アートに浸る岡山の旅へ。歴史的建造物でライアン・ガンダーの個展を楽しみ、「A&A」でアート作品に泊まる

  • 写真&文:中島良平

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『最高傑作』(2013年 サイズ可変 アニマトロニクス・アイ、センサー、コンピュータ 公益財団法人石川文化振興財団蔵 Courtesy the artist and le plateau, frac île‑de‑france, Paris. )とライアン・ガンダー。壁に埋め込まれたアニマトロニクスの漫画風の目玉、まぶた、眉毛が、鑑賞者に反応するセンサーを通じてランダムに表情を変える。

昨年3度目が開催されて活況を呈した国際現代美術展「岡山芸術交流」の開催地であり、アーティストが建築家と協働し、アーティストが思い描くホテルの概念をかたちにした1棟建ての宿泊施設「A&A(Artist&Architect)」が2019年より運営されるなど、現代アートのラディカルなコンテンツが生まれ続けている岡山。直島をはじめとする瀬戸内の島々にアクセスする玄関口でもあるこの場所の、かつての醤油蔵、旧福岡醤油建物を改修して誕生した「福岡醤油ギャラリー」を会場に、コンセプチュアル・アーティストとして人気を博すライアン・ガンダーの個展がスタートした(11月26日まで開催中)。懐中電灯で暗闇を照らしながら鑑賞する個展『アイムジャストレスティングマイアイズ』の意図などについて、来日した作家に話を聞いた。

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左のライトボックス作品が『ブルジョワジーをあっと言わせる(作家の蔵書の中の全ての窓から見た南の景色』(2023年 1485 x 2000 x 135mm 市販のバックライト付き広告用ライトボックス 作家蔵 Courtesy the artist and TARO NASU, Tokyo.)、右が展覧会タイトルにもなった『ちょっと目を休ませてるだけなんだ(壁との遭遇)』(23年 サイズ可変 作家蔵)。地下1階に降り、懐中電灯を手に真っ暗な空間を探索する。

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岡山が現代アートの目的地に

2016年に第1回が開催され、リアム・ギリック、ピエール・ユイグ、リクリット・ティラヴァーニャといった気鋭のコンセプチュアル・アーティストたちがアーティスティックディレクターを務めてきた『岡山芸術交流』。市内中心地の複数の会場で、観光客を惹きつける派手なアート作品に偏ることなく、思索や対話をもたらす上質なコンセプチュアルアート作品の数々を展示し、地域とアートのつながりを着実に深める役割を担ってきた。

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『岡山芸術交流 2022』に出品されたアピチャッポン・ウィーラセタクン『静寂という言葉は静寂ではない』(2022年)。芸術祭のテーマに「DO WE DREAM UNDER THE SAME SKY」という言葉が掲げられ、移動の困難になったコロナ禍で改めて個人の境界とつながりについて考えさせる作品の数々が集結した。

 
そして2019年に誕生した「A&A(Artist&Architect)」もまた、意欲的なホテルとして注目され、ミシュラン・ガイドでも「機能性よりデザインを重視、建築を楽しむホテル」として評価された。1棟建ての建物2棟よりなる「A&A」。1棟が「リアムフジ」。『岡山芸術交流 2016』をディレクションしたリアム・ギリックが、1931年に日本で生まれた気象学・気候学を専門とする学者・眞鍋淑郎の存在を知ったことに由来する。地球温暖化の研究にもたらした多大な貢献に敬意を示すために、眞鍋が気候分析から導き出した方程式の数々をモチーフとする建物を考えた。地球温暖化への危機感というシンプルな発想から生み出された、複雑な方程式の数々。「迷うこと」に関心があると話すマウントフジアーキテクツスタジオの原田真宏と対話を重ね、岡山名産の集成材CLTを組み上げた3層が入り組んだ建築を生み出した。

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「リアムフジ」外観 眞鍋淑郎が気候変動を研究しながら導き出した方程式が施されたファサード。
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「リアムフジ」の内部は、階段や梯子が入り組み、迷いながら空間を把握する体験型インスタレーションのよう。
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ベッドルームの天井のカーテンを開けると、夜空を眺めながら眠りに就き、朝には徐々に射し込んでくる陽の光により心地よい目覚めが味わえる。

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もう1棟が、ベルリンを拠点とするアーティストのジョナサン・モンクと、建築家の長谷川豪が手がけた「ジョナサンハセガワ」。日本三名園のひとつである後楽園を旭川の対岸に望む場所で、かつてこの敷地内にあったふたつの建物のかたちを再現し、新たに設計したもうひとつの建物をジョイントすることで完成させた。

アプローチを抜けて中に入ると、縁側を思わせる庭と一体化したような空間があり、軽く押すと回転して開く一枚板の忍者扉を抜けると寝室へと誘われる。低い天井と薄暗い照明により、柔らかく包み込まれるような感覚でリラックスできる空間だ。そして古い神殿を思わせる階段を上ると、バスルームがある。パノラミックなガラス窓からは旭川と後楽園を望むことができ、身長180cm以上あったとしても完全に横たわれるゆったりしたサイズのバスタブでは、浅めにお湯を張り寝転がって入浴できるので、全身を快適に休められて最高に心地よい。

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「ジョナサンハセガワ」のエントランス。庭と部屋は透明度の高いガラスで仕切られているので、シームレスに外の景色とつながっていながらも雨風や虫などの心配は無用。夜に電気を消し、暗い庭を眺めながら過ごす落ち着いた時間を味わってほしい。
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ふた間の寝室が忍者扉で仕切られている。
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手前が本文で触れたバスタブ。

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アンダーグラウンドにふさわしい展示とは?

