古典、シャーマニズム......新海誠作品を文芸評論家が文学的視点から読み解く

  • 文:榎本正樹
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©2022「すずめの戸締まり」製作委員会

11月11日に公開され、11月28日時点で映画観客動員ランキング3週連続首位を獲得、ますます世間を賑わせている映画『すずめの戸締まり』。


2023年1月号本誌では、新海監督をはじめ、声優を務める原菜乃華&松村北斗、CGや美術、音楽に関わる制作スタッフにインタビュー。音楽ジャーナリスト・柴那典による音楽についての考察のほか、山田智和、瀧本幹也らに聞く新海作品の魅力や見どころ、野村訓市が語る新海作品におけるRADWIMPSについてなど、クリエイターからの視点も必読だ。Amazonでの購入はこちら


本記事では発売中の本誌の中から、新海作品の文学的なモチーフについて、文芸評論家の榎本正樹が読み解いた記事を紹介する。

Ⅰ. 神話・古典

新海誠が神話や古典を意識した作品をつくり始めたのは、『星を追う子ども』以降である。『秒速5センチメートル』公開翌年の2008年に中東に渡った新海は、そのままイギリスで一年以上の留学生活を送る。

海外体験は、「誰にとっても誤解の与えようのない物語」をつくることの大切さを新海に自覚させる。新海が重視したのは、人類が創造し伝承してきた普遍的な物語、すなわち神話や伝承や古典の世界である。

『星を追う子ども』は、多様な国々の神話や伝承が混淆したファンタジーである。地下世界アガルタに赴いた主人公の少女アスナが、さまざまな経験の後に地上に帰還するストーリーは、そのまま「行きて帰りし物語」の定型パターンを踏んでいる。「行きて帰りし物語」は『すずめの戸締まり』において、さらに深いレベルで追求されていくことになる。

『言の葉の庭』では、万葉集の歌が重要な役割を果たす。『君の名は。』では、平安後期に成立した古今和歌集の歌や『とりかへばや物語』が作品の土台を担う。古典文学への傾倒と参照は、新海が中央大学文学部国文学専攻を卒業した事実と無関係ではない。

物語リソースとしての神話や古典の活用は、今後も新海作品の創作において重要視されていくものと思われる。

Ⅱ. シャーマニズム

新海作品にはシャーマン=巫女の属性を帯びた少女が登場する。彼女らは日常と非日常、現世と異界を往還し、媒介者または預言者として重要なメッセージを伝える。

最初の巫女として指摘できるのが、『ほしのこえ』のミカコである。謎の宇宙生命体タルシアンを追撃する国連宇宙軍の船団に加わったミカコは、地球から8・7光年離れたシリウス星系の惑星で一体のタルシアンと対峙する。彼女は、タルシアンから人類に向けての重要なメッセージを託される。

『雲のむこう、約束の場所』のサユリは予知夢を見る能力を備えている。突如、睡眠障害に陥ったサユリは、眠り続けることでユニオンの塔の暴走を食いとめる。また、地上人とアガルタ人の間に生まれたことが示唆され、対立する両者の媒介者となる『星を追う子ども』のアスナも、巫女の系譜に加えられるだろう。

『君の名は。』の宮水三葉は、真性の巫女である。三葉は入れ替わりの能力を使い、瀧と協働して故郷・糸守町の人々を救う。口嚙み酒やムスビの思想など、『君の名は。』にはシャーマニズムやアニミズムの思想が横溢している。そして三葉を引き継ぐのが、『天気の子』の天野陽菜である。祈りによって空とつながり「天気の巫女」となった陽菜は、帆高とともに世界の形を決定的に変える行動へと促されていく。

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Ⅲ. 異界

異界とは、「日常生活の場所と時間の外側にある世界。また、ある社会の外にある世界」(『精選版 日本国語大辞典』)である。新海作品の主人公は、日常的な世界から非日常的な異界へと誘われ、そこでさまざまな体験をして再び元の世界へ戻ってくる。その移動と冒険のプロセスがひとつの物語として提示されていく。代表例は『星を追う子ども』のアスナである。アスナは死者たちの記憶に誘われるように、地下世界アガルタ行きを決意する。アスナは痛苦と喜びと発見に満ちた旅の体験を通して、人生において必要なことを学ぶ。

