世界的アーティストのプリンス・ギャスィが、ピレリ「The Cal」2024年版に込めた思いとは

  • 文:小川フミオ
  • 写真:Pirelli The Cal

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Prince Gyasi(The Cal 2024より)

世界的な写真家が、現代的なコンセプトでもって、各分野で活躍するひとたちを被写体に作るカレンダー。

そんなものがあるのか、と思うひとがいても不思議でない。じっさいは、ピレリ「The Cal」がそれ。2023年11月終わりにロンドンで、2024年版が発表された。

 

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Margot Lee Shetterly(左) & Amanda Gorman(The Cal 2024より)

 

カレンダーでなく、前述のとおり「ザ・カル」と呼ばれるだけあって、内容は美術本に近い。

ピレリは、イタリアのタイヤメーカーで、クルマ好きには、フェラーリやランボルギーニやアルファロメオをはじめ、スポーティなクルマのタイヤでよく知られている。

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「マガジン・ロンドン」で盛大に開催されたThe Cal 2024の発表。(写真=Tim Gao)

 

1964年に、ピレリタイヤを扱うサービス工場などに向けて、すぐれた写真家を起用しての美しい写真を掲載するカレンダーを提供したのが始まり。

初年度は、ザ・ビートルズの「With The Beatles」から「Rubber Soul」まで一連のジャケット写真も担当した英国人ロバート・フリーマンが担当。その後、キラ星のごときファッション写真家が、独自の世界を作りあげてきた。

不況やコロナ禍などによる中断を経て、第50回を数えた24年版。起用されたのは、22年の「Kyotographie」でも話題になったプリンス・ジャスィPrince Gyasiだ。

 

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Idris Alba(左)& Prince Gyasi(The Cal 2024のバックステージ写真)

 

1995年にガーナで生まれ、10代のときiPhoneで作った作品が認められたビジュアルアーティストのプリンス・ジャスィ。24年のThe Calのために選んだテーマは「タイムレス」。

大きな特徴として、被写体は全員、アフリカ系のひと、ということが挙げられる。

被写体リストは下記のとおり。

Amoako Boafo(ガーナの画家兼ビジュアルアーティスト)
Angela Bassett(米女優)
Margot Lee Shetterly & Amanda Gorman(リー・シェタリーは米のノンフィクション作家、ゴーマンは米の詩人)
Young Prince(プリンス・ジャスィの子ども時代演じる俳優)
His Majesty Otumfuo Osei Tutu II(ガーナ共和国内のアシャンテ王国王)
Idris Elba(ガーナ人の母を持つ英国俳優)
Jeymes Samuel(英国のシンガー・ソングライター)
Marcel Desailly(ガーナ出身のサッカー選手)
Naomi Campbell(英国出身のモデル)
Prince Gyasi(本人)
Tiwa Savage(ナイジェリアのシンガー)
Teyana Taylor(米のシンガー・ソングライター兼女優)

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Naomi Campbell as Time Stopper(The Cal 2024より)

 

なぜ、オールブラックキャスト?

「ひとつには、テーマであるタイムレスに沿って、子ども時代から今にいたるまで私にとってアイコン的な存在のひとたちは、タイムレスとくくるのにふさわしく、スーパーヒーローでありながら、しかし行動はおおいに参考に出来るという観点でキャスティングした結果です」

ロンドンでのインタビューで、プリンス・ジャスィはそう答えた。

 

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Marcel Desailly(左)& Prince Gyasi(バックステージ写真)

 

1980年代から活躍していたナオミ・キャンベルや、90年代にチャンピオンズリーグで活躍したガーナ出身のマルセル・デサイーなど、まさに長年のアイドルだったろう。

いっぽう、黒人をモチーフにした絵画作品を発表してきたアモアコ・ボアフォは1984年生まれだし、バイデン米大統領就任式で自作の詩「The Hill We Climb」を朗読したアマンダ・ゴーマンにいたっては98年生まれと若い。

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プリンス・ジャスィの子ども時代というテーマ。(The Cal 2024より)

 

じつはもうひとつ、隠されたテーマがある。それは「アフリカのネガティブな面を払拭し、アフリカ系のひとたちの姿を撮影した作品を通して、アフリカの魅力を発信していきたい」という、創作の動機によるものだ。

プリンス・ジャスィの作品は、たしかに、アフリカ系のひとたちを魅力的に描写している。

同様に、今回のThe Calでも、被写体たちを、鮮烈な背景色と組み合わせ、生命力とか躍動感とか、あるいは優美さとか、場合によっては尊厳すら感じさせる。

 

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ガーナ共和国のアシャンティ族の王、オトムフオ・オセイ・トゥトゥ二世(中央)と一行。(The Cal 2024より)

 

これまでにも、The Calは、ある種の社会性を感じさせる内容が少なくなかった。

たとえば、2016年版ではアニー・リーボビッツが、各界で活躍する女性のみを撮影。テニスのセリーナ・ウイリアムズ、ロックシンガーで詩人のパティ・スミス、ヨーコ・オノ、ニューヨーク近代美術館名誉会長のアグネス・グンドらがフィーチャーされた。

また、2018年版のティム・ウォーカーは、ナオミ・キャンベル、ウーピー・ゴールドバーグ、ダッキー・ソットら、アフリカ系のキャストのみで「不思議の国のアリス」の世界を構成して話題を呼んだ。

プリンス・ジャスィのThe Cal 2024もまた、この流れのなかに位置づけても不思議でない。美が確固たる主張に裏付けられている。そこから説得力が生まれているように感じられるのだ。

あいにく残念なことに、The Calは”伝統的”に非売品。もし、美術本を扱う書店などで見かけたら、ぜひ中身をご覧あれ。

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プリンス・ジャスィがデザインしたThe Cal 2024のケースの持ち手は手のかたちで「持つひとが何人であろうとアフリカとのハンドシェイクを意味しています」とのこと。