『FUJI TEXTILE WEEK 2023』富士の麓で織物産業とアートが融合

  • 写真&文:中島良平

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ジャファ・ラム 『あなたの山を探して』。旧山叶(きゅうやまかの)の屋上に設置されたのは、香港を拠点にサイトスペシフィックな作品を手がける作家によるインスタレーション。富士吉田の機屋から収集した、傷などの都合で一般に流通しない布を再利用し、遠隔的に富士の威容に包まれるような体感を与える作品を完成させた。

1000年以上続く織物の産地である山梨県富士吉田市を舞台に、2021年にスタートした布の芸術祭『フジテキスタイルウィーク』。テキスタイルとアートが融合する唯一の芸術祭の第3回が12月17日まで開催されている。伝統産業を活用した地域の活性化を目指し、アートと染織技術を融合させるこの芸術祭では、使われなくなった建物を展示に活用することもひとつのテーマになっている。近代化による伝統技術の衰退とともに、日本各地で過疎化と空き家の急増も問題視されており、いずれの社会問題に対してもメッセージを発信することがフジテキスタイルウィークの大義となっている。

まず向かったのは、今回初めて展示会場に利用されたかつての織機の工場跡地、旧山叶(きゅうやまかの)。機織機や撚糸機(ねんしき)を扱う金属機器業者が2023年3月に廃業し、大規模なインスタレーションを発表できる空間として芸術祭での利用が決まった。1階の顧剣亨(こ・けんりょう)作品に始まり、フロアごとに空間を大胆に活用した表現が展開する。

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3度目のフジテキスタイルウィークで最大規模のインスタレーションを実現

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顧剣亨 『Map Sampling_Fujiyoshida』。「デジタルウィービング」という複数のデジタル写真を手作業でピクセルごとに「編み込む」独自の手法で、複数のイメージが重なり合う作品を手がける顧剣亨。富士吉田市の異なる時代の地図を2枚の透過性のある生地にプリントし、インスタレーションを手がけた。
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ジャファ・ラム 『あなたの山を探して』は、竹で構造物をつくり、そこに布を組み合わせた作品。富士山も借景のようなかたちで作品の要素となっている。
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池田杏莉 『それぞれのかたりて / 在り続けることへ』。大型機械を生産していた山叶でかつて実際に使用されていた家具やユニフォームを繭のような皮膚で覆った彫刻作品の数々。富士吉田でテキスタイル産業に携わった人々の手足をシリコンで型に取り、薄い皮膚のようなテキスタイルを重ね合わせてかたちにした。
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ネリー・アガシ 『mountain wishes come true』。アガシはシカゴを拠点とする作家。「山叶」を「山の願いは叶う」と読み解き、直訳して作品名にした。今回最大規模のインスタレーションだ。建物の外壁をモチーフに生地を立体的に織り上げ、屋内にやわらかな建物をつくるイメージで制作した。サウンド・アーティストのライアン・パッカードによる音響も空間のストーリーを演出する。
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旧山叶の外観。建物壁面の立体的な模様がネリー・アガシをインスパイアした。

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機織問屋街の古い建物も展覧会場に

旧山叶から徒歩で5分ほどの場所にある、1950年代に建てられた蔵を再利用した「KURA HOUSE」や、戦前は呉服店、戦後は毛糸商を営んでいた「旧糸屋」でも作品展示が行われている。

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清川あさみ 『わたしたちのおはなし』。写真などに糸を縫い込むことで絵画を手がける清川あさみ。「Serendipity」シリーズの新作として発表されたこの作品のインスピレーションソースは、不死の薬がある山と謳われた富士山の神話。夜明けをイメージした作品を展示会場である「KURA HOUSE」の薄暗い空間に展示しようと決め、2次元と3次元を往還するような絵画作品を手がけた。
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パシフィカ コレクティブス 『Small Factory』。国内外のアーティストとのコラボレーションによって、インテリア雑貨を制作するブランドが、現代アートと伝統技術の「コレクティブ」としてアートラグを制作。そのプロセスを展示することで、フジテキスタイルウィーク全体のコンセプトを具現化したようなインスタレーションが旧糸屋に生まれた。
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沖潤子 『anthology』。旧糸屋の裏手に位置する住宅部分に展示。布の立体的な造形と刺繍のビジュアル表現を組み合わせて制作した。糸によってさまざまな時間や空間に存在する人々とのつながりを想起させ、展示空間の外にまで作品の展開を感じさせるインスタレーションとなった。

