パルミジャーニ・フルリエの「トリック」は、1996年のブランド創設時に誕生した記念すべきファーストコレクションだ。そのシリーズが今年のウォッチズ&ワンダーズ2024で華麗な復活を果たした。「トリック プティ・セコンド」と「トリック クロノグラフ ラトラパンテ」はいずれもプレシャスメタル使いを徹底し、手巻きムーブメント、ダイヤル、インデックスと時分針までゴールド製で仕上げた。シンプルなスタイルを華麗に昇華する新世代のドレスウォッチは、スポーツウォッチ全盛のトレンドからの転換を決定づけるパフォーマンスを秘めた品といってもいい。
「トリック」再誕のバックグラウンドとドレスウォッチの未来について、ウォッチズ&ワンダーズ2024の会場内にてパルミジャーニ・フルリエのグイド・テレーニCEOに聞いた。
「男性のドレスアップ」の歴史から考え始めた
パルミジャーニ・フルリエが今年のウォッチズ&ワンダーズ2024で発表した新作のなかでひときわ目を惹いたのが、「トリック」の3部作だ。1996年、ブランド創設時に誕生した最初の時計が「トリック QP レトログラード」。サンド・ファミリー財団の全面的バックアップとともに華麗な登場を果たしたパルミジャーニ・フルリエのファーストコレクションは、現在に至る快進撃の最初のヒット作でもある。それをいま再登場させた狙いについて、パルミジャーニ・フルリエのグイド・テレーニCEOは信念をもって語る。
「パルミジャーニ・フルリエは、非常に威信があり、ラグジュアリーなブランドです。その背景にあるのが時計師ミシェル・パルミジャーニの、時計に関する非常に豊かな知識であることはご存じのとおりです。だから、私たちの顧客層もそれに応じた人たちが多い。豊富な知識を持ちながら、それをひけらかすようなことはなく、奥ゆかしいというか、おのずから知識があふれ出てくるような人たちですね。そういった方々に向けて、私たちはどういった時計をつくり得るのか。そのために私たちは『ドレスウォッチとはなんなのか』という点を再定義する必要がありました」
パルミジャーニ・フルリエというブランドにはふたつの強みがある。ひとつは時計師ミシェル・パルミジャーニの知識と技術、経験からはじまった、時計づくりの実力だ。名だたるミュージアムの収蔵品の修復で名を轟かせた天才時計師は、アンティークのオートマタやクロックの膨大なコレクションを所有するサンド・ファミリー財団から、コレクションの管理を任された。その財団の後押しと支援を受けて誕生したのが、自身の名を冠したブランド、パルミジャーニ・フルリエである。
もうひとつの強みが、そのブランドにコンテンポラリーかつラグジュアリーな確固たる方向性を示すグイド・テレーニCEOの存在である。20年以上にわたる時計業界の高級ブランドでの経験を持つ彼が2021年にブランドに参画したことで、パルミジャーニ・フルリエは、ラグジュアリーの真髄にさらに接近した。
「まずそもそも男性はなぜ着飾り、どのようにドレスアップするのか、そういった根本的なことを理解する必要がありました。男性がスーツを着ることが、どういった意味を持つのかというところから考えたわけです。スーツは産業革命ごろを起源にイギリスのブルジョアジーが始めたものです。それは、貴族階級とは違った服装をしたいという、未来的な志向だったと理解しています。その時に重要だったのは、“黒”です。黒は一定の限られた人だけが着られる色だった。当時の染めの技術では、2、3回洗うと色味がどんどん抜けていってしまって、グレーっぽくなってしまう。富裕層の人しか黒は着られないのです。そしてその黒を、白いシャツと合わせる。白いシャツが着られることは、労働階級ではない知識層のような、汚れを気にしなくていいステータスであることを象徴していた。タキシードのような黒と白いシャツの装いが制服のようなものになっていくわけです」
産業革命の頃は、持ち物としての時計は腕時計ではなくポケットウォッチである。懐中時計はどれだけ綺麗なものでも、ポケットの中に隠されている。それが腕時計に変わっていく過程で、カラーコードが意識されるようになったという。
「袖口で白いシャツに合うように、ダイヤルの色やケースの素材の色を考えるわけです。黒と白にどう合わせていくかが課題になって、それが産業革命から150年間、ずっと続いてきたことになります。ちょっと派手にしたいと思ったら、たとえばスーツとかタキシードを着てない時に白のストラップにするくらいだったわけですね」
