机上の理論を超えて。 “メタマテリアル”による新たな設計で、あらゆる製造業を変える

  • 写真:齋藤誠一
  • 文:和田拓也

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「ファッション、モビリティ、家電、航空宇宙など、あらゆる製造業のクリエイティビティを一歩先に進めたい」。そう語るのは、Nature Architects代表の大嶋泰介だ。研究理論と産業のギャップを埋める架け橋となり、社会に本当の価値を生み出すために、研究者の道に進むのではなく起業という選択をした大嶋。彼がメタマテリアルの理論と先端テクノロジーを駆使して挑むのは、ものづくりにおける“設計の再設計”である。

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研究者としてのキャリアから起業、ものづくりの現場へ

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大嶋泰介(おおしま・たいすけ) Nature Architects代表
岐阜県出身。慶應義塾大学を卒業後、東京大学で日本学術振興会特別研究員などを務めた後、2017年5月にNature Architectsを創業。メカニカル・メタマテリアルなどの研究に従事する。

──まず、メタマテリアルについて教えてください。

メタマテリアルとは、自然界の物質にはあまり存在しない特性を持つ人工物質を指します。素材のかたちを変えたり材料を複合化して組み合わせるといった構造設計を人為的に行って解析し、無数の可能性のなかから従来の材料では実現できない物理的な機能を持つものを見つける、という研究が行われています。

──どのような経緯でメタマテリアルの研究領域に進んだのでしょうか。

1997年に作曲家・坂本龍一さんとの共演で使用された、メディアアーティストの岩井俊雄さんによる作品『音楽のチェス』に衝撃を受けて、領域を横断したものづくりを学びたいと思ったのがきっかけです。

──『音楽のチェス』はチェスに見立てた盤上のビー玉の配置によって音楽になっていくメディアアートですね。これが「領域を横断したものづくり」にどのようにつながるのでしょうか。

ルネサンス時代であれば、サイエンス、アート、エンジニアリングなど、さまざまな分野にひとりの人間が関わることで新しいものが生まれてきました。しかし現代の製造産業のエコシステムでは、専門性が細かく分かれた、分業制が前提となっています。たとえばスマートフォンを少人数でつくり上げることは不可能ですよね。

──たしかにそうですね。

メタマテリアルの領域であれば、ルネサンス時代のように数理、物理、プログラミング、そして最終的に手にとって触れるプロダクトを届けるところまで関わりながら、新しいものが生み出せるのではないか。そう思って、この道に進むことにしました。

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力を加えるだけで湾曲するように、板に切り込みが入れられている。

──メイカーズムーブメント(3Dプリンタをはじめとした新たな技術により、ものづくりを個人で行ううごき)も、その理想を後押しする追い風になったのでしょうか。

そうですね。3Dプリンターが2010年ごろに登場してデジタルファブリケーション(デジタルデータをもとに創造物を制作する技術)が可能になり、企業や職人だけでなく個人が安価かつスピーディーにものづくりを行うメイカーズムーブメントが叫ばれ始めていました。コンピュータ上でシミュレーションしたものを、すぐさま“もの”として触ることができる。理論・設計と製造・実験の往復が非常に早くなることで、ものづくりの垣根はより取り払われていくと感じました。

──研究者の道に進むのではなく、東京大学の博士課程を単位取得退学してNature Architectsを起業されました。なぜでしょうか。

既存のメタマテリアルの理論は、市場のなかで製品に適用することはほとんど考えられていません。理論的には正しいけれど、市場に出すプロダクトとしての実現性が非常に低いことがほとんどと言ってもいいでしょう。つまり、”机上の空論”になりかねない。

革新的な工学理論は、産業の課題を解くために活用することに大きな価値があると考えています。研究理論と産業の間にあるギャップを埋め、理論と実用の架け橋をつくりたいと思い、起業を決心しました。当時、(プロ囲碁棋士に初めて勝利した人工知能「AlphaGo」などを開発した)DeepMindや(四脚のロボットで知られる)ボストン・ダイナミクスなど、誰でもわかるかたちで世界を驚かせる組織が、アカデミアから産業側にシフトしていたことも大きかったかもしれません。

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最先端のソフトウェアと専門知で、製造業の課題を解決する

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上、下:同じ素材でできた板でも、特殊な変形を加えることによって、軽量性を担保したまま高剛性化を実現させた。

──Nature Architectsはどのような事業を展開しているのでしょうか。

製造業の企業が直面している設計の問題を、独自の設計技術によって解決するサービスを提供しています。多くの場合、製造分野ではプロダクトの設計をする人、製品の性能を評価する人、実際に製造をする人など、部門ごとに分かれて異なる専門分野の人材がおり、スキルも使用するソフトウェアもそれぞれ異なります。

──しかし、部門や専門分野を越えて可能性を探索しなければ、新しいものをつくることは難しいですよね。

Nature Architectsでは、設計開発のために先端技術を統合した技術「ダイレクト・ファンクション・モデリング(以下、DFM)」を活用し、設計支援を行っています。軽さと丈夫さを両立したい、バッテリー性能を高めるために効率よく冷却・排熱する構造にしたい……など、要件や機能を満たす、具体的なモノの形状をデジタル上で生成。そこにメタマテリアルの理論を用いて、人間の力だけでは簡単に導き出せない設計のアイデアを提示するのです。

