岡山県内陸部、設計は磯崎新。世界初の建築・作品一体型の公共建築、奈義町現代美術館(通称Nagi MOCA)の先見性に息を呑む

  • 写真・文:中島良平

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【太陽の部屋】荒川修作+マドリン・ギンズ『偏在の場・奈義の龍安寺・建築する身体』。奈義町現代美術館(Nagi MOCA)を構成する3つの恒久設置作品のひとつ。斜めに傾いた円筒形の建物そのものが、天地も縮尺もアベコベなインスタレーション作品に。

岡山駅から電車とバスを乗り継いで100分、岡山市中心部から車でも80分ほどの内陸部、鳥取県との県境の程近くに位置する奈義町に、その美術館はある。奈義町現代美術館、通称Nagi MOCA(ナギ・モカ)。【太陽】【月】【大地】と名付けられた3つの恒久設置作品の展示室で構成され、美術館の未来の方向性を示すべく、作品と建築が一体化した世界初の公共美術館として1994年に開館した。建築設計、並びにコンセプトを担当したのが昨年末に他界した世界的建築家の磯崎新で、荒川修作+マドリン・ギンズ、岡崎和郎、宮脇愛子という3名(組)のアーティストが、磯崎と対話を重ねながら作品を制作した。

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奈義町現代美術館外観。左側の赤茶色の建物は、奈義町立図書館と年間10本前後の企画展を実施する町民ギャラリーで構成されている。
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入館し、受付を抜けるとすぐに喫茶室が。ガラス越しに宮脇愛子の作品『うつろひ—a moment of movement』に面しており、その奥には、晴れていれば地域のシンボルでもある那岐山頂を望むことができる。

従来の美術館のあり方を考えると、選ばれた絵画や彫刻作品が運び込まれ、一定期間での入れ替えを繰り返すホワイトキューブが展示空間として機能してきた。そうした作品と美術館の関係を逆転させようと磯崎は試みた。つまり、どんな作品でも展示できるホワイトキューブを設けた美術館を建てるのではなく、アーティストの作品そのものとして建物を構想し、恒久的な建物を美術館とすること。奈義町現代美術館常設カタログ『Nagi MOCA 磯崎新』に次のように記されている。

「それぞれの作品は、現場制作(in-situ)されます。Site Specificと呼ばれる形式です。内部空間の全要素(形態・光・素材・視点・時間…)が作品に組み込まれているので、観客はその現場に来て、中にはいって、体験してもらわなければなりません。全身体感覚をつうじて瞑想することが共通に期待されています。写真・印刷・ヴィデオなどの伝達メディアでは、この空間的なアウラをどれだけ伝えうるか、全部は無理でしょう。

建築家とアーティストが共同制作した空間的作品、それが未来の美術をコレクションし、かつ展示する唯一の手段であり、それが公共の施設として実現することに、このNagi MOCAの重要な意義があると考えます」 

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【大地の部屋】宮脇愛子『うつろひ—a moment of movement』。ステンレスのワイヤーの弧が連なり、水面にアメンボが進む波紋が生まれ、頭上からは鳥の鳴き声が聞こえてくる。「気配」そのものを作品化したようなインスタレーションが、美術館の最初の作品として出迎えてくれる。
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【大地の部屋】を抜けると、北棟ギャラリーには宮脇愛子による作品のコンセプトスケッチが展示されている。「虚空に線を描くかのように、のびのびとした自由な魂—中国語でいう『気』を表したいと願ったのでした」(展示キャプションより)。
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【月の部屋】岡崎和郎『HISASHI—補遣するもの』。北棟ギャラリーから左に進むと、岡崎和郎が「安らぎの場所」として手がけたインスタレーションに入っていく。三日月の形の空間の窓から、昼には豊かな光が差し込み、中秋の名月の月の軌道を正面にとらえる設計がされている。足音が空間に響く宇宙的な音響も体感してほしい。
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北棟ギャラリーには、岡崎和郎『HISASHI—補遣するもの』のコンセプチュアルなマケットも展示。

奈義町は全国的に無名の自治体で、開館当時で人口7000人超の小さな町だ。この先鋭的な美術館には当然、税金の無駄遣いだという住民の反対の声もあった。しかし磯崎は住民と対話を交わした。3つの恒久設置作品だけではなく、若手作家などが展示できるギャラリーを設け、流動的に企画を展開できるようにすること。住人にとって地域のシンボルである那岐山頂を望めるカフェを設けること。そうしたすり合わせをしながら磯崎は、開館から10年は辛抱してほしい、そうすればこのような形態の美術館が生まれ始め、Nagi MOCAはそのパイオニアになり町が注目されるから。その想定通り、10年後の2004年に金沢21世紀美術館と直島の地中美術館、2008年に十和田市現代美術館が開館し、Nagi MOCAは脚光を浴びている。そして地域のシンボルとなったNagi MOCAでは、地元の小中学校の課外授業も頻繁に実施され、子どもたちが文化やサステナブルな地域づくりについて学ぶ場としても重要な役割を果たしている。

近年はSNSの“映え”を求める来館者も急増したというが、スマートフォン越しに見て、フォルダに画像や動画を残して満足するのではなく、磯崎が望んだように「全身体感覚をつうじて瞑想する」ようにして空間に身を置いてほしい。アートを通して奈義町の豊かな自然を感じ、また自身の五感が開かれていくことを感じられるはずだから。

 

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【太陽の部屋】前室。北棟ギャラリーの左手。中央の筒の裏側に周り、中の螺旋階段を登ったところに【太陽の部屋】の空間が広がる。
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【太陽の部屋】荒川修作+マドリン・ギンズ『偏在の場・奈義の龍安寺・建築する身体』。 真南を向いたこの空間では、前方から襲ってくる光に目を慣らすと、左右と上下に対称でありながら縮尺の異なる造形が展開していることがわかる。
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京都の禅寺、龍安寺の石庭が壁面に広がる。さまざまなズレを通じて自身の身体感覚を再認識させる作品には、実際に身を置くことで多くの発見があるはずだ。

 

奈義町現代美術館(Nagi MOCA/ナギ・モカ)

岡山県勝田郡奈義町豊沢441
TEL:0868-36-5811
開館時間:9時30分〜17時
※入館は16時30分まで
休館日:月、祝日の翌日
※月曜日が祝日の場合は開館
入館料:一般¥700
www.town.nagi.okayama.jp/moca/index.html

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