東京・神宮前の交差点に、ロンドン発の折りたたみ自転車ブランド「Brompton(ブロンプトン)」の日本初フラッグシップストア「Brompton Tokyo」がオープンした。1975年の誕生以来、ブロンプトンは「都市は移動を通じて発見やインスピレーションを得るフィールドである」という哲学を掲げている。目的地よりも途中にこそ価値があるという考えは、自転車と都市の不可分な関係を示すものだ。
ガラス張りの外観から中へ入ると、白く開放的な空間が広がり、吹き抜けを貫く巨大なアートワークが目に飛び込んでくる。内部には整然と並べられた自転車たち。ここは単なる自転車ショップではない。建築とアートが融合し、都市生活を豊かにする文化発信拠点として誕生したのだ。「クラフトマンシップと東京のローカリティの融合」をコンセプトに、自転車が持つ可能性を広げる、新しい東京の風景に迫る。
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白と木の対比が生み出す、ふたつの表情

交差点に面した「Brompton Tokyo」のロケーションは、さまざまなカルチャーが交わる場所として理想的だ。店内に足を踏み入れると、無機質な白いギャラリー空間と、土や木といった有機的な素材を用いた空間という対照的な二つの表情が目に入る。この空間を設計したのは建築家の吉田愛。SUPPOSE DESIGN OFFICEを率いる吉田は、ブロンプトンの持つクラフトマンシップの精神と東京という都市の特性を最大限に生かすべく、独自のアプローチで空間を作り上げた。
「ライフスタイルの豊かさを提案できる場所であることと、街との繋がりを感じられる空間づくりが私たちにとって大切でした。東京のローカル性については、内装の材料や作り方で表現するのではなく、東京の街に住んでいる人たちとの関わり合いや、東京らしい暮らし方を表現したかったんです」と設計に込めた思いを語る。ただの移動手段ではなく、"生活を豊かにするツール"としての自転車の魅力を伝えることが、この空間設計の出発点だった。

店内では白い空間と木や土の素材を用いた空間が印象的な対比を見せる。その意図について吉田は、「自転車を展示する場所とメンテナンスを行う場所といった必要な機能を分け、手を加える場所と何もしない場所を作ることで、対比の効果を生み出しました」と説明する。古い建物の中に新しいものがあると互いが引き立つように、機能を明確に分けることで空間のインパクトを高める意図があったのだ。この潔いデザインが、訪れる人の印象に残る特別な空間を創出している。
「単なる店を設計するのではなく、人の行動が変わったり体験が変わるような設計をしたいと思っています。街に対して開いてカルチャーを伝えていく場所、夕方の公園のような場所になってほしいです」と吉田。ただ買い物をするだけでなく、人々が集い、交流が生まれる場所を目指したという。「ちょっと興味あるなって思った時にふらっと行って、試乗もできるし、美味しいコーヒーも飲める。そんな気軽な気持ちで来てもらえたら、新しい出会いがあるかもしれません」と同店に期待を込める。
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自転車の展開をアートに昇華させる

店内の地上階から2階まで続く巨大アートワークを手掛けたのは、アーティストのRyu Okuboだ。ブロンプトンとのコラボレーションはどのように実現したのだろうか。彼を知る人なら、その答えはおのずと見えてくる。手描きのアニメーションなど動きのある作品で知られるRyu Okuboのスタイルは、折りたたみと展開を繰り返すブロンプトンの特徴と見事に共鳴するからだ。静止した作品の中に動きのシークエンスを表現する彼の手法は、変形する自転車を表現するのに理想的だった。
「吉田さんからお声がけいただいた際、空間の中に象徴的な存在が必要だという話がありました。そこで、ブロンプトンの特徴的な折りたたみ構造から閃きを得て、自転車が展開していく様子を4コマ漫画のような感じで、上から下に順番に表現したんです」と作品のコンセプトを説明する。実際にアートワークを見上げると、抽象的な線と図形が折りたたみの過程を暗示し、矢印が動きの方向性を示している。まるで自転車が変形していく様子が目の前で展開されているような錯覚を覚える作品だ。

今回のアートワークは縦6メートル、横2メートルという圧倒的な存在感を放つ大きさだ。「今まで手掛けた作品の中で最大。制作時は机の上で作業するので、6メートルになるという感覚が掴めませんでした」と制作過程の苦労も明かされた。しかし、完成して初めて全体を見た時の感動は格別だったと言う。「小さなスケッチが壁面全体を埋め尽くす作品になった時、想像を超える迫力に驚きました」と振り返る。完成した作品には、綿密に計算されたグリッドの配置をはじめ、細部への徹底したこだわりが感じられる。
「アートワークを通じて、ブロンプトンという自転車の新しい見方を提案できたら嬉しいです。自転車とアートという異なる文化が交わることで、新しい価値が生まれると思うから」とRyu Okubo。アート作品としての完成度の高さと同時に、このコラボレーションがもたらす文化的な広がりへの期待が感じられる言葉だ。加えて、このコラボレーションから派生したTシャツも制作。肉厚で上質な生地を用いたTシャツは、独特の世界観を身近なアイテムとして具現化し、ブロンプトンの魅力を日常に溶け込ませている。
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限定100台の特別モデルで広がる可能性

Brompton Tokyoのオープンを記念して誕生したのが、「Brompton Tokyo Edition by Ryu Okubo」だ。限定100台という希少性を持つこのモデルが注目を集めるのは当然かもしれない。折りたたみ構造というエンジニアリングの精髄とRyu Okuboの繊細かつ大胆な芸術表現が調和した一台は、実用と芸術の境界を軽やかに超えている。ブロンプトンは「折りたたむ」と「広げる」という動作を特徴としているが、それはまさに「自転車を広げることで人生の可能性が広がる」というブランド哲学の象徴でもある。
店内中央の展示台に置かれたこのモデルは、一見しただけでその特別感が伝わってくる。白いフレームに描かれたグリッドパターンとラインは、壁面アートの世界観を立体的に表現。日常の移動手段としての機能性を保ちながら、所有する喜びをもたらす芸術品としての側面も併せ持つ。都市の風景に溶け込みつつも存在感を放つこのデザインは、ブロンプトンが掲げる「自由な移動」という理念にアート表現による新たな価値を加え、自転車文化の新たな地平を切り開くものといえるだろう。

Brompton Tokyoで定期的に開催される「コミュニティライド」では、ブロンプトンオーナーだけでなく他のブランドの自転車を持つ人々も参加可能で、過去には「渋谷のアートな公衆トイレ巡り」といったユニークなテーマのイベントを実施。店内のラウンジスペースでは訪れた人々がくつろぎながら交流できる環境が整えられ、コミュニティ形成の場としての役割も果たす。加えてトークイベントやワークショップ、アート展示なども企画されており、自転車という枠を超えた文化発信拠点を目指している。
「都市生活をより自由で幸せにする」というブランド理念のもと、新たにレンタサイクルサービスも計画中だ。ブロンプトンならではの乗り心地や折りたたみの利便性を、所有せずとも体験できる機会を提供する。自転車を通じた新しいライフスタイルの提案と、多様な文化が交差する活気ある場として、東京の風景に新たな彩りを加えていくことだろう。建築、アート、そして自転車が融合したこの空間から、これからどんな物語が紡がれていくのか。Brompton Tokyoの挑戦は始まったばかりだ。
Brompton Tokyo
住所:東京都渋谷区神宮前2-5-10TEL:03-6459-2012
https://jp.brompton.com/find-a-store/brompton-junction/tokyo
https://www.instagram.com/brompton_jp/