世界最大の⻄陣織が建築に? 圧巻のパビリオンを解剖

  • 写真:ヨシダキヅク
  • 文:久保寺潤子

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長径64m、短径39mの巨大な楕円形のパビリオン。メビウスの輪を応用した三次元の構造物に、最新技術を駆使した西陣織が張り巡らされる。入り口の屋根には扇子をかたどった大きな庇が、来場者を日差しから守る。©飯田グループホールディングス

飯田グループと大阪公立大学が共同で出展するパビリオンの全貌が公開された。斬新な建築はなぜ生まれたのか、そのキーマン3人に話を聞いた。

 

戸建住宅分譲を中心に、ホテル事業や健康分野などを展開する飯田グループホールディングス(以下飯田GH)。ウエルネスな未来型住宅の実現に取り組むべく、2015年から大阪公立大学と研究を続けてきた。今回、大阪・関西万博のテーマ「いのち輝く未来社会のデザイン」に共鳴した同社がパビリオン出展を決めた経緯を専務の西野弘さんはこう話す。「未来の住まいにおいては自然環境にやさしい住宅であること、健康寿命を維持するための機能を備えた住宅であることの2点を中心に大阪公立大学と共同研究を重ねてきました。自然エネルギーや健康を軸にしたスマートシティのためのラボを大学内に設立し、多分野にわたる研究を進めていたところ万博のテーマがわれわれの考え方に一致していると知り、今回の応募へと至りました」

パビリオンでは、人工光合成技術を搭載したエコハウスと、健康を管理するウエルネス・スマートハウスが紹介される予定だ。「具体的には二酸化炭素を活用しながらエネルギーの自給自足を目指す最新技術を披露します。また、居住者の健康データを室内に設置したセンサーで収集し、AIなどで解析することで“健康の見える化”を実現したり、健康アドバイスを行ったりするウエルネス・スマートハウスの仕組みもご紹介します」と西野さん。

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伝統と進化を融合させた、“サステナブル・メビウス”な建築

パビリオンの設計を担当したのは京都を拠点に世界的に活躍する建築家の高松伸さんだ。1948年生まれの高松さんは学生時代、70年に開催された大阪万博を体験している。「当時貧乏学生だった私はブルドーザーの免許を取り、万博会場で土木工事のアルバイトをしていました。名だたる建築家たちが想像力の限りを尽くして華々しい建築をつくっているのを横目で見ながら、いつかは自分も世界を驚かせる建築をつくりたいと思っていました」

高度経済成長の真っ只中に開催された半世紀前の万博では、皆が一斉に未来を向いて突き進んでいたが、高松さんは心の内で違和感を感じていたという。「70年の万博で欠けていると感じたのは、時間軸に対する姿勢です。時間というのは前に向かって進むだけではなく、かつてわれわれがたどってきた時間も含まれるはずです。つまり伝統や歴史という概念ですが、それを今回の建築コンセプトに重ねることで、サステナビリティを表現できるのではないかと考えました」

人間のいのちもテクノロジーも、すべては循環している――それを表現するために高松さんが生み出したコンセプトは“サステナブル・メビウス”。メビウスとは細長い帯をねじって両端を貼り合わせることにより、表裏の区別がなくなる図形のことで、高松さんはこれを設計に取り入れた。「メビウスをモチーフにした複合的な三次元躯体の建造物は、世界でも類を見ないものです。全体としてはほぼ楕円形の空間になっていて、その中にすべての展示アイテムを配置します。いわば、ワンルームの立体展示です」

過去から未来へとつなぐ時間軸を表すために外壁の装飾に採用されたのが、京都で1200年の伝統をもつ西陣織だ。高松さんから白羽の矢が立ったのは西陣織の老舗、細尾。代表の細尾真孝さんはこれまでにないビッグプロジェクトに戸惑いながらも、目下制作に邁進中だ。「われわれは伝統的な西陣織を継承しながら、近年はCGデザインを導入することでインテリアやファション、アートなど、着物や帯を超えたさまざまな協業に取り組んできました。しかし建物の外壁に西陣織を使うという発想はこれまでにないもので、当初社内のほとんどの人間から実現は不可能だと言われました」

