから見過ごせない。

豊田での個展を開いて、すぐにパンデミックに見舞われ、しばらくして病に倒れた岡﨑は、一時「死んだ気持ちになっていた」という。しかし今回は「会場が埋まると思っていなかった」とするほどの作品を展示し、飽くなき岡﨑の創造力を改めて示す内容となっている。『論語』の一節から取られた「而今而後(これから先、ずっと先も)」には、「自分がいなくなっても芸術を通して世界が続く」という意図が込められている。世界は終わりなく何度でも再生すると確信する岡﨑の仕事のすべてを、東京で初となる大規模な展覧会にて向き合いたい。

『岡﨑乾二郎 而今而後 ジコンジゴ Time Unfolding Here』

開催期間:開催中〜2025年7月21日(月)
開催場所:東京都現代美術館 企画展示室 1F・3F
東京都江東区三好4-1-1(木場公園内)
開館時間:10時〜18時 ※入場は閉館の30分前まで
休館日:月 ※7/21は開館
入場料:一般 ¥2,000
www.mot-art-museum.jp