誰もが輝く未来を目指す、ウーマンズ パビリオン

  • 写真:ヨシダキヅク
  • 文:久保寺潤子(P1)
  • 文:坂本みゆき(P2)

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建築家・永山祐子と、イギリスの舞台美術家エズ・デヴリンによる「ウーマンズ パビリオン」。目下製作中のふたりに、その想いを訊いた。

 

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「ウーマンズ パビリオン in collaboration with Cartier」の外観イメージ。このパビリオンは日本館の隣に建つ予定で、万博の目玉のひとつになると期待される。ドバイ万博で話題になった格子状のファサードが、生まれ変わって登場する。Women’s Pavilion in collaboration with Cartier ©Cartier

「When women thrive, humanity thrives 〜ともに⽣き、ともに輝く未来へ〜」をコンセプトに掲げる「ウーマンズ パビリオン」。館を手がけるのはカルティエだ。カルティエでは女性の社会進出が珍しかった30年代から、性別にかかわらず才能ある人物が重責を担ってきた。長年、女性をエンパワメントする取り組みを行うなか、ドバイ万博のウーマンズ パビリオンの成功を受け、今回の出展へと至った。パビリオンでは、「すべての人々が真に平等に生き、尊敬し合い、ともに歩みながらそれぞれの能力を発揮できる世界をつくるきっかけを生み出す」ことを目指し、世界中の女性に寄り添い、女性たちの体験や視点を通して、公平で持続可能な未来を志すことを来場者に問いかける。また、館内には「WA」と名付けたスペースを設置。輪、環、話、和、そしてCircle of life ─性別、人種、年齢、能力に関係なく、すべての人がともに考え、継続的に対話する場を提供するという。

建築では、ドバイ万博日本館で使われたファサードを次の万博にリユースするという、画期的な試みにも注目だ。

今回グローバル アーティスティック リードに選出されたのは、ドバイ万博で女性初のデザイナーとして英国パビリオンを担当したエズ・デヴリン。建築デザインは、日本館を手がけた永山祐子が担当する。

ウーマンズ パビリオンは、「ジェンダー平等」、「つくる責任つかう責任」にフォーカスし、誰もが輝く未来を見据える。

 

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ドバイ万博日本館の外観デザインとしてインパクトを与えた格子状のファサード。万博の会期中は、写真を撮る来場者で賑わった。 2020年ドバイ国際博覧会日本館

 

女性のエンパワメントには、社会的なサポートが必要です

ウーマンズ パビリオンのリードアーキテクトを務める永山さんに万博への想いを聞いた。

「10歳のとき、親に連れられてつくば万博を見に行ったのが最初の思い出です。未来を感じさせる式典にとてもワクワクしたのを覚えています」

いままで見たこともない建築に近未来を感じたという永山さん。万博は建築家にとって新しい挑戦の場だという。

「ドバイでは日本の国を代表する建物を、あえてグローバルな素材でつくりました」

立体格子を構成する膜にはPTFEというフッ素樹脂を、格子の結合部分には着脱可能なポールジョイントシステムが採用された。

「万博はあらゆる国の人が同じ目標に向け、一致団結して積み上げていくもの。祭りの最中だけでなくプロセスも大切です。完成した建物を見ながら、半年後に壊され廃棄されることを想像したとき、リユースすべきだと思いました」

膜とポールジョイントを解体すれば、数台のコンテナにコンパクトに収容が可能だ。再利用の用途は未定だったが、まだ十分に利用できる部材を持ち帰ることができないだろうか。永山さんの熱い思いに賛同した企業の協力のもと、無事日本へ運ばれ、今回のパビリオン参画へと至った。

部材をリユースしながら、ドバイと大阪ではどのような違いを打ち出すのだろうか。

「ドバイ万博の日本館は上から見ると三角形ですが、今回は細長く長屋のようなイメージです。植栽を多く使い、植物、光、風を感じられるテラスもあります」

永山さんが思い描く自然とは、原風景としての森だ。山に自生する不規則な形の木を切り出して会場に運び、野性味のある森を再現するつもりだという。

「最終的には万博が終わったら樹木は山に返すつもりです。建物も植栽も一時的に借りてきているので、すべてを捨てずに再利用したいですね」

建物は、風向きと太陽の向きを3Dで計算しながら小さな膜のピースを緻密に組み合わせて設計されている。

「ドバイでは暑い土地に風を通し、光と影を効果的に組み合わせることで日本的な陰影を表現しました。今回は植栽の木漏れ日が相まってサステイナブルな建築が実現できたと思います」

エントランスの先に広がる森の空間や外部テラスなど、中間領域を設けることで非空調エリアを確保し、サステイナブル建築の可能性を提示する。

今回永山さんが女性をテーマにしたパビリオンを手がけたいと考えた理由は、ドバイの体験が大きく影響している。

「アラブでは宗教によるジェンダーギャップが大きく、女性の暮らしは制限されています。私がドバイ万博日本館設計者の公募に参加した18年の時点でジェンダーギャップ指数が日本は114位、アラブ首長国連邦は120位とかなり近いところにいました(2023年、日本のジェンダーギャップ指数は146カ国中125位、アラブ首長国連邦は71位)。日本もアラブと同じ問題を抱えていたのです。せっかくであれば万博をきっかけにこの問題に関しても何かできないかと考えていました」