『天気の子』では地下から天空へと舞台が移される。「天気の巫女」となり、雲の上の彼岸に幽閉された陽菜を連れ戻すために、帆高は行動を起こす。『すずめの戸締まり』もまた、常世(とこよ)という異界に赴き、災いの根源を鎮め、かつての自分と向き合い、現実世界に帰還するヒロイン・鈴芽の成長物語である。

さらに異界の概念を広げると、『ほしのこえ』でミカコが到達した遥か彼方の宇宙空間や、『言の葉の庭』でタカオとユキノが逢瀬を重ねる日本庭園に設えられた東屋や、『君の名は。』で瀧と三葉が入れ替わった先々の土地などが指摘できる。現実世界に対置される異界は、新海作品において必須の場所なのである。

Ⅳ. 風景と内面

新海誠が描く風景は独特である。私たちは自然の情景や都市の景観に釘づけになってしまう。それらは現実以上のリアルさで、心に強く迫ってくる。アニメーションは前景でのキャラクターの動きと、背景美術が合体してつくられる。新海作品では、キャラクターが後景に退き、後ろに控える風景が前景化する、「風景のキャラクター化」といえる事態が生じるのである。

風景はただ美しく表現されているのではない。観客は、登場人物の主観が捉えた風景を、自分自身が見た風景として疑似体験する。登場人物の内面のフィルターによって濾過され、増幅された風景は、時に超現実的な彩りと輝きを帯びてスクリーンに投影される。風景は人の心を映す鏡であり、ゆれ動く人間の心に呼応するかのように逐一変化する。

『言の葉の庭』における心理と気象の関係は、まさにそれに当たる。

「風景は人間の内面によって見いだされ、風景と内面の映しあう関係が近代文学を誕生させた」とする柄谷行人の論(『日本近代文学の起源』)をなぞったかのような新海の内面と風景をめぐる描写は、新海作品が文学を礎に成り立っていることの証左となろう。

時に緻密な心理小説のように、時に日常ミステリのように描かれる新海作品は、文字通り「文学」なのである。

Ⅴ. コミュニケーション

あらゆる表現において、コミュニケーションは普遍的なテーマである。人間とはその本質において、コミュニケーションを欲望する動物であるからだ。

新海誠は首尾一貫してコミュニケーションを描く。しかし、登場人物の間でメッセージの交換や伝達がスムーズに行われることは、ほぼない。メッセージは滞り、食い違い、時に混信し、その結果として断絶状態を生む。新海作品においては、伝わることより伝わらないこと、つながることよりつながらないこと、すなわちディスコミュニケーションに比重が置かれる。『ほしのこえ』で地上と宇宙に引き裂かれたノボルとミカコは、携帯メールを交流のよすがとするが、天文学的な距離は二人を物理的に分かつ。『秒速5センチメートル』で貴樹は明里と、花苗は貴樹とつながることができず、『言の葉の庭』のタカオとユキノは年齢差と社会的立場によって関係が阻害される。

このように新海作品の登場人物は、さまざまな「距離」によって隔てられ「すれ違い」を宿命づけられる。新海の内にあるのは、ある種の諦念なのだろうか。そうではないだろう。コミュニケーションの本質は、可能性ではなく不可能性から立ち上がってくるとの逆説によって、新海はコミュニケーションをめぐる壮大な物語を現前せしめたのである。

榎本正樹

千葉県生まれ。文芸評論家。専修大学大学院文学研究科後期博士課程終了。博士(文学)。著書に『大江健三郎の八〇年代』(彩流社)、『Herstories 彼女たちの物語 21世紀女性作家10人インタビュー』(集英社)のほか、『天気の子』までの全新海作品を論じた『新海誠の世界』(KADOKAWA)がある。

『すずめの戸締まり』

2022年11月11日(金)より全国東宝系にて公開中

原作・脚本・監督/新海誠  
声の出演/原菜乃華、松村北斗、深津絵里、染谷将太、伊藤沙莉、花瀬琴音、花澤香菜 、神木隆之介、松本白鸚
キャラクターデザイン/田中将賀 作画監督/土屋堅一
美術監督/丹治匠 音楽/RADWIMPS 陣内一真
https://suzume-tojimari-movie.jp/

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