モネと対峙し唯一無二の「光」を表現した孤高のアーティスト、ダニエル・ブラッシュの日本初となる展覧会が開幕!

  • 文:植田沙羅
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アメリカ・ニューヨークを拠点に活動し、2022年に惜しまれつつもこの世を去ったアーティスト、ダニエル・ブラッシュ。金属加工職人であり、宝飾職人、哲学者、エンジニア、画家、そして彫刻家と、さまざまな顔をもちジャンルを超越した芸術作品をつくり続けてきた人物だ。“素材の詩人”とも称される彼の日本初となる展覧会『ダニエル・ブラッシュ展 ― モネをめぐる金工芸』が、東京・六本木にて催される。 

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日本での展覧会では、クロード・モネの色彩にインスピレーションを受けた連作『モネについて考える(Thinking about Monet)』の作品群が展示のメインとなる。

そもそもダニエル・ブラッシュとは、何者なのか。1947年アメリカ・オハイオ州に生まれ、カーネギー工科大学(現カーネギーメロン大学)と南カリフォルニア大学院で美術を学んだブラッシュは、ワシントンDCのジョージタウン大学で芸術哲学の教鞭をとるかたわら、大型スケールの絵画作品を発表。78年に拠点をニューヨークに移してからは、多大な労力と精神力を要する絵画制作の“気晴らし”にと始めたゴールド、スチール、アルミニウムなどを用いたメタルワークへと、創作の情熱は徐々に移っていく。

独学で磨いた金属加工技術を駆使し、金属彫刻やジュエリー制作に没頭すること20年。その膨大なコレクションは、98年にスミソニアン・アメリカ美術館で開かれた個展や作品集の出版によって日の目を見ることになる。2012年にはニューヨークのMAD(Museum of Arts and Design)で大規模な個展を開き、絵画やジュエリーなど幅広い作品群を一堂に展示した。

驚くほど精緻な技で独自の美学を追究した作品は多くの人々の心を掴んだが、ブラッシュはアート業界と距離を置き、ギャラリーに属することはなかった。また作品を販売する際にも、パーソナルな部分に共鳴したコレクターにのみ所有されることを望み、ブラッシュはこうしたコレクターとのつながりを「温かい手から温かい手へ」と表現した。インスピレーションの源となる機械工学や歴史、哲学などさまざまな分野の蒐集品に囲まれた自宅兼アトリエに籠り、2022年に亡くなるまで隠遁者のような生活を続け、生涯クリエーションに没頭したという。

Daniel Brush with his ornamental lathes - Photo Credit Nathan Crooker (2).jpg

アトリエには、制作のインスピレーションの源となる蒐集品のほか、ギョーシェ彫り用の手動旋盤や自ら制作したという多種多様な彫金器具など、数多くの工具類がところ狭しと並ぶ。またこの自宅兼アトリエに飾られた10代の頃に母からもらったという山伏の能面からは、日本文化や禅の思想に造詣が深かった一面ものぞかせる。ダニエル・ブラッシュ●1947年、アメリカ・オハイオ州クリーブランド生まれ。カーネギー工科大学、南カリフォルニア大学院で美術を学び、ジョージタウン大学で芸術哲学の教授に就任。1978年よりニューヨークに移住しアート制作に励み続けた。2022年没。 photo : Nathan Crooker

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そんな孤高の存在に光を当て、晩年に再注目のきっかけをつくったのが、フランス・パリを拠点とする「レコール ジュエリーと宝飾芸術の学校」だ。世界的なハイジュエリーメゾン、ヴァン クリーフ&アーペルの支援のもと設立された教育文化機関で、宝飾文化に関心を抱くすべての人に向け、世界中で特別講座や展覧会を開いてきた。2017年にレコールのパリ本校で、翌18年にはニューヨークで開催されたブラッシュの展覧会『カフス&ネックス』展、さらに昨年に香港で開催された『ダニエル・ブラッシュ 啓発の旅』を企画し、近年のブラッシュの再評価に尽力してきた。

これらに続くエキシビションとして、満を持して東京で催されるのが『ダニエル・ブラッシュ展 ― モネをめぐる金工芸』だ。今回はこれまでの展覧会とは趣を変え、新たな構成で作品や世界観を展示する。彼の作品の多くはコレクターによる個人所蔵で、公の場で目に触れることは長らくなかっただけに、間近で直接鑑賞できるのはまたとないチャンスだ。

