建築と自然環境との融和を目指した天才建築家、フランク・ロイド・ライト展を見逃すな

  • 文:河内タカ(アートライター)

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展覧会のセクション1「モダン誕生 シカゴー東京、浮世絵的世界観」に展示されているドローイング、第1葉 ウィンズロー邸、透視図『フランク・ロイド・ライトの建築と設計』 photo: Yukie Mikawa 

2019年暮れのこと。フランク・ロイド・ライトの代表作であり世界遺産にも登録されている落水荘を、アメリカのペンシルベニア州ミルランまで日本から飛行機を乗り継いで見に行ったことがある。やっとたどり着いた落水荘は、想像していた以上に鬱蒼とした森の中にあった。山水が噴き出る滝の真上に建てられた、水平屋根を強調したクリーム色の建物が眼の前に現れた瞬間、誇張でなく涙がにじんでしまうほど感動した。

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フランク・ロイド・ライトが設計した落水荘(1936年)。ピッツバーグから車で2時間ほどの場所にある。 photo: Alamy/アフロ

そして同じ日、落水荘から車で15分ほどのところにあるケンタック・ノブに訪れることができた。この邸宅はライトにとって最後の住宅建築のひとつだとされているが、人の気配などまったく感じられない山の斜面に建てられていた。建物の半分が斜面に潜り込み屋根も地面すれすれで、中庭を囲むように三日月形に曲げられ、屋根全体が銅板葺きで覆われていた。しかし逆側のリビングルームからは視界を遮るものもなく、自然の環境をそのまま活かした、まさに建物が周辺環境の一部となったような佇まいだった。

落水荘とケンタック・ノブはいまもしっかりと心に残っている。しかしわざわざアメリカまで行かずとも、ライトの作品は日本国内で見ることができるのだ。それが西池袋の自由学園 (1921年)、帝国ホテル二代目本館 (1923年) 、芦屋の山邑(やまむら)邸(現・ヨドコウ迎賓館 、1924年)で、 実はライトの建築が残されているのは本国アメリカ以外では日本だけなのである。帝国ホテルは本館建て替えに伴い解体された後、中央玄関部分だけが愛知県の明治村に移築され当時の壮麗な姿をいまもとどめている。他のふたつもそれぞれ修復を終えて一般公開されており、ライト独特の様式や装飾をリアルに体感できることは本当に幸運なことだと言える。

では、なぜライトの作品が日本に残されているかというと、浮世絵の熱心な収集家であったライトにとって、もともと日本は憧れの国であったからだ。1905年に初来日を果たすと、その8年後に帝国ホテルの設計の依頼を受け再来日。それから繰り返し来日し通算3年近くも日本に滞在した。しかし工事が大幅な予算超過となりホテルの経営陣と衝突してしまい、ライトは弟子の遠藤新に指揮を譲りアメリカへの帰国を余儀なくされてしまう。自由学園と山邑邸は当時の施主から直接依頼され設計したものだったが、遠藤が引き継いで完成させ、いまも大切に保存されているというわけだ。

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セクション2「『輝ける眉』からの眺望」に展示されている、山邑邸(現・ヨドコウ迎賓館)の模型。地形と建物の関係がよくわかる。 photo: Yukie Mikawa(展示の様子、以下同)

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自然との調和をはかろうとした「プレイリー・スタイル」

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『フランク・ロイド・ライト、タリアセンにて』 1924年  コロンビア大学エイヴリー建築美術図書館フランク・ロイド・ライト財団アーカイヴズ蔵 The Frank Lloyd Wright Foundation Archives (The Museum of Modern Art | Avery Architectural & Fine Arts Library, Columbia University, New York)

フランク・ロイド・ライトは1867年6月8日にアメリカ中西部のウィスコンシン州に生まれた。父親がバプテスト派説教者で音楽家でもあった家に育ち、18歳の時に両親が離婚し母親に引き取られることとなる。建築に興味を抱いていたライトは、ウィスコンシン大学の土木科を中退し、シカゴの建築家ジョセフ・ライマン・シルスビーの建築事務所で働き始める。しかしそこを短期間で辞め、ダンクマール・アドラーとルイス・サリヴァンが共同で設立した事務所で働き始める。このふたりはアメリカの近代建築の礎を築いた重要な建築家たちで、特に鉄骨造の高層建築で知られたサリヴァンのことを生涯ライトは尊敬し続けたと言われている。

そして早くも26歳の時に独立し自身の事務所を構え、それから約200件もの住宅や建築設計を手がけていくのだが、その頃から打ち出したのが「プレイリー・スタイル」というライト独自の建築様式だった。プリイリーは “大平原” を意味し、屋根を低く抑え地面に伸び広がる水平ラインを強調したデザインを特徴とする。ライトは建物を単なる四角い箱型から解放するとともに、自然との調和をはかろうとしたのだが、この革新的な様式はアメリカにおいて高い支持を受け、ライトは建築業界の第一線に躍り出ることとなる。

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セクション6「上昇する建築と環境の向上」に展示されている、ラーキン・ビルの椅子付き事務机や、ジョンソン・ワックス・ビルの写真。いま見てもモダンだ。 

