100年続くブランドの秘訣と次なる一手とは? イタリアのハイジュエリーメゾン、ダミアーニ社長インタビュー

  • 写真:今井裕治
  • 文:小暮昌弘
Share:
コロナ禍を経て、今回6年ぶりの来日を果たしたグィド・ダミアーニ。手元に光るのは、ダミアーニの人気コレクション「ゴミトロ」のアップルウォッチカバーとバングル。

来年で創業100周年を迎えるイタリアの高級ジュエリーブランドであるダミアーニは、北イタリアのピエモンテ州ヴァレンツァで創立。初代のエンリコ・グラッシ・ダミアーニは腕のいい職人であり、ジュエラーだったと聞く。彼の製作した作品は当時の王侯貴族をはじめ、多くのセレブレティから絶大な支持を受け、大成功を収めた。

コロナ禍も収束し、6年ぶりに社長のグィド・ダミアーニが来日。3代目としてメゾンを牽引する彼に、ダミアーニとして大切にしているものづくりへの情熱、そして記念の年を来年迎えるにあたっての抱負を訊いた。

---fadeinPager---

高級宝飾づくりの街とダミアーニ家の一族によって積み重ねられたブランドの歴史

_DSC0074.jpg
1996年に登場した、ブランドを代表するアイコンジュエリー「ベル エポック」。フランス語で「よき時代」を意味するこのコレクションは、創業者のエンリコ・グラッシ・ダミアーニが創業間もない頃、旅行で訪れたパリに感銘を受けてつくった名品「カスケード」へのオマージュから誕生した。リング ¥3,575,000、ネックレス¥3,003,000

創業者エンリコ・グラッシ・ダミアーニによって、ブランドが創業されたのが1924年。来年で100周年という記念の年を迎えるが、現在、創業者一族によって経営されているジュエラーはイタリアではこのダミアーニだけだという。

「私は文字通り、ジュエリーに囲まれて育ちました。私たちの住まいは上の階に住居があって、下に降りていくと仕事場があるというつくりになっており、学校から帰ると仕事場を必ず通るのです。ゴールドのインゴッド、宝石、あるいはダイヤモンドに囲まれて遊んで育ちましたよ(笑)」

そう語るのは3代目で同社の社長を務めるグィド・ダミアーニ。子どもの頃から父の仕事が好きで、いつかは父と一緒に仕事をすることを望んではいたが、「ダミアーニの息子」と周りから言われたくなかったため、大学卒業後は父親の会社には入らずに別の会社に就職口を見つけた。

「それは完全な自立でした。1ユーロも親からもらうことなく、なんの後押しもなく会社に入ったのです。バカンスに行くのも、クルマを買うのも自分のお金で。それが私にできるかどうか、試してみたかったのです」

_DSC0006.jpg
グィド・ダミアーニ●ダミアーニ3代目代表取締役社長。大学では社会学と社会組織学を学ぶ。卒業後は自分の力を試そうとあえて業種が異なる不動産会社に就職。26歳でダミアーニに戻り、国内の販売ディレクターとして仕事をスタート。現在は長女シルヴィア、次男ジョルジョとともにダミアーニを経営し、グィドは代表取締役社長を務める。

グィドが入った会社は不動産業。そこで彼は成功を収めるが、26歳の時に父親や家族の強い勧めもあってイタリア国内の販売ディレクターとしてダミアーニに戻ってくる。しかし入って1年ほどで突然父親が急死。以来、母親とふたりの兄弟たちとダミアーニの経営を続けてきた。

「ダミアーニのいちばんの特徴は私たちの歴史だと思います。祖父は自らジュエリーをデザインし、職人として自らの手でつくってきました。私たちのファミリーはジュエリーづくりのノウハウと情熱を受け継いでいます。また創業の地、バレンツァの存在も重要です。バレンツァは高品質なジュエリーづくりの産業集積地です。ご存知ですか、多くの国際的なジュエリーブランドがバレンツァで製品をつくっていることを。祖父も、父も、私も、ここで生まれ、いわば高級宝飾づくりの空気を吸って育ってきたのです。その家族だからこそ成しえる仕事があるはずです。そしてそれがダミアーニを比類のないジュエリーブランドにしているのだと思います」