日本で働いていて感じるのは、女性自身が自分をエンパワメントする必要性と、それを後押しする社会的土壌だ、と永山さん。

「日本の女性は自己肯定感が低く、謙虚さや奥ゆかしさという言葉のもとに自分の評価を下げている側面がある。もっと女性が自信を持って前に出るためには、社会全体のサポートが必要なのです」

ウーマンズ パビリオンは決して女性のためだけのものではない。女性らしさ、男性らしさというバイアスを取り払い、互いに支え合いながら両者のポテンシャルを高めるための、気づきの場となるだろう。

 

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永山祐子
建築家

1998年、昭和女子大学生活美学科卒業後、青木淳建築計画事務所を経て、2002年、永山祐子建築設計設立。主な仕事にTOKYU KABUKICHO TOWER、TOKYO TORCH、ドバイ国際博覧会日本館など。

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女性だけではなく、訪れるすべての人が新たな展望をもつ機会に

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エズ・デヴリン
アーティスト、舞台美術家
1971年、イギリス・ロンドン生まれ。舞台セットからパビリオンまで多くの作品を手がける。イギリスの権威ある舞台芸術の賞、ローレンスオリビエ賞を複数受賞。2022年には大英帝国勲章を授かる。Es Devlin drawing photographed by Daniel Devlin

 

光、音楽、言葉を巧みに織りなしてエズ・デヴリンがつくり出す芸術空間は、観るものの心を揺さぶり、新たな境地へと誘う。

ドバイ万博で、世界的な舞台美術家であるエズが手がけた英国館はそのフォルムのみならず、AIが来館者から寄せられた言葉でつくった詩がファサードに映し出されるユニークなものだった。また昨年、ロンドンのギャラリー、テート・モダンでカルティエからの依頼で制作した「カム・ホーム・アゲイン」は大反響を得た。

さらにはロンドンとリオ五輪のセレモニー、スーパーボウルのハーフタイムショー、大物ミュージシャンのステージセットなど、エズの話題作は、枚挙にいとまがない。そんな彼女はいま、大阪・関西万博「ウーマンズ パビリオン」のグローバル アーティスティックリードとして采配を振るっている。

「このプロジェクトを聞いた時、最初に私の脳裏に浮かんだのはアイリスの花を持った3人の女性達が内に秘めていた物語や経験について語り合う姿でした。また、日本におけるサークルがもつ意味も、パビリオンを考える際の重要な出発点でした。自らの体験やストーリーをシェアする精神を主軸とし、それを大きく展開して世界に発信する場を目指します」

特に意識しているのはその位置付けだという。「万博が開催される2年後の25年にはウーマンズ パビリオンがどんな意味をもつか考えています。新風を起こすためには、女性だけではなく訪れるすべての人が新たな展望をもつ機会とならなくてはなりません」

制作の第一歩として、日本を深く知ることは不可欠だった。建築家の永山祐子をはじめパビリオン制作チームと大阪を始めとする関西地方、そして永山が手がけた香川県の豊島横尾館を訪問した。またドバイ万博で日本館のファサードとして使われた素材を、今回のウーマンズ パビリオンに再利用可能というアイデアも知り、彼女を支える技術者たちへの敬意と資源消費の最小化の発想に感銘を受けたという。そんな日本への旅はエズにパワーを与え「このプロジェクトを率いていくための完璧な経験だった」と語る。

舞台美術からインスタレーション、さらには万博のパビリオンまで、さまざまな作品を手がけるエズだが、取り組む姿勢には微塵も差はないという。「その作業は何百万人ものオーディエンスがいる場でも、キャパシティが500の小劇場でも違いはありません」。

30年以上、作品を通して人々の心に訴え続けてきたエズ。「近年は気候変動や文明的な危機に晒された個人の物語を多くの人に届け、それを足がかりに、よりよい世界になることを願って活動しています。それはアーティストの使命だと確信しています」

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「ウーマンズ パビリオン」制作にあたってエズが描いたアイデアスケッチ。輪のようなものを持つ3人の女性が描かれている。

 

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ドバイ万博でエズが手がけた英国館。Poem Pavilion photographed by Ry Galloway

 

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2022年ロンドンのテートモダンの庭でみせた作品「Come Home Again in collaboration with Cartier」。ロンドンで存続が危惧される動植物や昆虫など243種を描いてつくり上げた。 Come Home Again, courtesy of Es Devlin Studio

カルティエが取り組む、女性支援

カルティエは、長きにわたり多くの分野で社会的責任を果たすためさまざまな取り組みをしてきた。1933年にはジャンヌ・トゥーサンをハイジュエリーのクリエイティブディレクターに任命するなど、女性の社会進出が珍しい時代に女性が重責を担っており、「ウーマン エンパワメント」に力を入れることはごく自然なことと言える。2006年には差し迫ったグローバルな課題を解決するという信念をもつ女性起業家の貢献に光を当て、経済的・社会的・人道支援を行う「カルティエ ウーマンズ イニシアチブ」を創設。2012年には、女性と子供に焦点をあて、低所得国の脆弱なコミュニティを支援するNPOに資金を提供する「カルティエ フィランソロピー」を設立した。そんなカルティエが手がける、大阪・関西万博でのウーマンズ パビリオン。女性たちの体験や視点を通して、公平で持続可能な未来を志すことを呼びかける。

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5月にパリで行われたウーマンズ イニシアチブの授賞式の様子。ビジネスで社会をポジティブにする女性起業家たちが表彰された。