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上:同じ重さ・硬さでありながら、振動数のみを変えることが可能に。 下:ヒートシンクの形状を最適化し、流れる水の温度上昇を低減した。

──Nature Architectsの技術は、自動車や航空宇宙、家電、ファッションなど、あらゆる製造分野のクライアントを対象に提供しています。A-POC ABLE ISSEY MIYAKEとの協業プロジェクトでは、2023年春のミラノデザインウィークで大きな反響を呼びました。

熱と蒸気を加えることで伸縮性を持つ布に変わるA-POC ABLEの独自素材「スチームストレッチ」に、「折り紙」の設計アルゴリズムを応用してDFM技術でシミュレーションを行いました。それによって、一枚の布を立体的に変形させたプリーツを実現しています。

──「折り紙の理論」とはおもしろいですね。

弊社のCRO(最高研究責任者)の須藤海と最高技術責任者(CTO)の谷道鼓太朗が開発した、あらゆる3次元の立体を折り紙でつくるための数学的理論を用いたプロダクト設計支援ツール「Crane」を活用しています。既に存在する理論を折り紙工学の理論をベースに開発したアルゴリズムによってシミュレーションし、フィジカルな構造設計に落とし込む。そこにはソフトウェアの技術だけでなく、さまざまな分野から特殊な専門家が集まる弊社のナレッジを駆使しているのです。

──現在、どのような製造分野へのサービス提供が多いのでしょうか。

いまは自動車メーカーの車両開発がメインです。電気自動車やソフトウェア制御が中心となる車の普及、自律走行車への転換を目指すには、車のつくり方を根本的に変えていく必要があります。大きな自動車メーカーでも、これまで取り組んだことのない設計上の課題に直面しているのです。車は非常にシビアに安全性を担保する必要がありますから、より難しい。

材料を軽くすれば、たとえば、振動もしやすくなり強度も落ちる。ひとつの部品の材料や構造を変えても、数多くの部品で構成される車全体の性能に不和が生まれます。本当に難しいトレードオフがたくさんあるなかで、それらを両立させ得る、開発期間や組織編成、生産設備、産業構造、量産なども考慮した設計の解答を提案しています。

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設計の可能性を底上げする、“製造業の頭脳”に

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最先端の技術で多くのクライアントの課題に向き合うNature Architects。事業拡大につき理念をともにできるエンジニアを随時募集しているという。

──これからの未来における、メタマテリアルを応用したNature Architectsの可能性をどのように捉えていますか。

これまで解決できなかった製造業の課題が、あらゆる領域で山のようにあるわけですよね。それによって人間が諦めてきたことがたくさんある。メタマテリアルの技術は、これまで人間が諦めてきた、モノの“新しい振る舞い”を発明をしていく可能性を秘めていると思います。その発明に必要なのは「新しい設計」です。僕たちは設計の可能性を底上げしていきたい。

──設計の可能性ですか。

たとえば、スペースXの設計の考え方は従来と根本的に異なります。これまでハードウェアの製造開発は、失敗を最小化してテストを実施し、失敗すると施策を立て、失敗しない設計案を目指します。しかし彼らは、ハードウェアの設計・テスト・製造のサイクルをまるでソフトウェアの開発プロセスのように行なっています。また、実験の失敗は新しいデータを得る機会であり、ソフトウェアにおけるテストと同じようにハードウェアのテストも捉えている傾向があります。

このサイクルには、それぞれの専門家が領域を横断して設計に携わり、クリエイティビティを最大化するソフトウェア、そして精度の高い設計のシミュレーションが不可欠です。Nature Architectsの技術は、こうした開発サイクルをより高度に実現できると考えています。

──これからの製造の発明には“設計を設計し直す”ことが必要で、そのための技術をNature Architectsが備えているということですよね。

私たちなくして創造的な設計はできない。そう言われるような“製造業の頭脳”を目指していきたいですね。最先端のテクノロジーとメタマテリアルの理論を、設計というレイヤーに投入したらどんな新しい世界が見えてくるのか。その実験を、Nature Architectsを通じて試みていきたいです。

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メタマテリアル技術

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構造を人為的に設計し、自然界の物質には存在しない特性を持たせた素材。コンピューティング技術により、複雑な素材構造の設計が可能に。さまざまな業界での活用が期待される。

TYPE-V Nature Architects project

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(C)ISSEY MIYAKE INC.

A-POC ABLE ISSEY MIYAKEと共同開発したプロジェクト。熱と蒸気で布が立体的に変形する「スチームストレッチ」技術と、Nature Architectsの役員である須藤海と谷道鼓太朗が開発した、折り紙の動きを検証するプロダクト設計支援ツール「Crane」を活用した。21_21 DESIGN SIGHT企画展「未来のかけら: 科学とデザインの実験室」で展示中(会期は2024年8月12日まで)。

Nature Architects

https://nature-architects.com/