ライアン・ガンダーの個展会場である福岡醤油ギャラリーは、「ジョナサンハセガワ」からほど近くに位置する。1階には、男女それぞれのさまざまな職業を表現したプレイモビール500体を、解体し混ぜ合わせて再構成した『主観と感情による作劇』(2016年)と、ガンダーの子どもたちが椅子やクッションを組み合わせ、上に布を置いて手がけたプレイハウスを写真に撮り、人造大理石で彫刻にした『ワタシは…(viii)』(14年)が並ぶ。

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1階展示スペースにて。「1階はプレイルームだね。もちろん作品に触れて遊ぶことはできないけど」とガンダー。

地下1階に下りていくと、鑑賞者は懐中電灯を手に取り、真っ暗な空間を照らしながら歩いて展示室を探索する。2021年にコロナ禍で東京オペラシティ アートギャラリーで開催予定だった個展が延期となり、代わりに同ギャラリーの収蔵作品展をガンダーが遠隔でキュレーションすることになったのだが、その時と同じ手法が採用された。「2021年はコロナ禍で来日できなかったので、懐中電灯を持って展示を巡る方法で鑑賞するのは自分にとっては初めての体験」と、興奮を隠さない。

「石川文化振興財団が所有する作品を中心に、地下空間で私の個展を開催したいとまず依頼を受け、このギャラリーの視察に来ました。地下なので窓はひとつもなく、真っ暗な空間です。近代から現代にかけての歴史を見ると、多くの偉大なポップミュージックやビートニクスの詩の表現、政治的な革命や解放運動の計画といったものは、地下で生まれてきました」

「地下は文字通りのアンダーグラウンドであり、カルチャーの進化に大きく貢献してきたオルタナティブな空間でもありました。地下空間でそんなことを考えていたら、アンダーグラウンドの面白さというのは『ディープ』なのではないかと思い浮かんだんです。深遠で本質的で高潔であると同時に、アヴァンギャルドで進歩的であること。最近は現代アートがあまりにメインストリームになってしまい、浅く表層的で、センセーショナルに注目を集めようとする側面が強くなっていると感じています。それよりもディープに、人の意識に語りかける展示を目指そうと考えました」

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『あなたをどこか別の場所に連れて行ってくれる機械』(2023年 サイズ可変 黒い箱、スチール、感熱式レシートプリンター、モーションセンサー 作家蔵 Courtesy the artist and TARO NASU, Tokyo.) ポジティブな未来を想像させる「装置」として機能する作品として手がけたように、ガンダーは前向きな意識と結びついた作品制作を心がけている。

地下であることが必然的であると感じられる展示とは? そう考えて生まれた懐中電灯を用いて作品空間を探索する展示構成。地下1階を歩き始め、右手の方向を目指すと新作が設置されている。手をかざすと、1枚のレシートのような薄い紙が出てくる装置だ。作品タイトルは『あなたをどこか別の場所に連れて行ってくれる機会』(2023年)。紙には、ランダムに25年未来までの日付と時間がプリントされている。

「未来に期待をもって、印字されたその時に自分が何をしていたいのかポジティブに想像できるようなタイムトラベルをイメージした作品です。運命は与えられるものではなく、自分が主体的に動くことで自由に決められるはずです。そんな自由な未来を表現した作品です」

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多様な対話を生み出すアート

もう一点の新作『ブルジョワジーをあっと言わせる(作家の蔵書の中の全ての窓から見た南の景色)』は、窓をモチーフに手がけた。子どもの頃は入院生活が長く、病室のひとつの窓のみで外の世界とつながっていて、窓を眺めながら色々な世界を想像していたという経験が作品に影響しているという。

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『ブルジョワジーをあっと言わせる(作家の蔵書の中の全ての窓から見た南の景色)』(2023年) ガンダーが所有する本から、窓の絵を集めてライトボックスに表現した作品。
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『観測所、あるいは悪いのはそれではなく、あなたが混乱しているだけ』(2011年 サイズ可変 ブロンズ、木 公益財団法人石川文化振興財団蔵 Courtesy the artist and TARO NASU, Tokyo.)と題された、ドガが描いたバレリーナをモチーフとする彫刻作品が、画面をフレーミングするカメラマンのようなポーズで『ブルジョワジーをあっと言わせる(作家の蔵書の中の全ての窓から見た南の景色)』を鑑賞している。「鑑賞される側の作品が、別の作品を鑑賞することになる関係性のねじれを生み出した」とガンダー。

