今年5月、第77回カンヌ国際映画祭の「ある視点」部門に出品された映画監督・奥山大史による長編2作目が『ぼくのお日さま』だ。本作は監督に加え、撮影、脚本、編集も奥山自身が手掛けている。上映を終えるや、会場は5分を超えるスタンディングオベーションに包み込まれた。
この作品は、雪の降る街を舞台に、吃音をもつ少年とフュギュアスケートを学ぶ少女、そして元フィギュアスケート選手で少女を教えるコーチという3人の視点で紡がれる物語だ。惜しくも受賞は逃したが、部門の審査委員長を務めたグザヴィエ・ドランだけでなく、是枝裕和、西川美和、ルーカス・ドンらも公式上映に訪れた。
大学在学時に発表したデビュー作も、繊細な演出と映像で世界的に評価を受けた彼。その創造のルーツとともに、今作について話を訊いた。
映画・舞台に魅せられた、学生時代の止められない初期衝動
――映画に興味をもったきっかけを教えてください。
高校時代に部活を辞め、時間ができたので映画のレンタルショップへ通い始めました。最初は新作映画を借りていたのが、安いから、と旧作をまとめて借りるようになり、さらに監督ごとにまとめて作品を見るようになっていきました。そのなかで、是枝裕和さん、岩井俊二さん、橋口亮輔さんらの作品に出合い、監督によってこんなにも表現が変わるのだと驚きを覚えました。同時に演劇も好きになり、劇場にも通いはじめたんです。
――どのような作品をご覧になっていたのですか?
最初に観たのは大人計画の『ふくすけ』という作品で、その後は平田オリザさん主宰の青年団、岩井秀人さんのハイバイなど、さまざまな劇団を観て回りました。劇団でアルバイトするようにもなったのですが、現場に関わることで、客席数と公演数で作品を鑑賞できる人数が決まってしまうことにジレンマを感じたんです。かといって、それを定点カメラで撮影をしても演劇本来の面白さは記録されない。一方で、映画なら多くの人に一定のクオリティで届けることができると可能性を感じ、大学在学中に映画監督を目指しはじめました。---fadeinPager---
――学生時代はどのように映画を製作したのでしょう。
映画をつくるにも、通っていたのが総合大学だったので周囲に撮影をお願いできる人はいません。つまり自分で撮るしかない状況でした。ノウハウはないしどうしたらいいんだろう……と戸惑うなかで、映像製作をしている芸大や美大の学生とつながり、彼らにいろいろと教えてもらいました。僕らが学生の頃にはシネマカメラが以前よりもはるかに安く購入できるようになったので、撮影後に色の処理を行うカラーグレーディングにも挑戦できたんです。見よう見まねで撮影しては色を調整し、編集し、と夢中でしたね。そしてNHKが主催する映像コンクールへの出品をきっかけに、若手の映像作家を集めて作品を映画監督に批評してもらう番組に声をかけてもらったんです。当初は伏せられていたのですが、いざプロジェクトが始まると、岩井さんや是枝さんが講師に名を連ねていることを伝えられて。いま考えるとテレビだからだと思うのですが……つくった映像を少し褒めてもらって、その気になって大学とともに映画美学校にも通い始めました。
――その流れで、在学中に初めての監督作品『僕はイエス様が嫌い』を発表していますね。
はい。最初は撮影カメラマンを目指して、学生映画の撮影をしていました。その過程で、次第に自分で撮りたいと思える画が頭の中に浮かびはじめて、自分が監督になって映画をつくってみようと思い立ったんです。最終的には監督、撮影、脚本、編集を一人で担当しました。---fadeinPager---
――奥山さんは他の映画監督と違い、広告制作会社のSIXに所属されている点がユニークといえます。
広告の会社ですが、広告ではなく映画に専念したいと代表の野添剛士さんに相談しました。とんでもないことを言っているなという自覚はありましたが、即答で「いいんじゃないか」と承諾してくださり。とはいえ、実際に映画の製作に入る前には、エルメスのドキュメンタリーフィルム『HUMAN ODYSSEY』、Netflixの『舞妓さんちのまかないさん』、米津玄師さんの『地球儀』のミュージックビデオなども、SIXとして監督しています。
――そうした仕事の横断は、今作に活かされていますか?
