芸術家の家には、33年隠した秘密があった! 半生かけ改装続けたアートな自宅、死後に称えられ指定建造物に

  • 文:青葉やまと
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苦心して作り上げた作品ほど、誰かに見てもらいたいと思うのが人情だ。ところが、あえて世間から隠すことを選ぶ芸術家がいた。ある芸術家が死去したことがきっかけで、自邸内が33年間にわたり芸術的に改装され続けていたことが判明。価値が認められ今年4月、イギリスの第2級指定建造物に指定された。

芸術家はロン・ギッティン氏で、2019年に79歳で死亡している。自邸内を知る人はほとんどいなかったが、訃報を受けた本人の姉妹2人が初めて入ったことで、私設美術館さながらの驚きの内部が明らかになった。この建物「ロンズ・プレイス」はイギリス中部のマンチェスターから50kmほど東に離れた、自然豊かなウィラル半島に位置する。

外部は植栽に囲まれた、落ち着きのあるレンガの装いだ。しかし、古めかしい木製のドアを開けて内部へ一歩入ると、そこには息を呑む光景が広がる。5〜6mほど奥行きのある廊下は、壁全面がエジプト風の絵画となっており、古代の壁画やスフィンクスの描き込みが来訪者を圧倒する。

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手作りのミノタウロス像に感じるパワー

ロンズ・プレイスの邸内に4つほどある部屋は、それぞれが異なるテーマで彩られている。日のさんさんと差し込むラウンジは、古代ギリシャの伝説の牛の怪物・ミノタウロスが存在感を放つ。壁は土色で塗られ、ギリシャの人々がフレスコ画のスタイルで描かれている。

隣室に鎮座するのは、高さ2〜3mほどある迫力のライオン像だ。牙をむき、細めた目で室内をにらむ。大きく開いた口は、内部が暖炉になっている。部屋はイタリア・ポンペイの史跡「秘儀荘」をモチーフにしており、本家同様、鮮烈な朱色が圧倒的なエネルギーを放つ。見上げれば天井も抜かりなく、雲に囲まれ天空に立つ兵士の姿が描かれている。

アートは細部まで邸内を埋め尽くし、トイレにも隙間なく絵筆が及ぶ。こちらは迫力の他の部屋に対してリラックスしたトーンとなっており、数々の魚が舞う水底をイメージした。

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自邸のデコレーションは「誰もが共感できる」

ギッティン氏は、体系的な芸術教育を受けることなく独学でスタイルを確立した、いわゆるアウトサイダー・アーティストだった。英ガーディアン紙によると、物件は建物の1階部分を占める賃貸物件だったが、密かに改装を重ねていたようだ。

隅々まで趣向を凝らした邸内の様子が報じられると、保存運動が巻き起こった。保存運動に関わるジェイヴィス・コッカー氏は、ガーディアン紙に、「自分の家に装飾を加える人々に、私たち誰もが共感できるのではないでしょうか」と語る。「誰もが自分の家を、何らかの形で飾り付けるものです。ロン(・ギッティン氏)はまさに、その道を追求したのです」

運動が結実し、今年4月にイギリスの第2級指定建造物に指定された。英BBCは、アウトサイダー・アートとしては初の指定になると報じている。

政府機関であるイングランド歴史的建造物・記念物委員会のサラ・チャールズワース氏は、BBCに対し、ギッティン氏のアート作品に刺激された地元の人々が、ロンズ・プレイスを購入し遺産を保護するため奔走したと語った。一度は競売に出されたが、昨年、匿名の人物からの33万5000ポンド(約6500万円)の寄付を受けて保存団体が買い取りに成功した。アートの意識を広める目的のほか、メンタルヘルスと向き合うためにアート活動を必要とする人々に向け、入場料でチャリティーに貢献するという。

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訪れるたびに新しい発見が

義理の姪にあたるクレア・ジョーンズ氏はBBCの取材に、ギッティン氏は「クリエイティブな人でした」と振り返る。自邸の様子はジョーンズ氏も知らず、訪れたことで驚いたようだ。家族仲は良かったが、家に招かれたことはなかったという。今では類い希な空間を誇りに思っている。「一歩足を踏み入れて、その目で間近に見て初めて、彼が遺した作品のスケールに気づくのです」「ここでは壁という壁に手が加えられています。訪れるたびに新しい発見があり、来る人みんなが驚いています」

アウトサイダー・アートは、専門的な芸術教育を受けていないが、個人的なビジョンに突き動かされたアーティストたちにより創造される作品だ。なかでもギッティン氏の作品は、イングランドのなかでも大規模なものにあたる、とチャールズワーク氏は語る。

なかには、専門的なアーティストと比べれば、完成度に劣るとの声も聞かれるようだ。ロンズ・プレイスの管理人であるマーティン・ワランス氏は、単独の芸術作品では得られないような圧倒的な没入感こそ、この場所の魅力だと語る。建物は1年ほどの改修期間(https://ronsplace.co.uk/)を経て、公開される予定だ。マンチェスター近郊に赴く機会があれば、人知れず33年間育まれたアートをぜひ肌で感じてみたい。

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【動画】ギッティン氏の邸宅内部。ライオンの暖炉など入魂の作品が埋め尽くす。