「2時間ずっと酔いしれることができる映画」を目指した。『白鍵と黒鍵の間に』主演・池松壮亮インタビュー

  • 文:SYO
  • 写真:齋藤誠一

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池松壮亮●1990年7月9日生まれ、福岡県出身。『ラストサムライ』(2003年)で映画デビュー。2014年に出演した『紙の月』、『愛の渦』、『ぼくたちの家族』、『海を感じる時』で、第38回日本アカデミー賞新人俳優賞、第57回ブルーリボン賞助演男優賞を受賞。2019年に『宮本から君へ』で第93回キネマ旬報ベスト・テン主演男優賞、第32回日刊スポーツ映画大賞主演男優賞、第41回ヨコハマ映画祭主演男優賞などを受賞した待機作として『愛にイナズマ』が2023年10月27日に公開を控えている。

ジャズミュージシャン・南博による回想録『白鍵と黒鍵の間に −ジャズピアニスト・エレジー銀座編−』が、『南瓜とマヨネーズ』(2017年)や『素敵なダイナマイトスキャンダル』(18年)の冨永昌敬監督の手で映画化された。ただし、ストレートな実写化ではない。主人公を「南」と「博」の二人に分け、過去と現在が円環上に存在するような、実験的な1本に生まれ変わっている。

他に類を見ないような構造の本作で主演を務めるのは、『シン・仮面ライダー』での風格漂う熱演が記憶に新しい池松壮亮。ジャズピアニスト役に挑戦した作品の舞台裏はもとより、映画と時代、音楽、夢といった本作にまつわるキーワードを自身の言葉で語ってもらった。

監督との出会いは、学生時代の1本の電話から

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昭和末期の銀座を舞台に、一人二役でジャズピアニスを演じた。©️2023 南博/小学館/「白鍵と黒鍵の間に」製作委員会

――撮影期間はバラバラかと思いますが、『シン・仮面ライダー』『せかいのおきく』『季節のない街』『白鍵と黒鍵の間に』『愛にイナズマ』と2023年は出演作ラッシュですね。

池松 映画は大体1年前に撮影したものが世に出ていくので、いまはもう来年公開されるものに日々、取り組んでいます。公開まで長い時間がかかった『シン・仮面ライダー』がひと区切りついてホッとしつつ、昨年、ライダーのリテイクや追撮と並行して撮影していたものが連続して公開されているタイミングです。『白鍵と黒鍵の間に』は、最初に「やりましょう」と決まってから、5年ほどかかりました。

―― 今年の出演作のラインナップを見ていると、どの作品も監督の作家性の強さとともに、どこか“懐かしさ”や"時代"というテーマを感じます。

池松 『白鍵と黒鍵の間に』は、監督の冨永さんが長年温めてきた作品です。冨永さんは博士のようにジャズに詳しく、どうしてもやりたかった企画がようやく実現して、こうして公開までたどり着きました。そんな風に「強烈にこれをやりたかった」というその人のパーソナルなものが詰まった作品に、立て続けに関わることができて光栄に思っています。ですが同時に、不思議と同時代のターンのようなものがあって、日本だけでなく、世界的に見ても、作家性の強い、懐かしさや時代というものがキーワードになる作品が今年は多かったように思います。

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――自分は大学生のときに『パビリオン山椒魚』(2006年)を観て「なんだこれは!?」と驚かされたのですが、池松さんは冨永作品をどのようにご覧になってきましたか?

池松 どの作品をとっても独創的で、とてもユニークかつその技法には誰にも真似できない優雅さと力強さを感じています。僕もはじめは衝撃を受けました。冨永さんの作品にはやっぱりものすごく惹かれるものがあります。

冨永さんは日藝(日本大学藝術学部)の先輩なんです。在学時にとある先生に「冨永さんの作品が好きです」と話していたら、「いまから電話するから話せ」とその場で電話をかけられて、お話をしたのが初めての出会いです。「池松と申します。いつも映画、拝見させてもらってます」と伝えたのを覚えています。

――冨永作品といえば、『パビリオン山椒魚』『南瓜とマヨネーズ』にオダギリジョーさん、『素敵なダイナマイトスキャンダル』に柄本佑さんが出演しています。オダギリさんが監督をしたドラマ「オリバーな犬、 (Gosh!!) このヤロウ」(NHK)や、柄本さんと共演した『シン・仮面ライダー』の現場でそうしたお話はされましたか?

池松 オダギリさんは(僕の出演を)喜んでくれていました。佑さんも「楽しみにしているよ」と言ってくれました。

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幼い頃から、家では常にジャズが流れていた

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――『白鍵と黒鍵の間に』は、南博という人物を「南」と「博」の2役に分割して、同時に物語に登場させています。過去と現在が一人の人間の表裏になっていて斬新でした。

池松 本当に斬新かつチャレンジングな構造だと思います。冨永さんの脚本力には驚かされるばかりでした。5年の間に脚本の紆余曲折を見てきましたが、どんどん面白くなっていった印象です。停滞する期間はありましたが、後退が一切ありませんでした。

――1日の撮影で演じ分けることもあったかと思いますが、どのように切り替えていったのでしょう。

池松 本作は「3年前の1日」と「いま」と「3年後の1日」が一夜に共存する形になっていて、描かれない3年間をどう考えるのかが重要でした。どうとでも捉えられるし、どう変化させていくのかを考えるのがとても面白かったです。『ちょっと思い出しただけ』(22年)も6年間のある1日を遡っていく映画でしたが、あれは逆から順を追っていくため本作とはまたちょっと違います。今回は、ミスリードを含め、そこからどうそれぞれの人生が重なっていき、一体化していくのか、その先にどんな人生が浮かび上がるのか、そのことを大きなテーマに取り組んでいました。そういう意味では撮影時に混乱するようなことはなかったかと思います。

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©️2023 南博/小学館/「白鍵と黒鍵の間に」製作委員会

――ジャズとは元々どのような距離感だったのでしょうか?