広告、ドラマ、ミュージックビデオで得たことを、今回の映画にフィードバックできた部分は多分にあります。たとえばクライアントがいる広告は、言うまでもなく自分の作品ではありません。映画の現場では表現の方向性に共通認識をもつことはそれほど難しくなく、察し合って感覚的に進めることができますが、広告は「なんかいいよね」ではダメなんです。なぜその表現を選ぶのか、一つ一つ言葉で説明できなくてはならない。その過程で、どんなことにも、なぜその選択をするのか、言葉にするようになりました。それは、今回の映画の企画を成立させたり、現場で各部署と連携してひとつの世界観をつくり上げていく上で、とても活きていると思います。あと、もうひとつは出会いが広がること。今作にも出演してくれた池松壮亮さんともエルメスのお仕事で出会いましたし、今回特にこだわった光の表現を実現してくれた照明技師の方も、タフに支えてくださった撮影部のチームも、広告やミュージックビデオの現場で出会った方々です。普段は映画製作に関わらないスタッフにあえて参加してもらい、これまでの邦画では見たことのない表現を探りました。今後も映画だけに縛られず、螺旋階段を登るように、試行錯誤しながら少しずつでもステップアップできたらいいなと思っています。---fadeinPager---
繊細な演出と映像がカンヌで絶賛された、新作への思い
――どのように『ぼくのお日さま』の物語は生まれたのでしょう。
1作目と同様、自分の実体験をベースに映画にできないかと考えるなかで、7年間フィギュアスケートを習っていた経験を取り入れられないかと思いました。けれど、ただ思い出を映像にするのでは映画にならない。悩み続けるなかで池松壮亮さんと出会い、この方がこの物語にでてきたらどうなるんだろう、と考え初め、さらに同時期にハンバート ハンバートの楽曲『ぼくのお日さま』(2014年発表のアルバム『むかしぼくはみじめだった』に収録)を聴いたことで、頭の中でばっと物語が広がったんです。二つの出会いによって、登場人物とそのキャラクターが浮かび上がり、プロットを一筆書きのように書き上げることができました。---fadeinPager---
――ハンバート ハンバートの音楽はどのように物語へと発展したのでしょう。
コロナ禍で家から出られないなか、ふとプレイリストからランダムに『ぼくのお日さま』が流れてきました。以前から聴いていた曲ですが、ひさびさに耳に入ったこの曲がそのときの気分にはまったんです。社会と距離を感じてしまう少年の寂しさや孤独を描いた歌が強く心に響き、『ぼくのお日さま』の“ぼく”を主人公に映画を撮ってみたいという思いとフィギュアスケートの企画が掛け合わせられないかなと。そこでハンバート ハンバートのお二人に手紙を書き主題歌とタイトルに使いたいことを快諾いただき、さらに作詞作曲をされている佐藤良成さんには劇伴としても参加いただけることになりました。
――本作は、吃音の少年、同性のパートナーと暮らす青年を描きますが、彼らのそうした背景は積極的に語られることなく、彼らの感情やコミュニケーションを大きな主題としています。
吃音や同性愛は彼らの生活にある当然のものとして描き、その先にある登場人物たちが抱える感情、人間関係の変化を描きたいという思いがありました。一方前作は主人公の視点のみで物語を描いたことで、表現の一部で個人的に反省している点があります。もちろん一人称の物語にはそれゆえの強さがあるのですが、今回はいくつかの視点をもつことで複層的で深みのある映画にしたいという挑戦もありました。この映画は多様性を描くことを目的にしているわけではありませんが、社会や集団と距離を感じてしまう人物を丁寧に描くことで、結果的に多様性を見出してくださる方も多くてうれしいです。---fadeinPager---
――カンヌはいかがでしたか?
会場の中を歩いていると、昔からずっと憧れていた映画人にすれ違います。夢を見ているみたいな気持ちでした。初めてお客さんの前で上映される場で、これまで背中を追いかけてきた監督たちに観てもらえたことはすごく幸せな時間。上映後、拍手に包まれながら出演者の越山くん、中西さん、池松さん、そしてハンバート ハンバートの佐藤さん、プロデューサー陣と一緒に立ち上がった瞬間は本当にうれしかったですね。また、カンヌ映画祭には世界中から批評家やメディアの方々が集まってくるので、一度の上映であれだけ各国の新聞やメディアに批評が載るという体験もはじめてでした。作品を少しでも遠くに届けるためのスタート地点として、とてもいい場所でした。
――奥山さんが影響を受けたように、この作品をきっかけに映画の世界に足を踏み入れる若者が出てくるかもしれない。そんなふうに思う作品でした。
僕が好きな映画に共通点があるとすれば、それは「この映画は、監督がなんとしてもつくりたかったんだな」と思える作品です。この映画でも、観た方々にそう思っていただけたらうれしいですね。つくりたい映画が撮れて楽しかっただっただろうな、と。そして映画にある余白を自由に埋めて解釈することで、「これは自分のための映画なのかもしれない」と思ってもらえたら、それは何よりもうれしいです。---fadeinPager---
『ぼくのお日さま』
田舎町のスケートリンクで出会った少年、少女、青年がそれぞれに思いを重ねながら交流を深めていく物語。9月6日(金)から9月8日(日)テアトル新宿、TOHOシネマズシャンテで3日間限定先行公開。9月13日(金)より全国公開。