「アルミニウム、スチール、ゴールド、絵画」と題した第1章ではジュエリーや芸術作品、オブジェなどから、さまざまな素材を用いたブラッシュの表現方法に迫っていく。幼き頃に母に連れられてロンドンのヴィクトリア&アルバート美術館で見た古代エトルリアの金工芸が芸術家としてのルーツだと自認するブラッシュ。その金工芸しかり、古代エトルリアで花開いたグラニュレーション(粒金細工)技法や、高級時計やジュエリーなどに繊細な縞模様を施すギョーシェ彫りなど、さまざまな金属加工に精通したブラッシュの作品群からは、伝統的なアートのカテゴリーを超えた、卓越した技巧や奥深い思考を窺い知ることができるだろう。


山.jpgダニエル・ブラッシュ『山』。雄大な山の稜線のようななめらかなスチールの凹凸に、太陽に輝く雪のごとく純金を施したオブジェ。マグネットタイプのバタフライは、山肌に添えて羽根を休めることもできる。 photo : Takaaki Matsumoto
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ダニエル・ブラッシュ『無限のリング』。アルミニウムに繊細な節目を施し、ダイヤモンドを添えた作品。幾重にも重なる緻密なラインが、光を受けてさまざまな表情を演出する。 photo : Takaaki Matsumoto

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第2章で焦点を当てるのは『モネについて考える(Thinking about Monet)』の連作だ。モネの淡いピンク、セルリアンブルー、カドミウムイエローといった色相に惹かれたブラッシュは、その探究の旅に出る。ある時、モネの絵画のカラーポジフィルムを手に取り、光にかざして透かし絵のように見た瞬間、彼はそこに「光」を見出し、モネの思考を理解し惚れ込んだという。以来ブラッシュにとって光を描くことが、永遠の関心事のひとつになった。

光の本質を理解し、光が生み出す反射や屈折をドラマティックに引き出していったブラッシュ。モネが油彩で描いた光の美しさを、彼は独自の視点と唯一無二の手法で彫刻作品として表現したのだ。

その手法は、実に科学的だ。光線をさまざまな色として、人の目に映る波長に分割する「回折格子」の原理にインスピレーションを受けたブラッシュは、光を分割する特定の角度を割り出して幾重もの波線を緻密に手彫りしていくことで、色と光の完璧な融合を実現させた。

カルティエ現代美術財団に参画したキャリアをもちアートにも精通するヴァン クリーフ&アーペルのプレジデント兼CEO二コラ・ボスに、「彼の作品を観て、こんなことは不可能だと考える人もいるでしょう」と言わしめるほどの超絶技巧を、『モネについて考える』の連作からはっきりと見て取れる。今回は100点以上ある作品群から65点が展示されるので、一つひとつ異なる色彩や光の移ろいをじっくりと堪能できるはずだ。 

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ともにダニエル・ブラッシュ『モネについて考える』。掌に収まるほどの小さなスチールの板面に、細やかな線が幾重にも手彫りされ、少し動かしただけでも光の屈折によって表情を変えていく。光や色彩の一瞬の美しさを捉えた連作は、まさにモネが『積みわら』などの連作で試みた光の移ろいを、別次元で表現したかのようだ。 photo : Takaaki Matsumoto

いま再び脚光を浴びるダニエル・ブラッシュ。芸術とジュエリーの関係性について熟考し続け、古代の金細工職人による崇高な技術を踏襲し、芸術と科学、詩や哲学を融合してきたアーティスト。その唯一無二の作品を、この機会に間近で感じ取ってみてほしい。

また展覧会の初日には、ダニエル・ブラッシュの生涯のミューズとして創作活動を支え続けた妻のオリヴィアとジャーナリストとして活躍する息子のシーラ、そしてジュエリー史家のヴィヴィアン・ベッカーを迎えたトークイベントも開催される。ここでしか聞けない貴重なエピソードに触れられるはずだ。

『ダニエル・ブラッシュ展 ― モネをめぐる金工芸』

開催期間:1月19日~4月15日
開催場所:21_21 DESIGN SIGHTギャラリー3
東京都港区赤坂9-7-6 東京ミッドタウン ミッドタウン・ガーデン内
開館時間:10時~19時
休館日:1月30日、2月13日、3月11日
入場無料、予約不要
TEL:0120-50-2895(レコール事務局)
www.lecolevancleefarpels.com/jp/ja/exhibition/daniel-brush-thinking-about-monet

イブニング カンバセーション:連作『モネについて考える』
開催日時:1月19日 17時30分~19時
開催場所:ザ・リッツ・カールトン東京 1階 パークビュールーム
東京都港区赤坂9-7-1
料金:¥4,500
www.lecolevancleefarpels.com/jp/ja/person-conversation/thinking-about-monet