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街歩きを楽しみながら展示を巡る

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芸術祭の拠点のひとつとなっているFabCafe Fuji(ファブカフェフジ)の前の横断歩道には、商店街越しに富士を望める「映えスポット」として世界中から観光客が殺到する。

東京・新宿の文化服装学院連鎖校で、唯一公立学院として1956年から80年代まで開校していた旧文化服装学院も展示会場となっている。 

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津野青嵐 『ねんねんさいさい』。看護大学を卒業後、精神科病棟で5年間勤務した経験をもつ津野は、病院勤務と並行して山縣良和(やまがた・よしかず)主宰のファッションスクールcoconogacco(ここのがっこう)で学んだ。ファッションを愛した祖母が臥床生活になったことから、祖母が長年集めた布と3Dペンを用いて祖母のための衣服をオーダーメイド。やわらかくベッドに溶けていくようなイメージを出発点とした作品だ。
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ユ・ソラ 『日々』。家の中の日常を布と糸で表現する韓国出身の作家。展示空間にある事物=日常の品々の表面の皮膚を白い布地で形成し、黒い糸でそれらの皮膚を継ぎ合わせるように縫う。また、日常と結びついたアイテムを白い糸の刺繍で表現した平面作品も同時に展開する。

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アート展だけにとどまらない展示プログラム

フジテキスタイルウィークのプログラムは、アーティストたちが参加するこれらの「アート展」のみではない。富士吉田で一度途絶えてしまった伝統的な「甲斐絹(かいき)」を現在に蘇らせる取り組みと連動する「デザイン展」や、テキスタイルメーカーの生地サンプルを並べ、そこで洋服の仕立てを受注する「生地展」も同時に行われている。

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着物の裏地に薄手で装飾性に富んだ生地を当て、普段は見えないところでお洒落を楽しんだ江戸の人々。そこで重用された「甲斐絹」で表現された歌の世界、風物詩などの「粋」を読み取る展示をかつての氷室を再利用したFUJIHIMURO(フジヒムロ)で開催。
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独製セーターマシンで服を手がけていた旧田辺工場では、「生地展」を実施。富士吉田の織物職人との出会いの場となり、縫製職人も常駐することで、パターンや縫製に関する相談を承る場として機能する。

富士吉田の中心部を南北に貫く「富士みち」を境に、東側には織物問屋が並び、そこで稼いだお金を持って西側の飲み屋街「西裏」に行って夜を楽しむ文化が息づいていた。終戦直後、織機がガチャンと動くごとに1万円が入る「ガチャマン」と呼ばれた時代だ。往時の文化を再生させるべく、西裏には若い世代が徐々に集まり、夜の街も息を吹き返そうとしている。テキスタイル産業の伝統がアートと結びついて新たな可能性を発信するフジテキスタイルウィークの展示を巡ったあとには、西裏エリアをはしごしてみてはいかがだろうか。

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「西裏」エリアの路地が、昭和レトロに現代の風味を加えた新世界乾杯通りとなり、酔客を楽しませてくれる。

『FUJI TEXTILE WEEK 2023』

開催期間:〜12/17 
会場:山梨県富士吉田市下吉田本町通り周辺
開館時間:10時〜16時 ※各会場への入場は15:30まで
休館日:月
料金:一般¥1,200
問い合わせ:info@fujitextileweek.com(FUJI TEXTILE WEEK 実行委員会)  https://fujitextileweek.com