アーティスト・三浦大地「アートであらゆるものの “境界線”をぼやかしたい」【創造の挑戦者たち#81】

  • 写真:野村佐紀子
  • 文:脇本暁子
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Daichi Miura●ファッションやグラフィック、空間などのデザイン、ブランドや広告、CMなどのディレクション、イラストレーションと幅広く活動。近年では、環境問題への取り組みなど社会活動にも力を入れている。2024年2月28日から、伊勢丹新宿店にて個展『DAICHI MIURA ART EXHIBITION 2024』を開催予定。

燦々と初夏の光が降り注ぐ大阪のアトリエで、「時差ボケが治らなくて」と微笑みながら出迎えてくれた三浦大地。スイスで開催された、若手作家の登竜門的存在であり、世界中のギャラリーが集結するアートフェア「VOLTA BASEL 2023」からほんの数日前に帰国したばかりだ。

浜崎あゆみや柴咲コウらアーティストのコスチュームデザインをはじめ、おもにファッションの領域で、ブランドプロデュースや広告のディレクション、イラストレーションなど幅広い仕事を手がけてきた三浦。肩書はなにかと尋ねると、「昔からそうですが、自分には本業はないと思っています。便宜上、デザイナーやアーティストといった肩書を名乗っていますが、常に求められる役割は異なるし、それに応えたい。名刺もつくっていません」と言う。

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そんな三浦が近年、新たに挑戦しているフィールドがアートだ。代表作のひとつである『Josie’s RUNWAY』は、もともと服づくりのデザイン画で描いていた「ポップでファッション好きな女の子」を原案とした、イラストレーション作品。黒いサングラスと赤いリップを纏ったキャラクター「ジョシー」は、ファッションブランドやコスメブランドとのコラボレーションを重ね、数年前から人気を集めてきた。だが、自覚的にアートの世界に足を踏み入れたのは1年前のことだという。2022年7月に伊勢丹新宿店にて開催した自身初の大規模アート展『DAICHI MIURA ART EXHIBITION “MODERATION”』が実質的なデビューだった。

「ジョシーはあくまでイラストで、アートとは思っていませんでした。ひょんなことから伊勢丹さんにお声がけいただき、個展が決まったのですが、その時点では作品はゼロ。そこから、作品150点をつくることになって。ジョシーに加え、新たにクリスタルを使った作品をつくり始めました」

クリスタルの粒子をちりばめた抽象画や立体作品は、自然の情景と同じように観る者の心象風景を映し出し、その時々で印象が変わる。物質社会の象徴でもあるジョシーと、自然の賜物である鉱物のアートは、一見すると真逆な作風にも思える。クリスタルを作品の材料として選んだ理由を問うと、三浦はこう答えた。

「クリスタルのおもな成分であるケイ素は、地球上で酸素に次いで2番目に多い元素です。生物にも地球にも不可欠な存在であり、目に見えないエネルギーや癒やしの力が宿っていると考えています。そんな物質と精神の狭間にある中庸な結晶が、いまの世界においてなにか気付きのきっかけになるのではと思ったんです」

クリスタルはブラジルからフェアトレードで仕入れ、日本画の岩絵具をつくる京都の職人が粒子化したものを使用しているという。

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日本のカルチャーは、余白や“間”を重要視してきた

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『MODERATION(中庸)』と名付けた伊勢丹での初個展では、クリスタル作品と「Josie’s RUNWAY」の原画が不思議な呼応をみせ会場を彩った。さらに、今年6月に開催された「VOLTA BASEL 2023」の会場では、その2つのシリーズを融合させる試みを行った。マリー・アントワネットのような装いのジョシーの原画の上にクリスタルの粒子を塗り重ね、ジョシーをかたどる輪郭をどんどんぼやかしていくというライブペインティング。それは、物質と精神という境界を曖昧にしていく試みでもあった。

「アートを通じて、固定観念や枠組み、概念といったものの境界線をぼやかしていきたいんです。日本人はもともと、そうした感覚に優れていたんですよね。日本のカルチャーは余白や“間”を重要視しています。境目が曖昧でなにもないところでも、のれんや障子など一枚の布や線を引くことで、境界線を自在に仕切ることができた。『ここから先へは行ってはいけない』ということをロジックでは語れない感覚で察したし、曖昧さを共有することで自分たちの感覚を養ってきていたんです」

そうした日本人の感覚は、徐々に失われつつあると感じている。

「曖昧さがわからなくなっているから、一義的にしか捉えることができない。アート作品も、資本主義的な目線や資産価値としての視点でしか捉えられないようになっている気がします」

「僕のアートに使命があるとすれば」と前置きしつつ三浦は言う。

「この対となるシリーズ作品を表現していくことで、固定観念をなくすとまではいかないかもしれないけれど、それにとらわれなくてもいいのではないかと、観る人が考えるきっかけになればとてもうれしいですね」

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WORKS
「Josie’s RUNWAY」シリーズ

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ファッションのデザイン画として描いた棒人間から誕生した、代表的なシリーズ作品。お洒落が大好きなファッショニスタのジョシーは、ファッション業界に身を置いていた三浦自身の一部分を投影しているという。

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「クリスタル」シリーズ

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見る角度や光の具合で異なる印象を与える、細かく砕いたクリスタルを使用したシリーズ作品。制作の際はアトリエの床にキャンバスを何枚も広げ、その時々の心のおもむくまま、複数の作品を同時進行で創作していく。

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個展『DAICHI MIURA ART EXHIBITION “MODERATION”』

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2022年7月に伊勢丹新宿店で開催した初個展では、150点におよぶ作品を展示。ハイジュエリーメゾン、ショーメとのコラボ作品や、ディズニーキャラクターをモチーフとした『DiDi La Chignon』などの作品も発表した

※この記事はPen 2023年10月号より再編集した記事です。