椅子研究家、織田憲嗣の自邸を訪ねて 【前編】

  • 写真:前田 景  文:高橋美礼   
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織田憲嗣(おだのりつぐ) ●椅子研究家・東海大学名誉教授・東川町文化芸術コーディネーター。1946年高知県生まれ。大阪芸術大学卒業後、髙島屋宣伝部にイラストレーター、グラフィックデザイナーとして勤務。2015年東海大学名誉教授、15年から東川町文化芸術コーディネーターに着任。1997年デンマーク家具賞受賞、2012年デンマーク/フィン・ユール協会名誉理事、2015年第1回ハンス・J・ウェグナー賞受賞。現在北海道東神楽町の森の中の自邸で暮らす。

3月1日から日本橋髙島屋にて、『ていねいに美しく暮らす 北欧デザイン展』が開催される。北欧の名作椅子やインテリアアクセサリー、食器など300点以上にも及ぶ展示品は、北海道東川町が所有する「織田コレクション」の再構成であり、椅子研究家である織田憲嗣さんが、実際に使いながら検証し、考察を重ねてきた世界的に貴重なものばかりだ。いまも名デザインに囲まれて暮らす織田さんの自邸で、アートとデザイン、暮らしと研究について伺った。
 
北海道、旭川空港のすぐそば、晴れの日には大雪連峰の旭岳まで見渡せる森の中に、織田さんの自宅はある。大阪の髙島屋宣伝部に勤務していた当時から収集を始めた名作椅子とともに移住し、豊かな自然に囲まれた自邸を構えて21年目。契機となったのは、旭川を代表する木製家具メーカー、カンディハウスの創業者である長原實さんからの誘いだったそうだ。
 
「1989年に名古屋デザイン博覧会で、僕は初めて『デンマーク180脚の椅子展』という展覧会をしたのですが、たった5日間の催事だったにもかかわらず大盛況で。そのときに長原さんが来られたのがきっかけとなり、その後、旭川市内に椅子のミュージアムをつくりたいと考えているからもってこないかと声をかけていただきました。しかし、そう簡単には話が進まず、いろいろな理由から実現できずにいたところ、最終的に東川町の町長が地域の文化遺産として捉えてデザインミュージアムを形にしようと言ってくださいました。日本は先進国で唯一、デザインミュージアムをもたない国ですから、僕としては日本につくりたい気持ちが強くありました」

 

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織田さんのご自宅は東西方向の軸線に揃えてすべてのレイアウトが決まっている。ストーブ(写真右手前)からポール・ヘニングセンのペンダント照明「PHアーティチョーク」から「PH5」へ続くセンターラインに合わせて、ジャン・フランコ・フラッティーニのライティングデスクを配置。フィン・ユールの「チーフテンチェア」は4つの工房で製作されたすべてをコレクション。
 


織田さんのコレクションは現在、椅子は1400脚種類以上、照明類は150種類以上、テーブルウェア類が約4000点、他にも多数の木製の玩具やオーナメント、そしてカタログや書籍などの資料は20000冊以上にものぼる。椅子や家具類は自宅で使用しながら所蔵する以外に、東川町の旧役場施設を専用の倉庫として整備し、保管している。
 
「自宅は言わば、家具ありき、の設計です。所有している椅子やテーブル、照明類の中から日々の暮らしで使っていきたい家具を1/100サイズで描き、それらをどうレイアウトしていくかを考えながら図面に落とし込んでいったのです。まずは家の中心になる軸、つまり壁の中心からセンターラインを定めてから扉の位置や暖炉の配置といった構造を決め、家の南北方向の天井の梁の中心軸に揃えて照明器具の配置を決めてから、ソファや家具をそのセンターラインに合わせて置くようにしました。空間に軸線をもたせることで混乱をきたさないレイアウトをしています」 

 

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冬でも陽射しが暖かいサンルームには、ボーエ・モーエンセンのデザインによるTVソファが。テキスタイルは、モーエンセンとハンス・ウェグナーとの強い信頼関係にあったリス・アルマーの作。 

 
椅子研究家である織田さんにとって、すべてのコレクションは研究対象だ。椅子に限らず、入手したものはすべてまず、自宅で身近に置きながら使用感や機能性、造形的な特徴を確かめる。 
 
「購入したものは東川町の倉庫で受け取った後、必ず僕自身が使ってみます。どんなに貴重で、世界に1点しか存在しないものでも、実際に使ってみないとわかりませんから。例えば、フィン・ユール邸のために1点だけ作られた2人がけのソファは、ユールさんが亡くなった後、奥様のハンナさんから譲り受けた大切なものですが、普段からくつろぐ場所に置いてあります。 
研究のための専門書はたくさんありますし、デザイン評論も多く出版されていますが、それを書いている人たちが実物をお使いになった上で論じているのか、参考文献から引用しているだけなのか、というところに大きな差が出ますね。

つい先日まで、テレビの前にはボーエ・モーエンセンの3人がけソファを使っていたのですが、背と座面の関係性やクッション内部の劣化も影響して、とてもじゃないけど使い続けられないと判断して倉庫へ戻しました。

しかしそうやっていろいろ経験してみると、座ったとたんに体がくつろぐ感覚で心地よいのは、ハンス・ウェグナーの椅子ですね。彼は椅子職人からスタートし、自分がデンマーク人として平均的な体型だったということもあり、自らを被験者として椅子の製作にあたっていましたから、とても機能的に完成しているのです。」

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織田さんの書斎。フィン・ユールのデスクは革張りの天板もオリジナルのまま。手前には、エリック・グンナー・アスプルンドが夏の家のためにデザインしたソファとテーブル。フィン・ユールが1970年にデザインした世界に1脚しかないプロトタイプまである。

 「寝椅子で良いなと感じるのは、ブルーノ・マットソンです。本当に素晴らしい。ル・コルビュジエのシェーズロング、ハンス・ウェグナーやポール・ケアホルムのハンモックチェア、といろいろありますがマットソンが優れています。彼は椅子における機能性を終生、追求し続けたデザイナーです。座面の角度を変えてみたり試行錯誤を経てたどりついた形は最高ですよ。これ以上のシェーズロングはないですね。そういったことは使ってみないと得られない実感です」 
 
日々、触れるものや目にするもの、体全身で味わうようなデザインとの向き合い方は、長年の研究への熱意が築き上げた結果だ。世界中で量産されてきた多数の家具やインテリアオブジェから選び抜く審美眼には、後世へ残さなければならないという使命感も込められている。 

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魚のオブジェは、ケルッツ・オルミネンのデザイン。ヌータヤルヴィで製造されたもの。オイバ・トイッカのガラス製バードに対して、魚のシリーズを発表した。その後ろ、ロバート・ヴェンチューリの椅子のミニチュア版はコレクションと同じ種類が揃っている。 

 北欧デザインを中心とする織田さんのコレクションは、実用的かつ歴史的な節目に登場した名作ばかりではない。心地よい暮らしの空気は、数々のアート作品、とりわけプリミティブな品々とモダンデザインとの共存がもたらしていると織田さんは話す。 

※後半へ続く

『ていねいに美しく暮らす 北欧デザイン展』

会期:2023年3月1日(水)~3月21日(火・祝)
会場:日本橋髙島屋S.C. 本館8階ホール
開館時間:10時30分~19時30分 ※3月21日(火・祝)は18時まで。入場は閉場30分前まで
入場料:一般¥1,000
※4月20日〜5月7日までジェイアール名古屋タカシマヤ、8月9日〜20まで大阪髙島屋にて巡回予定
www.takashimaya.co.jp/store/special/hokuou/index.html