フランス北東部、森に囲まれたサンルイ=レ=ビッチュ村で、職人たちがひとつひとつ手作業でつくりあげる「サンルイ」のクリスタル。400年以上の歴史が育んだサヴォワールフェールと時代を映した革新性を併せもつ名品の故郷を訪ねた。
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森の恵みに育まれた、匠の技術と豊かな歴史
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深い森に囲まれた、フランス北東部にある小さな村、サンルイ=レ=ビッチュ。ヨーロッパを代表するクリスタルの銘品は、この地でいかに育まれたのだろうか。
薄紫に染まった雲が明るさを増し、山の緑から白い朝靄が立ち上がると、やがて煉瓦色の屋根が連なる工房の姿が浮かび上がる。サンルイ=レ=ビッチュの朝は美しい。北ヴォージュの森に囲まれた、人口500人に満たない谷の村。その中心は、1586年以来の歴史をもつクリスタル工房だ。
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「400年以上もこの地でガラス、そしてクリスタルがつくられてきたのは森の恵みのおかげです」とサンルイCEOのジェローム・ドゥ・ラヴェルニョールは語る。
「ここには、原料となる硅砂(シリカ)があり、シダからは融解温度を下げるポタシウムが得られます。カットに必要な川の水も豊富で、ガラスづくりに必要なすべてが揃っていたのです」
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古くはミュンツタールと呼ばれた村は、1767年、ルイ15世から「王立ガラス工房」の称号を与えられ、聖王と呼ばれたルイ9世にちなんでサンルイ=レ=ビッチュと名を変えた。フランスで初めてクリスタルづくりのサヴォワールフェールを手に入れたこの工房では、いまも200人ほどの職人が全工程を手作業で行っている。
「昔、ガラス職人はみなこの村に住み、家をつくる左官や医師、牧師らもいて自給自足で暮らしていました。20世紀初頭には2000人ほどが働き、いまでは8代目となる従業員もいます。若い職人が全土からやって来ますが、地元出身者やここに根を下ろそうという人を雇いたいと思っています」
高台からは教会が工房を見守る。1904年に建てられた教会の天井にはシャンデリアが列をなし、ステンドグラスには工房が描かれている。クリスタル工房は文字通り村の中心であり、歴史を牽引してきた。だが、決して伝統技術だけに立脚したものではない。
「製作工程は伝統的で、19世紀と変わらない手仕事。ですが我々の製品は技術革新と探究の結果でもあります。クオリティ、職人技、伝統と革新の融合。それがサンルイのスタイルです」
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火と水が創造を司る、クリスタルの工房へ
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溶けたクリスタルにかたちを与え、複雑な模様を刻み、丁寧に磨き上げていく。伝統的な技法を継ぐサンルイのアトリエから職人たちの手仕事の模様を紹介する。
工房を包み込むゴーッという音に混じって、カンカンカン、という金属音が響く。成形したクリスタルを吹き竿から外す槌の音だ。ここは〝ホットワーク〟のアトリエ。1200度に保たれた作業槽と、カラークリスタルを湛えた9つの陶壺が並ぶ炉の周囲を、長い吹き竿を手にした職人が行き交う。溶解した液状のクリスタルから、各製品の基本形である「パリソン」が成形されるのは、この場所だ。
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たとえば脚付きグラスは、経験豊富なマスター職人を中心にした3人のチームの共同作業から生まれる。吹きガラス職人は、作業槽からペースト状のクリスタルを巻き取り、鋳型を使ってボウル部分を吹く。少量のクリスタルを巻き取りマスター職人の元へ運ぶのは、若手職人。マスターはボウル部分にクリスタルを加え、伸ばしてステムをつくる。さらに少量のクリスタルが加えられると、みるみるうちにフットのかたちが現れる。吹き竿を転がし、片手に持った木製プレートを操りながら、吹き、伸ばし、捻る。そのすべてが手作業だ。1本のアームを3人交代で吹くシャンデリアでは、9人のチームで取り組むこともあるという。
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ホットワークで成形されたパリソンは“コールドワーク”のアトリエに運ばれる。吹き竿から切り取った面をなめらかにした後、デザインをマーキングし、カットを施し、磨き上げる。