その固定的、伝統的なカラーコードが、現代の情報通信社会の誕生で変わったとテレーニは考える。
「黒と白のドレスコードがだいたい、80年から90年くらい続いたのではないでしょうか。そこで大きな経済的な変化、新しい経済の形が現実化してくる。シリコンバレーなど、アメリカの西海岸でドットコム企業が台頭してきます。そうしたビジネスで成功した人たちは、富裕層であってもカジュアルな格好をするようになったわけです。ネクタイがなくてもいいし、シャツじゃなくてポロシャツでもいい。エレガントの形が変わってきた。一方、これは日本でも中国でもシンガポールでも、世界中で見られる傾向は、デザイナーが誰とかそういったことは関係なく、テーラーメイドへの志向です。これはテーラードスタイルが印象的なスパイ映画『キングスマン』の影響かもしれませんね(笑)。ドレスコード的なものが排除される一方で、皆が信念をもって自分のワードロープを構成している時代です」
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「ドレスウォッチ」の可能性を追求した新生トリック
そんな時代に、どのようなドレスウォッチが望まれるのか。黒と白のカラーコードがなくなっていく時代のドレスウォッチはどういうもので、どういう色味を採用するのか。新しい「トリック」は、パルミジャーニ・フルリエが提唱するその答えでもある。
「私たちの現在の顧客は、いろいろなことに対しての造詣が深いのです。スーツ、ワイン、クルマ、インテリア、そして腕時計。そういったさまざまなことに精通している、スタイルや品質の高さとはなんなのかをわかっている人たちに、満足されるような仕上げのものを提供するのが、我々の仕事なのです。新しい『トリック』はそうした時計です。ダイヤルをはじめ、どこをとっても鑑賞の楽しさがある腕時計です」
「トリック」のラグジュアリー感は徹底して個性的だ。ケースとバックルの素材はゴールドとプラチナに限定し、プレシャスメタル使いを徹底し、シンプルなスタイルを華麗に昇華する。ファーストコレクションからのローレット加工のベゼルは継承しつつ、デザインは一新。文字盤は1960年代の「ヴィンテージ」スタイルを着想源とした特徴的な形状を持ち、伝統的な技法であるグレイン仕上げによって繊細でマットな質感となっている。アリゲーターのヌバック仕上げストラップには、ナポリの一流テイラーが使うようなステッチが施される。そして、ムーブメント自体もゴールド製である。
「手巻きである必要があったのも、美学的な理由です。メカニカルの美しさを十分に堪能していただけるでしょう。 ゴールド製のムーブメントは非常に美しく、バレルのコリマソネ(スネイル仕上げ)ひとつとっても極上です。ダイヤルはゴールド製で、 平面から端に向かってカーブがかかっていくような形です。ヴィンテージルックの雰囲気がありますが、ヴィンテージ感が出すぎないような形状にしています」
素材への徹底したこだわりとともに、豊かな表情を生み出す「仕上げ」にも独自の個性をのぞかせる。
「表面のグレイン仕上げはパウダー状のマテリアルを吹き付ける繊細なテクニックを使い、パステル調のカラーにして、モダンなニュアンスが出るように仕上げています。いろいろな感情に訴えるような豊かな表情が出てくるためです。アリゲーターストラップは最高品質のものであることはもちろん、ヌバック加工で仕上げています。色味もパステルトーンの軽やかなもので、ステッチにはナポリの一流テイラーが用いる「プント・ア・マーノ」(=手縫い)と呼ばれる手法を使用しました。ピンバックルの尾錠までも、あらゆる部分で繊細な仕事をしています」
歴史を知り尽くしたゆえのこだわりが創造した、一部の隙もないドレスウォッチ。「トリック」はパルミジャーニ・フルリエの話題作であるのにとどまらず、腕時計の未来を占う存在でもある。
現在、時計界のトレンドが徐々にクラシックやドレスウォッチに移りつつあることについて聞くと、「その傾向は続くと思いますが、そもそもドレスウォッチは単なるトレンドではありません。解釈の余地がまだまだ可能性としてたくさんあると思うので、私たちは私たちの理解と知識、解釈に基づくドレスウォッチを今後もつくり続けていくつもりです」とビジョンを語ってくれた。
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パルミジャーニ・フルリエ
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