1930年代後半には代表作となる落水荘とジョンソン・ワックス本社ビルを手がけ、それから晩年までライトが取り組んだのが、プレイリー・スタイルを発展させた「ユーソニアン住宅」と名付けた新しい建築様式だった。水平方向に延ばした初期スタイルをそのまま保ちながら、屋根裏や地下室やガレージをなくし、ときには塗装までも省略するなどのコストダウンを行うことで、一般的な家庭向けに手頃な価格の、コンパクトで魅力に満ちた住宅を提供することを目標としていた。生涯ライトが手がけた作品は1,114にものぼり、その内532もの建築を実現させ、1959年4月9日に91歳でその生涯を閉じた。

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驚くほど緻密な肉筆のドローイング

パナソニック汐留美術館で開催されている『開館20周年記念展 フランク・ロイド・ライ トー世界を結ぶ建築』展は、この建築界の巨匠の生涯と作品を「モダン誕生 シカゴ―東京、浮世絵的世界観」「交差する世界に建つ帝国ホテル」といった7つのセクションに分けて構成、紹介している。なかでも注目すべきなのはライトの手による驚くほど緻密な肉筆のドローイングだろう。それまで規範とされてきたボザール様式(ヨーロッパの古典主義様式)に倣ったものとは異なる繊細な水彩画のような透視図を描き残したが、歌川広重の浮世絵をこよなく愛していたライトであるだけに、余白を大胆に使った空間構成や構図にその影響を感じられるはずだ。

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セクション2「『輝ける眉』からの眺望」の展示のひとつ、『ブース邸計画案』。緻密な筆跡がよくわかる。 

そして本展の核となるのが、竣工から100年を迎えた帝国ホテル全体を忠実に再現した3Dプリントによるレプリカがある展示室だ。この原作となったのがライトが帰国する前に親交があった京都帝国大学教授の武田五一に贈った石膏模型で、これをもとに今回最新の技術力によって新たな模型が制作されたという。

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セクション4「交差する世界に建つ帝国ホテル」に展示されている帝国ホテル二代目本館(東京、日比谷)の模型。3Dスキャンと3Dプリンタを使ってつくられた。 

同じ展示室には、オリジナルの設計図、 実際にホテルで使用されていた椅子やテーブル、大谷石やテラコッタやすだれレンガといった建築素材、本館のクロニクルやアイデア・ソースなど、多くの珍しい写真や資料によって詳細にわたって解説されている。さらに別のセクションでは、木造による初期のユーソニアン住宅を原寸で再現。玄関から居間にかけて意外に天井が低い空間を実際に体感でき、備え付けられた椅子やベンチに座ることができたりもする。

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帝国ホテル二代目本館で実際に使用されていた椅子。フランク・ロイド・ライトによる帝国ホテルが、総合芸術だったことがわかる。 
 
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セクション5「ミクロ/マクロのダイナミックな振幅」に展示されている、ユーソニアン住宅の原寸モデル。実際に椅子に座って、空間を体験することができる。 

天才建築家の
等身大の姿を掘り起こす

ライトの住宅建築は、屋根を低く抑えた水平ライン、深いひさし、広々とした窓、部屋同士を緩やかにつなぐ空間の連続性などが特徴として挙げられると思うが、常に自然をテーマとしながら、周辺環境との融和を目指したところが真骨頂と言えるだろう。単に自然にある環境を活かした建築にとどまらず、人々の暮らしに自然から学ぶ精神を吹き込んだ功績は大きく、その先進性や革新的な手法はいまも日本、そして世界の建築家たちから世代や時代を超え高く評価され続けている。

今回の展示作品の多くが日本初公開だというが、ライトの進歩主義教育への取り組みや水平建築だけでなく、高層建築にも取り組んでいた背景にも言及するなど、多角的で踏み込んだ展示内容である。早くから日本文化に敬意を払い、常に先駆的な活動を精力的に展開したこの天才建築家の等身大の姿を掘り起こす意欲的な構成となっており、建築ファンのみならず、ライトの魅力的な人物像が伝わってくる貴重な展覧会にぜひとも足を運んでいただきたい。

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展覧会の入り口。コンパクトながら充実した内容だ。 

開館20周年記念展 帝国ホテル二代目本館100周年
『フランク・ロイド・ライト―世界を結ぶ建築』

開催期間:2024/1/11~3/10
会場:パナソニック汐留美術館
TEL:050-5541-8600(ハローダイヤル)
開館時間:10時〜18時(3/1、3/4〜9は20時まで)  
※入場は閉館の30分前まで
※2/17以降の土・日・祝、および3/1~10までは日時指定予約制
休館日:水曜日(3/6は開館)
料金:一般¥1,200
https://panasonic.co.jp/ew/museum

河内タカ

アートライター。長年にわたりニューヨークを拠点にして、展覧会のキュレーション、およびアートブックや写真集の編集を数多く手がける。2011年に帰国し、おもにアートや写真や建築関連の仕事に携わる。著書に『アートの入り口』アメリカ編、ヨーロッパ編、『芸術家たち』1、2などがある。