外壁の表面積は約3500㎡。複雑な立体構造をもつ躯体に平面の織物を貼り合わせるのは至難の業だ。加えて海に近い会場は強風にさらされるため、耐久性も求められる。機能性だけを考えれば織物である必然性はないと考えるのが一般的だ。「もともと着物は何世代にもわたって受け継がれてきたサステナブルな衣服です。1200年続いた伝統を継承し、未来につなげたいというわれわれの願いをこのパビリオンに表現したいと思い、挑戦することに決めました」と細尾さん。

従来の織物の幅は着物の寸法に合わせた32㎝が標準だが、細尾では着物以外の需要に向けて150㎝幅の織機を開発していた。今回はこの世界標準の織機と3Dマッピングを使いながら立体的な織物をつくり上げた。また、耐久性を担保するためにポリエステルの糸に独自の撚りをかけ、雨風に耐えられる皮膜構造を開発。これまでにない難問に挑む理由を細尾さんはこう説明する。「人間にとって美や装飾は必要不可欠なものです。美しいものは人のいのちを超えて続いていく。私たちは後世に受け継がれるような圧倒的な美をつくりあげたいのです」

伝統工芸の衰退が叫ばれる現代において、細尾では外部の技術者と協業を行いながら国内外に西陣織の魅力を発信してきた。それは飯田GHが大学の研究者と協業してきた歩みとも重なる。「パビリオンの外観は最新技術を取り入れた伝統的な西陣織。中に入ると未来都市を支える人工光合成やスマートウエルネスといった先端技術が展示されます。“いのちの輝き”という言葉が示すのは、過去から脈々と続いてきたいのちが循環と輪廻、進歩を繰り返して洗練され磨かれていくことです。いいものは進化しながら残り続ける、というメッセージをこのパビリオンを通して伝えられればと思います」と西野さん。

前代未聞の挑戦をきっかけに日本の技術を世界へアピールしたいと細尾さんも意欲を燃やす。「実はコロナ禍が始まる前、織物でできた家の可能性についてリサーチするため、モンゴルの遊牧民と共同生活をしたことがあります。季節に応じて移動可能なパオは、サステナブルな住まいとして注目していました。今回のプロジェクトを機に、さまざまな場所での織物の可能性が広がりそうです」

海外での建築も多く手がける高松さんもまた万博で培った技術を輸出することを視野に入れている。「日本の伝統的な技術を、アジア地域を中心に提供できないかと考えています。パビリオンが成功した暁には、ベトナムで進行中の仏教空間に応用してみたいですね」

一方、西野さんは万博終了後、使用した織物を住宅やオフィスの内装材として再利用することを想定しているという。「ご要望に応じて一般住宅やオフィスの壁紙等に利用することも考えています。万博のレガシーを実生活の場で伝えていくことができればうれしい」

いのちを紡ぎ、育み、未来へつなぐ、世界最大の西陣織建築。サステナブル・メビウスを手がけた三者の万博にかける熱い想いが実現する日を、いまから楽しみに待ちたい。

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西野 弘 (右)
飯田グループホールディングス
代表取締役専務

1988年リクルート入社。2006年より飯田グループホールディングスの関連会社である東栄住宅入社。13年より飯田GH取締役に就任し、関連会社のホームトレードセンター取締役、東栄住宅取締役などを経て現職。

高松 伸 (中)
建築家

京都大学名誉教授、工学博士。美術館から仏教建築まで、幅広いジャンルの建築作品を数多く手がける。代表作は植田正治写真美術館、天津博物館、国立劇場おきなわなど。国内外で多くの受賞歴をもつ。

細尾真孝 (左)
細尾 代表取締役社長

西陣織の織元「細尾」の12代目当主。パリでの展覧会をきっかけに世界標準である150cm幅の織物の織機を開発し、海外の一流メゾンとコラボレーションを行う。伝統産業をクリエイティブな視点で発信し続けている。

  

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高松さんがプレゼン用に描いたスケッチの一部には、メビウスの輪を白銀系の西陣織で覆うものも。最終的には現案の西陣織のパターンが採用された。©高松伸建築設計事務所

 

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外壁に使用される西陣織。柄は伝統的な図案が採用された。

 

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飯田GHと大阪公立大学が共同で開発する人工光合成技術を取り入れたスマートハウス。二酸化炭素と水素を利用したエコハウスの最新技術が世界に先駆けて万博で披露される。©飯田グループホールディングス

 

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細尾が開発した150cm幅の織機。織り上げた生地の柄どうしをつなげる「絵羽」の技法は、最終的に人間の目と手によって行われる。©飯田グループホールディングス