目黒駅近くの交差点。人目を引く女性の姿があった。チャンピオンのクレイジーカラーのスウェットにブラックジーンズといういでたち。パンツの丈は少し短めで、黒のタッセルローファーを合わせていた。遠巻きにその女性を見た僕は心から安堵した。ああ、彼女が出演してくれることになって本当によかった、と。
彼女とは『大阪古着日和』のヒロイン・ナナ役を務めた花梨さん。その日は映画の撮影で使用するカメラやレンズのテストを兼ねた花梨さんの稽古日だった。集合場所にほど近い交差点の信号待ちで、花梨さんと一緒になったのだ。
僕がナナ役に望んだことのひとつは「古着が似合う佇まい」だった。服が好き。古着が好き。それでいて“着こなせる”人を探していた。『大阪古着日和』は、その人のファッションへの姿勢が透けて見える映画になる気がしたからだ。ファッションをテーマのひとつに据えた映画であるからには、本気で“服と向き合う人”が集結する作品でありたい、と願った。
花梨さんはモデルとして活躍するかたわら、コラージュアーティストとして海外の映画とコラボしたり、MVのアートワークを手がけたりと、アートの世界でも注目を集めている。そうした花梨さんが有する佇まいや世界観をスクリーンにも映したかったので、演技でも「そのままの花梨さんで」とお願いした。ただし、ぶっつけ本番が身上の『大阪古着日和』ではあるものの、映画初出演、演技もほぼ初経験の花梨さんだけは、準備をして撮影にのぞんだ。
いくら稽古をしてもしたりないといった感じの花梨さんだったが、本番の日を迎えるとそんなことはおくびにも出さず現場に立って、実に堂々と森田さんや光石さんと対峙した。後日談では花梨さん曰く、「撮影中ずっと緊張してました。森田さんがシーンの合間で、私の練習相手になってくださって。本当にいろいろ助けていただきました」とのことだった。
ふたりのシーンでは会話もさることながら、ふたりの“歩く様子”が、描きたかったことの一部でもある。歩いたり、散歩したりに、その人の個性やふたりの関係性が表れる、と思っているからだ。
共演ということでいえば、花梨さん演じるナナと、光石さん演じる六で、寸劇を行う場面がある。そのシーンはさらば青春の光のネタ『娘さんをください』のオマージュでもある。この場面で光石さんはナナの叔父としての立ち位置を、その演技一発で見事に示した。
花梨さんも叔父の独特のテンションを全身で受け止めることで、叔父との“いい距離感”を表現してみせた。こんな姪っ子がいたらさぞ楽しいだろうなと感じた。そしてこの作品にナナが、つまり花梨さんがいてよかった、と心から思った。
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谷山武士
山口県生まれ。ドキュメンタリーからドラマ、ファッションから食と、ジャンルを横断して活躍。映像作品に『東京古着日和』、著書に『パイナップルぷるぷる本』『くるま』などがある。二玄社にて雑誌『NAVI』編集記者、雑誌『助六』編集長を経て、2008年に株式会社ブエノ(TT BOOKS & FILMS)を設立。現在は映像制作を中心に活動。雑誌や書籍の編集者出身という映像作家としては異色の経歴の持ち主。