映画はだれかの人生を描く。人生の断片を切り取り、それを2時間弱のフィルムにおさめる。この映画は1980年代のパリに住むある家族の7年間を切り取った。2020年代の日本に住む我々とは遠い世界の話に思えるかもしれない。それでも不思議と、見終えたあとはこの家族がいとおしくてたまらなくなる。気付けば、登場人物たちの味方になってしまう。そんな魅力がこの映画にはある。
映画は1981年のパリから始まる。ミッテラン大統領が当選し、歓喜にわくパリ。舞台はすぐに1984年にうつる。主人公のエリザベート(シャルロット・ゲンズブール)は、夫の裏切りによってシングルマザーになる。息子のマチアス(キト・レイヨン=リシュテル)と、娘のジュディット(メーガン・ノータム)との三人暮らしだ。息子のマチアスは勉強に身が入らず、ノートに詩を書きためている。
エリザベートは初めての仕事を始めるが、すぐにクビになってしまう。次に応募したのは、ずっと聞いていた深夜ラジオの電話番。正式に採用され、働き始める。
ある日、タルラ(ノエ・アビタ)がラジオのスタジオを訪ねてくる。収録後、エリザベートは外でたばこを吸うタルラを見つける。行く当てがなく、カフェが朝に開くのを待っていた。エリザベートはタルラを放っておけず、家に連れて帰る。
タルラは煙草をふかし、革ジャンを着た少しパンクな18歳の女の子。大きい瞳がチャームポイントだ。タルラと息子のマチアスはすぐに仲良くなる。
ある夜、タルラとマチアスは橋の欄干に座って語り合う。酒の取り合いになり、マチアスは川に落ちてしまった。タルラは追いかけて川に飛び込む。映画で男女が川に飛び込んだら、もちろん恋が始まる。「恋に落ちる(fall in love)」ことの分かりやすいメタファーである。焚火にあたる二人が寄り添う姿はいとおしい。映画的で、とても素敵なシーンだ。
なんとも爽快で甘い「ボーイ・ミーツ・ガール」が始まったと思った途端、映画は意外な展開をみせる。人生はそんなにうまくいかない。マチアスの眼差しに、胸がきゅっとなる。
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主人公のエリザベートはとても多面的に描かれている。ミカエル・アース監督は「人生において、人が一面的であることはほとんどありません。エリザベートは、傷つきやすい一方で、断固としてしっかりしていて、明晰でありながらナイーブでもあります」と語っている。
分かりやすいキャラクターではない。だが、確かな手触りのあるキャラクター造形となっている。シャルロット・ゲンズブールの演技はとても繊細だ。彼女が周囲のひとを大切にしながら、優しくかつ力強く生きていくさまは、見ていて勇気がもらえる。
ミカエル・アース監督はこうも語っている。
「私は主題に支配されていないような映画が好きです。人生が映画の主題であって、映画が主題の人質にはなってはいけないと思うからです」
この映画はとても重層的に作られている。エリザベート、マチアス、ジュディット、タルラ。それぞれの人生が交錯した7年間は、単純な言葉では言い表せない日々だった。だからこそ、「人生が映画の主題」なのである。複雑で繊細だけど、爽快でとってもいとおしい家族の映画である。
『午前4時にパリの夜は明ける』
監督・脚本/ミカエル・アース
出演/シャルロット・ゲンズブール、キト・レイヨン=リシュテル、ノエ・アビタ、エマニュエル・べアールほか
2022年 フランス映画 111分 4月21日(金)より、シネスイッチ銀座、新宿武蔵野館、渋谷シネクイントほか全国順次公開
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