いま、生きる場所について考える。インドネシアを拠点に活躍するアーティスト、今津景の個展が見逃せない!

  • 文 & 写真:はろるど
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国内外で注目を浴びるアーティスト、今津景(いまづ けい)。その初めての大規模な個展『今津景 タナ・アイル』が、東京オペラシティアートギャラリーにて開かれている。あっと驚くほど空間を大胆に活かし、絵画からインスタレーションを手がける展示のポイントとは?

コンピュータ・アプリケーションを駆使。今津が切り開く絵画表現の未来

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《Memories of the Land / Body》(2020年 タグチアートコレクション)オランダの地質学者フランツ・ウィルヘルム・ユングフンの描いた、ジャワ島の火山グヌン・スンビンの絵を参照した作品。

1980年に生まれた今津景は、『VOCA2009』(2009年)にて佳作賞、また『絹谷幸二賞奨励賞』(2013年)を受賞。その後、2019年に『六本木クロッシング2019展:つないでみる』や『あいちトリエンナーレ2019』へ出展したほか、海外でも『ドクメンタ15』(ドイツ、2022年)や『チャンウォン・ビエンナーレ』(韓国、2024年)などに参加して精力的に活動している。その作品は、インターネットやデジタルアーカイブといったメディアから採取した画像データをPhotoshopなどにて加工を施しながら編集。そこから構成された下図をもとにキャンバスへ油彩で描く手法にて制作されている。美術史において古い歴史を有する油彩を用いながら、最先端のテクノロジーを駆使し、絵画表現の未来を切り開こうとするアーティストだ。

インドネシアのバンドンに拠点を移した今津。そのリサーチのあり方とは?

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左:《Anda Disini (You are here)》(2024年)日本軍の軍事要塞だった「GOA,JAPANG」(ゴア・ジパン)と呼ばれる洞窟をモチーフとしている。

2017年にインドネシアのバンドンに制作と生活の拠点を移すと、今津はインドネシアの都市開発や環境汚染などへのリサーチをベースにした作品を手がけていく。それは自らがインドネシアでの生活の中でリアリティを感じながら捉えたものであると同時に、インドネシアの歴史や神話、生物の進化や絶滅といった生態系など複数の題材を重ね合わせることで、より普遍性を持つ作品となっていく。絵画の同一平面上には、地球環境問題やエコフェミニズム、そして植民地主義などのさまざまな要素が並置され、膨大なイメージが時間軸を超えて表現されている。また近年は3Dプリンターによる巨大な立体作品や、インスタレーションなど平面から空間全体へと展開しているのも特徴といえる。---fadeinPager---

インドネシアの人々の視点から日本の植民地支配を考える 

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《Bandoengsche Kininefabrik》(2024年)バンドンで行われていたというマラリアの特効薬であるキナの栽培をめぐる、新作インスタレーション。

巨大な洞窟の写真を背景にした絵画と血液の循環を表すようなインスタレーションとは…? まず《Anda Disini(You are here)》に注目したい。洞窟の名は「GOA,JAPANG」(ゴア・ジパン)、つまりかつての日本軍が軍事要塞として使用していた場所。絵画には日本軍がインドネシアの人々を「ROMUSHA」と呼び、硬い岩肌を手作業でくり抜かせるなど過酷な労働を強制的に従事させる様子が描かれていて、今津自身もレジデンスで同地を訪ねた際、「申し訳ない気持ちになった」という。一方での《Bandoengsche Kininefabrik》とは、かつてのマラリアの特効薬であったキニーネを題材にしたインスタレーションだ。人工的な抗マラリア剤が開発される以前、キナの樹皮から抽出されたキニーネは重要な薬とされ、バンドンは世界一のキニーネの産地となった一方で、第二次世界大戦中には日本軍が接収し、陸軍キネーネ工場と名を変える。

神話「ハイヌウェレ」に着想を得た圧巻のインスタレーション!

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手前:《SATENE’s Gate, Patalima & Patasowa sculptures》 2023年 ハイヌウェレが死んだことを知って怒り狂ったサテネという神を象ったゲート状の作品。サテネは鉄のゲートを一瞬で作り上げると、その手に土から掘り返されたハイヌウェレの両手を持ち、祭りの参加者に通るように命令。ハイヌウェレを殺した者は動物や精霊に姿を変えられたという。

インドネシア・セラム島の神話、「ハイヌウェレ」に着想を得た大小さまざまな絵画や立体作品によるインスタレーションがハイライトを飾っている。「ハイヌウェレ」とは、ココナッツから生まれ、自らの排泄物から異国の宝物を生み出す力を持つという女性の名前。その神秘的な力を恐れた男たちによって生き埋めにされてしまうものの、彼女の遺体を切断して埋めると、さまざまな芋が育って島の人々を支えたと伝えられている。この神話を今津は自らの出産という個人的な体験と結びつけながら、フェミニズムや植民地の歴史などのいくつかの角度から読み解きながら作品として昇華させている。---fadeinPager---

タイトルの「タナ・アイル」の意味とは?いま、生きる場所について考える

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《When Facing the Mud (Response of Shrimp Farmers in Sidoarjo)》 (2022年 個人蔵(シンガポール))世界最大の泥火山、シドアルジョにて、天然ガスの掘削作業を行っていた会社が引き起こした災害や、真南を流れるポロン川、さらに泥火山一帯で古くから行われるエビ養殖などに着想を得ている。

受付で配布されるハンドアウトに目を通したい。そこには今津がバンドンにレジデンスへ行ったことにはじまり、洞窟「GOA,JAPANG」で感じたこと、さらにキニーネに関するリサーチや、ジャワ島の風習に則って出産後に胎盤を庭先へと埋め、そこから生えたヒトデカズラが巨大になったことなどのエピソードが記されている。タイトルの「タナ・アイル」とは、インドネシア語で「タナ(Tanah)」が「土」、「アイル(Air)」が「水」を指し、繋ぎ合わせると「故郷」を意味する言葉になる。インドネシアと自らのルーツである日本の二つの土地での体験などに基づき、生きる場所について考え続ける今津の繰り広げる、叙事詩を紡ぐような神話的でかつエネルギーに満ちた創作世界を体感したい。

『今津景 タナ・アイル』

開催場所:東京オペラシティ アートギャラリー[ギャラリー1, 2]
●東京都新宿区西新宿3-20-2 東京オペラシティタワー3F
開催期間:開催中〜2025年3月23日(日)
https://www.operacity.jp/ag/exh282/