椅子研究家、織田憲嗣の自邸を訪ねて 【後編】

  • 写真:前田 景  文:高橋美礼   
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椅子研究家、織田憲嗣さんの自邸には、貴重な研究資料であり収蔵品でもあるモダンデザインの家具に加え、種々のアート作品が調和するように配置されている。国や時代が異なっても、織田さん自身が選び抜いたという点で一貫した存在感を放つものばかりだ。その中には、作家名に頼らない、世界各国の土地に伝わる文化や技法から生み出された道具や民芸品も多い。

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ダイニングコーナーにある1940年代に作られたフリッツ・ヘニングセンのキャビネットの上には、アフリカで使われていた穀物倉庫のための木製の鍵。無銘のものにも彫刻的な美しさを見出す織田さんの視点が、モダンデザインとプリミティブアートを結びつける。

「プリミティブなものには、無意識な美を感じます。そういった作品を作る人々は、どれだけ大量に生産していくらで売って儲けよう、と計算しながらではなく、例えば自分たちが属するコミュニティの中で受け継がれてきた美意識と様式に従って作っているわけですね。例えばダイニングのキャビネットに飾ってあるのは、穀物倉庫のための鍵。木製で、スライドさせてロックする構造のものです。しかし、装飾部分が人の頭のようになっていたり、尖塔のような凝った彫り込みがしてあったり、と現代美術の彫刻作品として見てしまうほど完成された形をしています。西アフリカのブルキナファソで作られた祭事のための大きなマスクなども同様に、アフリカの民藝とも呼べる、日常生活から生み出されたヴァナキュラーなものが好きで、自宅にもたくさんあります。とある民の生活の中から生まれた無意識の美に惹かれるのです」  

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サンルームの吹き抜けに吊るされているインドネシアのカヌー。

 

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カトラリーのコレクションには旧石器時代に使われていた小さな槍も、ジョージ・ジェンセンのシルバーとともに収まっている。

 
「1920年代から30年代にかけて、アフリカンアートがもつプリミティブな美しさは、モダンアートやデザインの分野に多大な影響を与えました。パブロ・ピカソの彫刻作品にもアフリカ風のものがたくさんありますよね。デンマークでもアフリカを思わせる家具が作られた時代です。

この家にあるものは、時代も地域も雑多です。ひとつだけ共通していのは、僕自身の目で選んだということ。他の人のセンスで取り入れたものではないということです。

こうして並べてみると、旧石器時代の道具も現代の道具も、とても形が似ているでしょう。ルイス・サリバンの『形態は機能に従う』という名言があるように、優れた造形は機能性と表裏一体。その事実は時代や場所を問わず普遍的なのだと考えさせられます」 

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リビングにあるカップボードのひとつは、コーア・クリントのデザイン。その上に、ヴィルヘルム・ワーゲンフェルトのテーブルランプ、ティーポットとコーヒーポット、シュガー、ミルクのセットをディスプレイ。 

リビングにある、コーア・クリントがデザインしたカップボードに目を向けると、ヴィルヘルム・ワーゲンフェルトのテーブルランプ、その隣には1990年代終わり頃にイギリスで購入したステンレス製のティーポット、コーヒーポット、シュガー、ミルクのアールデコ風な趣のセット。それを乗せてあるのはアレッシィのトレー。デンマーク、ドイツ、イギリス、イタリア、と異なる国で生まれたデザインも、織田さんのコーディネートによって独特な魅力が引き出される。
 
「自宅にあるもののほとんどが、ヴィンテージです。例えばリビングに配置してあるキャビネットは、1930年にデンマーク家具デザインの父、と呼ばれるコーア・クリントがデザインしたもので、現在はワシントン条約によって取引が禁止されている木材、マホガニー、ブラジリアンローズウッドが使われています。当時はこういう素材をぜいたくに使って、高度な職人技によって家具が作られてきました。質の良い材料を適切に加工できる職人とデザイナーとのコラボレーションが理想的に行われていた、そういう痕跡をおろそかにしてはいけないんです」 

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地下室は書物庫として貴重な文献がびっしりと収められている。特に海外のメーカーが発行するカタログ類は数十年経つと世の中に存在しなくなってしまうため資料として大切に保管。 

  
日本橋髙島屋で開催される「ていねいに美しく暮らす 北欧デザイン展」では、こうした織田さんの審美眼を通して、北欧の有機的で美しいデザインに改めて触れることができるはずだ。出展品は半世紀前にデザインされたものが中心で、現代では職人の技術が失われてしまって作られなくなった家具なども含まれる。 
 
「展覧会の意味はいくつかありますが、ひとつは、バーチャルではなくリアルにものを見てもらいたいという気持ちがあります。現代ではリアルでものを見る機会が少なくなってしまい、人と製品との接点が希薄になってしまっています。半世紀以上前からこれほど素晴らしいものがあるということを、ご自分の目でみていただいて、感じ取っていただきたい。

そして、それらが生まれた背景に思いをはせてほしいですね。1800年代に北欧諸国ではいろいろな職能団体が生まれています。例えばデンマークのキャビネットメーカーズギルドや、スウェーデンテキスタイル協会のように。しかし当時は富裕層向けでした。そうではなく、もっと一般庶民が使えるものこそ美しくて、機能的なデザインであるべきじゃないか、暮らしの中にもっと美を取り入れようという、潮流が生まれた。グレゴール・ポールソンは1919年、書籍『より美しい日用品』をスウェーデン手工芸協会の展覧会用に出版し、日用品をより美しく、というスローガンで生活文化を高める提案を広めました。ありとあらゆる日用品を美しく、暮らしの中にもっと美を、と。そして仕事よりも、自分達の暮らしをもっと大切にしようという主張です。

これには北欧諸国での、女性の社会進出も深く関係しています。仕事から帰ってから家事をしなければならないので、夫も子どももみんなで家事を分担するようになるわけです。つまり、家族みんなが生活者の視点をもっている。メーカーの社長も生活者の視点を持っているから、暮らしの中の問題点にも気づくわけですよね。誰もが生活者の視点を持つということは、自分たちの暮らしを大事にすることとつながります。なぜ北欧が魅力的なのかということを、ブームで捉えてはいけません。北欧の価値観をスタンダートとして見習おうという姿勢で接してほしいと思っています」 
 

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イタリアのデザイナー、ジノ・サルファティのシャンデリア。1階リビングの大きな窓から見渡せる広い敷地の自然と重なり合うようなシルエットも楽しめる。 
 


世界的にも貴重な「織田コレクション」は、美しい造形を愛でるだけではなくそのデザインが生まれた背景を知り、普段の暮らしの中で検証しながら考えることで、これほどまでに充実してきた。今回の展覧会は、北欧デザインがもたらす真の魅力に改めてふれるきっかけになるだろう。 
 

『ていねいに美しく暮らす 北欧デザイン展』

会期:2023年3月1日(水)~3月21日(火・祝)
会場:日本橋髙島屋S.C. 本館8階ホール
開館時間:10時30分~19時30分 ※3月21日(火・祝)は18時まで。入場は閉場30分前まで
入場料:一般¥1,000
※4月20日〜5月7日までジェイアール名古屋タカシマヤ、8月9日〜20まで大阪髙島屋にて巡回予定
www.takashimaya.co.jp/store/special/hokuou/index.html