 

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『ブルジョワジーをあっと言わせる(作家の蔵書の中の全ての窓から見た南の景色)』(2023年)部分

 

「外を眺め、そこから違う世界を想像できる象徴が窓だと思います。この作品で選んだ窓の絵は、日本やフランス、ドイツ、オランダなど様々な国の作家が描いたもので、異なる文化への窓口でもあります。人間の脳は本能的に、ふたつ以上のものが並ぶとそこに自分なりの関係性を見出し、新しいストーリーを生み出すことができます。この作品からは、文化も時代も超越し、鑑賞者によって様々なストーリーが紡がれると想像しています」

窓の絵がグラフィカルにレイアウトされているが、並べる順序によってストーリーを紡いでいるわけではなく、あくまでも鑑賞者に委ねられている。「鑑賞者それぞれのイマジネーションによって、ハッピーな話も悲しい話も、セクシーな話も犯罪がらみの話も生まれるはずです」と、窓がもつ象徴的なイメージ、意味合い、機能が想像を誘発すると考えてこの作品は生まれた。地下の真っ暗な空間にひとつだけ光源をつくり、作品自体もこの展示の窓となる二重の意味合いが込められている。

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『2000年来のコラボレーション(予言者)』(2018年 サイズ可変 アニマトロニクス・マウス、オーディオ 公益財団法人石川文化振興財団蔵 Courtesy the artist and Künstlerhaus, Halle für Kunst & Medien, Graz. ) アニマトロニクスのネズミの彫刻。チャップリンの映画『独裁者』の演説シーンをベースに、人間になりたがる動物の思いをシナリオ化。制作時に9歳だったガンダーの娘が朗読した音声と、ネズミの動きとが結びついたインスタレーションだ。

「私が考えるいいアートというのは、鑑賞者に独自の物語を生み出させる力を備えたものだと考えています。もし私が丁寧にストーリーを紡いでしまったら、それはコミュニケーションに過ぎない。アートには余白が必要で、その余白が十分にあることで、鑑賞者が自分の認識や想像力を働かせることができます。そうすると、別の人との新たな対話も生まれます。それこそがアートのいいところではないでしょうか」

そうした話の流れから、喩えとして「スポーツジム」という言葉が出てきた。

「スポーツジムに行くと、大勢の人がそれぞれトレーニングをしていて、いい具合のヴァイブスが人々の間に共有されています。階級もジェンダーも人種も異なる人たちが集まり、プログラムもそれぞれかもしれないけど同じようにエクササイズをしている。何かがシェアされているんです。アートの展示を見ることは、スポーツジムで脳のトレーニングをするようなものだと思っています。イマジネーションのエクササイズとも言えるかもしれません」

「過去の偉大な古代文明に目を向けると、共通して人々の集合体を組織することが重視され、社会を形成することで文明が生み出されてきました。個人のアイデンティティが集合体から分離して、経済的成功ばかりを望む意識が蔓延した現代のようなクレイジーな時代において、アートが機能するとすれば、そうした集合体の意義を問い直し、新たに形成できるキャパシティを取り戻させることだと思っています。個人の脳内に起こった個別のできごとがアートとして表現され、それを軸に対話が生まれれば、それこそがアートの素晴らしい要素だと思っています」

コンセプチュアルに本質と向き合い高潔であること。モチーフは漫画かもしれないし、おもちゃかもしれない。しかしその背景には、自分の想像や思考がどのように広がるか、世界を認識する能力にどれだけ働きかけられる力を備えているか、というアートの条件に対する強い考えがある。ライアン・ガンダーの作品を前に、そのメッセージに耳を傾けることから一歩踏み出し、能動的に作品と対話をしてストーリーを生み出そうと試みてほしい。懐中電灯を手にした能動的な展示との関わり方が、アートとあなたの対話をもう一段階“ディープ”にしてくれるはずだ。 

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『ちょっと目を休めているだけなんだ(壁との遭遇)』(2023年 サイズ可変 作家蔵) ガンダーの両親が友人の家に出かけ、夕飯を食べてワインを飲んだ父はソファでうつらうつらしながら、起きなさいと叱る母に対して「ちょっと目を休めているだけなんだ」と口癖のように言っていたという。視覚的な刺激にあふれた現代社会で、過剰な情報に疲れたら目を閉じ、ガンダーの父に倣ってこの言葉を言ってみてもいいかもしれない。

ライアン・ガンダー個展
『アイムジャストレスティングマイアイズ
(ちょっと目を休ませてるだけなんだ)』

開催期間:2023年7月15日(土)〜11月26日(日)
開催場所:福岡醤油ギャラリー
岡山県岡山市北区弓之町17-35
TEL:086-235-8020
開館時間:10時〜17時
※展示室入場は閉館の30分前まで
休館日:月
※祝日の場合は開館し、翌日休館
入館料:一般¥1,500
https://fukuokashoyu.org

A&A(Artist&Architect)

TEL:086-206-2600
info@a-and-a.org
https://a-and-a.org

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