コールドワークは、水の支配する場所だ。クリスタルの命は透明感と輝き。ゆえに、傷がつくのを避けるため、ここでは水に溶いたクレイを用い、大量の水で曇りを取り去っていく。パールカット、アーモンドカット、サンルイを象徴するダイヤモンドカット。円盤が回転する研削用の機械で、職人はひとつひとつモチーフを刻む。求められるのは精密さと集中力。大型の作品では、ひとりの熟練職人が1週間をかけることも。カットが施されたピースは酸洗いを経て、手作業で磨き上げられる。
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職人の平均年齢は38歳。若手職人は熟練職人とともに働きながら、アトリエの技術を継承する。ホットワークとコールドワークのほかに、ペーパーウェイトやシャンデリアの専門アトリエがあり、カラークリスタルのための陶器壺をつくる職人や、1450度にもなる炉の火を絶やさず司る職人もいる。時には20人もの職人の仕事を経て完成するサンルイのクリスタル。それは、長い歴史が培った伝統とサヴォワールフェールの結晶なのだ。
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光と影で演出する、美しきクリスタル
熟練した職人たちの手仕事から生み出され、暮らしを美しく彩るサンルイのクリスタル。ステムグラスからテーブルランプまで、価値ある逸品をピックアップして紹介する。
森の木々が描く模様をイメージした「フォリア」コレクションのポータブルランプ。手前は持ち運べる新作のミニ。光源はLEDで光の色温度を2種から選べ、明るさは3段階で調整可能。 奥:「フォリア」ポータブルランプ¥449,900 手前:ともに「フォリア」ミニポータブルランプ¥174,900/すべてサンルイ(エルメスジャポン)
日常づかいしやすいタンブラー&ハイボールグラス。フォルムやカットが異なると雰囲気はガラリと変わる。右から、「フォリア」ハイボール¥27,500「トミー」ハイボール¥83,600、「カドンス」ハイボール¥24,200、「ツイスト1586」ウォーターゴブレット¥22,000/すべてサンルイ(エルメスジャポン)
「アポロ」コレクションに登場したティーセット。磁器とクリスタルを合わせたデザインがくつろぎの時間を演出する。左から、「アポロ」ラージ ティーポット¥115,500、ティータンブラーNo4¥18,150、No2¥26,400、エスプレッソタンブラー¥20,350、ポット¥57,200、プレート¥37,400/すべてサンルイ(エルメスジャポン)
職人が技術を駆使してつくり上げるステムグラスはメゾンのサヴォワールフェールを堪能するのにぴったりの製品。右から、「トミー」赤ワイングラス¥37,400、「カドンス」赤ワイングラス¥29,700、「ツイスト1586」シャンパングラス¥28,600、「トミー」カクテルグラス¥100,100/すべてサンルイ(エルメスジャポン)
繊細なフォルムに計算されたカッティングをもち、空間に美しい陰影を描くサンルイの照明。新たな景色をもたらしてくれ、テーブルウェアとは異なる楽しみがある。右:「カドンス」テーブルランプ クリスタルシェード¥339,900 左:「アポロ」テーブルランプ¥169,400/ともにサンルイ(エルメスジャポン)
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革新の風を吹き込む、デザイナーたち
豊かな伝統はデザイナーたちを触発し、彼らの新しい視点と時代性は革新をもたらす。3人のデザイナーの感性がかたちになった、クリスタルの新しい表現にご注目を。
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デザイナー① ノエ・デュショフール=ローランス 1974年フランス生まれ。国立高等工芸美術学校、装飾芸術学校卒業。2002年、ロンドンのレストランSKETCHのデザインでベストデザイン賞を受賞して脚光を浴びる。香水のフラコンから照明、家具、空間デザインまで、幅広いデザイン活動で、注目度も抜群のクリエイター。© JP Mesguen
ノエ・デュショフール=ローランスのデザインによる「フォリア」は、周囲に投影される光の美しさが印象的なコレクション。
「出発点は、非常にシンプルな葉のかたちのカットでした。それは工房を取り巻く森の木々を想起させるかたち。モチーフの繰り返しからは、まるで森の木々の重なり合う葉が落とす影にも似た、幾何学的かつ催眠的な文様が生まれました。それぞれのオブジェのフォルムは、この文様から生まれる光が最も美しく広がるボリュームを探すことから決まったのです。最新作は、人気のポータブルランプを、より身近に楽しんでもらおうと提案したミニサイズ。片手で持てる手軽さで、卓上に置けば、まるで光り輝く果実のようにテーブルを演出してくれるでしょう」