池松 僕自身は知識は多くないんですが、父親が生粋のジャズマニアで、母親も好きだったので、朝から晩まで常にジャズが流れている家で育ちました。幼い頃から聴いていたからか、体の奥のリズムとしていまだにジャズがあるような気がします。今でもジャズを聴くと落ち着きます。

――ジャズピアニストを演じるにあたり、どのような準備をされましたか?

池松 撮影にあたって、姉(元劇団四季の池松日佳瑠)の家から余っている姪っ子のオルガンを借りてきて、半年間練習しました。それでも長年弾いてきたその道の人には絶対に敵わないので、どれだけピアニストに馴染めるかが挑戦でした。ゴッドファーザーを完成させることも重要でしたが、ピアノに向き合っている時間そのものが、この役に近付くプロセスになってくれました。自分が好きだったビル・エヴァンスやセロニアスモンク、坂本龍一さんの映像を見ながらそれぞれ影響を受けていきました。

――サックス奏者の松丸契さんも出演されています。

池松 若きスーパープレイヤーと呼ばれる松丸さんがあの役をやってくれたおかげで、今作が一流の音楽映画になったと思います。現場で吹いている姿が本当にカッコよくて、素人ながらにサックスも練習してみたいと思うほどでした。

――本作は「ゴッドファーザー 愛のテーマ」が重要な役割を果たしています。池松さんがお好きな映画音楽や、音楽映画を教えてください。

池松 たくさんありますが、今作をやるにあたって冨永さんとさまざまな映画について対話したり、自分の中でイメージしたりしてきましたが、当初から一貫して机の上にあったのは、コーエン兄弟の『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌』(13年)でした。ちょうど10年前くらいの映画ですが何度も見返している映画の一つです。

冨永さんは音楽映画というよりも、ロバート・アルトマン監督の『ナッシュビル』(1975年)やポール・トーマス・アンダーソン監督の『マグノリア』(99年)など、群像劇からインスピレーションを受けていたように思います。

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年間1本でも、ミニシアターで楽しまれるような映画に出演したい

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――本作の独特のビジュアルやムードは、どのようにして生み出されたのでしょう。

池松 『白鍵と黒鍵の間に』は1988年ごろの銀座を描いていますが、それを忠実に再現するというより、むしろ時代を超越することを考えていたように思います。人生においてままならない時の感情というのは、時代性も超越できます。一人の人間の営みに必ず訪れるものだと思います。この映画は夢にたどり着く物語ではなく、いつまでも夢の隙間にいる主人公を映しています。そしてその隙間を音で埋めていたことに気づかされます。今作は、夢の中のような、主人公のイマジンの世界のような、人生のメタファーを落とし込んだファンタジックな世界になっています。

――確かに夢物語のような、不思議な浮遊感があります。

池松 音楽映画のかたちを借りて、当時の銀座という夜の街やジャズの艶っぽさ映し、人生という永遠にままならない間の地続きに、甘美な人生そのものを浮かび上がらせることを目指していました。

これだけ映画がどこにいても手軽に観られる時代の中で、再生を途中で止めたり、止めても観られる映画もたくさんあります。それが悪いことだとは思いませんが、映画館でどういうものを観てもらうべきかを考えると、やっぱり「2時間没頭できてその作品世界に酔いしれることができるもの」を目指さなければならないと感じています。

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――『白鍵と黒鍵の間に』は数々のミニシアター系の名作をつくり上げてきたとも言える、東京テアトルとスタイルジャムが制作プロダクションとして名を連ねています。

池松 最初はテアトルだけでしたが、途中でスタイルジャムが参加してくれて、冨永さんの集大成であり最高傑作を目指すために、これ以上ないチームが完成しました。僕自身も「テアトル俳優」と呼ばれるくらいテアトルにはお世話になっています(笑)、名もなきジャズピアニストの人生を題材に、メジャー映画では実現できない、ミニシアターにしかできないオリジナリティーをもった作品を目指すべきだと思っていました。

コロナ禍によってミニシアターの危機を経験し、単館系の映画館がたくさん潰れていって、シネコンも含めすべての映画館から観客の足が離れました。そんな中でこれから自分に何ができるのか、どんな作品に参加し届けることができるのか、ミニシアターの危機による映画全体の多様性をどう守っていくべきかが、自分の中の今後取り組み続けるべき課題の一つになりました。これからも人に出会い、作品に出会い、ミニシアターでお客さんに楽しんでもらえる作品に、年間1本でいいから必ず取り組みたいと思っています。そういった意味で、コロナ後に撮影した『ちょっと思い出しただけ』(22年)、『白鍵と黒鍵の間に』はそういった一環した問いや目標の中で取り組んでいたところがありました。

白鍵と黒鍵の間にはなにがあるのか――その答えは映画の中で見つけてもらいたいですが、音楽かもしれないし、誰かにとっては映画かもしれません。人生、或いは時代かもしれません。時代も人生も、創造と維持と破壊を繰り返しながら移ろうもので、その連続性にこそ人生があり、その隙間を埋めるために音楽や映画があるのかもしれません。そのことをこの映画に改めて教えてもらったように思います。この映画が、誰かの人生のほんの隙間を埋められるような、そんな作品であることを願っています。

『白鍵と黒鍵の間に』

監督/冨永昌敬
出演/池松壮亮、仲里依紗ほか 2023年 日本映画
1時間34分 10月6日よりテアトル新宿ほかにて公開。

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