今月のおすすめ映画①『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
別次元を行き来するアクションに、“クィア”な魅力も含んだ異色作
経営するコインランドリーの確定申告……という日常的な風景から、独創的な映像表現でたちまち奇想天外な世界へと私たちを連れて行ってくれるのが、若き俊英ダニエル・クワンとダニエル・シャイナートの「ダニエルズ」による『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』だ。
確定申告のために国税庁を訪れたエヴリンは、「別の宇宙からきた」と言う夫のウェイモンドから、巨大な敵ジョブ・トゥパキを倒してほしいと使命を受ける。カンフーをはじめ、別次元の自分がもつ能力を借りながら敵と闘うことになるエヴリン。そのためにはできる限り奇妙だと思われる行動を取り、別次元へと移動する「バース・ジャンプ」を成功させなければいけない。さらに、敵はエヴリンの娘ジョイの姿をしているため、その闘いは困難きわまりない。
本作はそんなアクション映画でもあるが、他方クィア映画でもある。エヴリンは保守的な父親に娘の恋人を「友達」と紹介してしまうなど、レズビアンの娘を全面的に受け入れているとは言い切れない。エヴリンの闘いは宇宙の平和を守るものであるが、娘を受容するための自分自身との闘いでもある。別次元のエヴリンは女性と親密な関係を紡いでおり、男性と夫婦関係を営むエヴリンのもしかしたらありえたかもしれない生き方が提示されているのもまた、この物語の“クィア”な魅力だろう。
「人生をやり直せたとしてもきっと何度でもこの道を歩んだだろう」と自分の人生を肯定させてくれる映画か? あるいは、「いま歩むこの道以外にもきっとあらゆる可能性が秘められている」と夢想させてくれる映画か? 本作はその両方を、予測不可能な映画の魔法で同時に実感させてくれる、稀有な作品だといえるかもしれない。
『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
監督/ダニエル・クワン&ダニエル・シャイナート
出演/ミシェル・ヨー、ステファニー・スーほか
2022年 アメリカ映画 2時間20分 3/3よりTOHOシネマズ 日比谷ほかにて公開。
※公開時期・劇場などが変更される可能性があります。
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今月のおすすめ映画②『ワース 命の値段』
一人の弁護士の視点から描く、遺族への補償金を巡る物語
2001年9月11日、アメリカで起きた同時多発テロの被害者と遺族へ補償金を分配するプロジェクトの管理者に任命された実在の弁護士ケン・ファインバーグ。命の値段は、それぞれに異なるという。「汚れ仕事」を自ら買って出た彼は、ひたすら計算式に従って数字を打ち込む。しかし、法律では家族と認められない同性カップルや秘められた隠し子の存在など、規則からこぼれ落ちてしまうストーリーたちが、やがてケンに変化をもたらしてゆく。
『ワース 命の値段』
監督/サラ・コランジェロ
出演/マイケル・キートン、スタンリー・トゥッチほか
2019年 アメリカ映画 1時間58分 TOHOシネマズ シャンテほかにて公開中。
※公開時期・劇場などが変更される可能性があります。
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今月のおすすめ映画③『エッフェル塔~創造者の愛~』
建設の過程にはなにがあったのか?史実をもとにしたラブストーリー
誰もが知っているパリの観光名所「エッフェル塔」を巡る物語。自由の女神で一躍名声を集めた実在の人物ギュスターヴ・エッフェルは、いかにしてエッフェル塔完成までの道を歩んだのか──。史実を基にフィクションも織り交ぜながら、建設過程のドラマとラブストーリーが並行して描かれてゆく。夕焼けに染まる空と建設途中のエッフェル塔を背景にして、ギュスターヴと彼の最愛の恋人が抱きしめ合うロマンティックな映像に魅せられる。
『エッフェル塔~創造者の愛~』
監督/マルタン・ブルブロン
出演/ロマン・デュリス、エマ・マッキーほか
2021年 フランス・ドイツ・ベルギー合作映画 1時間48分 3/3よりヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて公開。
※公開時期・劇場などが変更される可能性があります。
※この記事はPen 2023年4月号より再編集した記事です。