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デザイナー② ピエール・シャルパン 1962年フランス生まれ。ブルジュ国立高等美術学校を卒業し、オブジェと家具のデザインで活躍するほか、セノグラフィも手がける。アレッシィ、リーン・ロゼ、セーヴル国立陶器工房などとのコラボレーションも多数。2012年には京都市のヴィラ九条山のレジデント・アーティストに。© JP Mesguen
シャープなラインが生む、モダンな表情が魅力の「カドンス」。「コンセプトは、水平線と垂直線の出合いです。デザインを始めた時、頭には職人のしぐさがありました。『カドンス』の線と線が出合い反復するさまは、サンルイの高度なカッティグ技法への賛辞といえるものです。デザインを描きながら、クリスタル製造によってかたちづくられてきた風景、村の生活、そこに息づくヘリテージを思い浮かべました。サンルイのアイデンティティについてなにかを語る、意味のあるものをつくりたいという興奮を覚えたのです。フォルムについては、これまでは長い脚が伝統だったグラスのステムを短くするなど、日常の暮らしに取り入れることを考えました」
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デザイナー③ キキ・ファン・アイク 1978年オランダ生まれ。アイントホーフェン・デザインアカデミーを卒業。刺繍に着想を得た卒業制作の「キキ・カーペット」で注目を浴びる。タペストリーや照明、家具、彫刻など幅広い分野で活躍、手仕事にこだわったノスタルジックでポエティックな作風が高い評価を得ている。© Delphine Chanet
サンルイの工房では、吹きガラス職人が使う鋳型を「マトリス」と呼ぶ。この名をもつコレクション誕生のきっかけは、2012年の工房見学だった。「見学の最後に、何百もの鋳型が並ぶ棚があり、驚き、強く惹かれました。当時妊娠中だった私にとって、鋳型は、男性的なクリスタル製造の世界の中で女性的な存在に思えたのです」。照明をクリエイトした彼女は、20年、コレクションにフラワーベースを加えた。「同じ鋳型から出発したファミリーをつくろうと思いました。ベベルとダイヤモンドの2種類のカットのミックスが、べースの中の水の移ろいと光をテーブルに投影します。ランプと同様に、内側からの光を湛えた優しいオブジェになりました」
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シャンデリアの光が、店の空気を一変させた
フランス・パリで活躍するシェフ、小林圭。レストランKEIのテーブルを照らすのは、美しいカットに透明感と温かみを宿した、サンルイのシャンデリアだ。
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レストランKEIオーナーシェフ 小林 圭 1977年長野県生まれ。99年に渡仏、ジル・グジョンやジャン=フランソワ・ピエージュのもと、ガストロノミーレストランを経て2011年、パリにレストランKEIをオープン。20年には日本人シェフとして初めてフランスで3つ星を獲得。21年、御殿場にMaison Keiをオープン。
大理石とガラスに囲まれたピュアな空間に優しく華やかな光が広がる。シャンデリアは、レストランKEIのシンボル的な存在だ。
「オープン当初はペンキを塗っただけの壁に囲まれていて、冷たい空間だと言われました」と振り返るシェフ、小林圭。印象を一変させたのがサンルイの照明。心地いい、温かい空間と言われるようになり、同時にレストランにふさわしいリュクス感ももたらされた。
「Tシャツスタイルで来ていたお客様が、次にはドレスアップして来てくれる。シャンデリアがレストランの格を上げてくれました」
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フロアに下がるシャンデリアは、降ってきそうなほどに大きな36灯。「黒を考えていた僕に、サンルイのスタッフが圧迫感がなく、透明感が出るクリアがいいとアドバイスしてくれました」とシェフ。昨年行った改装では、シャンデリアを個室からも望めるように全体の配置を考えたほど、大切な存在だ。個室には、サンルイのグラスやデキャンタも飾っている。
「個室の装飾を考えた時、思い浮かんだのがサンルイのクリスタル。カットと光の入り方が魅力で、角度を変えて、ずっと眺めていられます」と語るシェフ。「ゆくゆくはショットグラスなどデザインしてみたいですね」
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