---fadeinPager---

美しいものに囲まれ、人生を楽しもうとするイタリア人

_DSC0065.jpg
ジュエリー界のアカデミー賞と呼ばれる「ダイヤモンド・インターナショナル・アワード」を世界最多の18回受賞するなど、独創的なデザインと職人のクラフトマンシップが世界的に評価されている。 ネックレス(左)¥613,800、ネックレス(中央)¥246,400、ネックレス(右)¥613,800、リング(左下)¥328,900、リング(上)¥737,000、リング(右下)¥583,000

ダミアーニがイタリアで誕生したことも重要だったとグィドは力説する。イタリアは長靴のような格好をした小さな国だが、美しい自然に囲まれた国だ。イタリア人は古代ローマやルネサンスなど、古くからの芸術や美術作品に囲まれて育ってきた歴史も誰もがもっている。

「ファッションでも家具でも、クルマでも、品質やデザインのよいものをつくろうとすれば、イタリアに行き着くでしょう。それにおいしいワインやピザ、トリュフもある。そういうおいしいもの、美しいものに囲まれて“人生を最高に楽しみましょう”というのがイタリア人の気質です。そういうイタリア人がつくるジュエリーが美しくないはずがないでしょう」とグィドは笑う。

近年、ダミアーニが大きく飛躍するきっかけとなったのは兄弟と一緒に開いた直営のショップにあるとグィドは断言する。イタリアではミラノのヴィア・ナポレオーネやヴィア・コンドッティに、東京でも銀座といった目抜き通りに直営店を次々とオープンさせた。

「ジュエリーのブランドとして、広告で初めてアンバサダーの起用したのもダミアーニですよ。イザベラ・ロッセリーニ、ブラッド・ピット、ソフィア・ローレン、シャローン・ストーン、グイネス・パルトロゥなど。日本では中田英寿さんもアンバサダーに。彼とはイタリアの我が家で一緒に夕飯を食べたばかりなんですよ」

---fadeinPager---

創立100周年に向けて、ダミアーニのネクストステージへ 

_DSC0113.jpg
「日本は個人的にも大好きな国ですが、コロナ禍もあってようやく来日の願いが叶いました。これから数年かけて日本でのダミアーニを大きく成長させたいと思っています。そのためにはさまざまな企画を立てることが重要で、その準備もあって来日しました」と語るグィド・ダミアーニ。

ダミアーニにとって日本は重要な市場だとグィドは力説する。日本の消費者は美意識が高く、品質を注意深く評価するからだ。またブランドを名前だけで評価するのではなく、手作業か、細工はどうかなど、どのようにして生まれてきたかなど、ジュエリーに関するすべてのことに注意を払う傾向があるという。しかしそうした傾向はダミアーニにとっては、逆に素晴らしいことでもある。自らの技術や素材などに対して絶対的な自信をもっているからだ。

「創立100周年は私たちにとっては大きな喜びであり、満足感を覚えます。次の100年に向かっては、直営店のロケーションをさらによく、そして広くしようと取り組んでいます。カテゴリー的にはブライダルコレクションの品揃えも豊富にしていきたいと考えています。また腕時計のコレクションをもっと充実させたいですね。ダイヤモンドを使ったジュエリーウォッチから機械式のコンプリケーションウォッチまで、ジュエリーに続くアイテムとして時計を育てていきたいと考えています」

_DSC2394_1F.jpg
ブランド創設90周年を迎えた後、2015年にオープンした銀座7丁目の「ダミアーニ 銀座タワー」。ブティックとオフィス機能を集め、全9階からなる建物は、世界のダミアーニブティックの中でも最も大きい店舗のひとつだ。

ダミアーニの腕時計といえば、繊細で華麗なジュエリーウォッチが代表作として思い浮かぶが、近い将来に向けて、男心を満たすような複雑機構を搭載した腕時計の開発も構想しているというグィド。100年の歴史の中で高い品質とデザイン性で我々を魅了してきただけに、次はどんな驚きを見せてくれるのか。イタリアの美を謳うダミアーニのこと、高級時計ファンにも期待の一本となるはずだ。

 

問い合わせ先/ダミアーニ TEL:03-5537-3336
https://www.damiani.com/ja_jp

 

関連記事