AI時代の愛と性を巡る、アクロバティックな傑作『フランキスシュタインある愛の物語』

  • 文:瀧 晴巳(フリーライター)

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【Penが選んだ、今月の読むべき1冊】
『フランキスシュタインある愛の物語』

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ジャネット・ウィンターソン 著 木原善彦 訳 河出書房新社 ¥4,180

物語はゴシック小説の金字塔『フランケンシュタイン』がいかにして書かれたのか、その誕生秘話から幕を開ける。1816年 、妻子ある詩人パーシー・シェリーと駆け落ちしたメアリーは、レマン湖畔にあるバイロン卿の別荘に滞在していた。降り続く雨に退屈したバイロン卿の提案で、5人の男女がそれぞれ怪奇譚を披露することになる。

フランケンシュタインは、怪物ではなく、怪物を生んだ男の名前だ。ヴィクター・フランケンシュタインは、科学的な野心に突き動かされ、死体を掘り起こし、人造人間をつくり出すが、あまりのおぞましさに見捨てて、逃げ出してしまう。すなわち『フランケンシュタイン』こそ、いまや数えきれないほどある「愛されない孤独に絶望した怪物の復讐劇」の原形であり、生命の禁忌に挑んだSFの先駆けでもあるのだ。我が子を亡くしたばかりの19歳のメアリーは、なぜこんな小説を書いたのか。性的に抑圧されていたヴィクトリア朝時代のイギリスの男たち、女たちの言い分が、メアリーの眼差しを通して語られていく。

一方、同時進行で現代のイギリスの物語が展開する。こちらの主人公はトランスジェンダーの医師、ライ・シェリー。人工知能の研究者としてカリスマ的な人気を誇るヴィクター・スタイン教授と関係をもつが、彼は秘密裏に危うい研究を進めていた。要するに、ふたつの物語はパラレルワールドなのだ。どの登場人物が、現代では誰に当たるのか。パズルのピースを置き換えるように200年前と現在を行きつ戻りつしながら読み進めるうちに、愛と性を巡る壮大な思索の渦に巻き込まれていく。

アクロバティックな傑作を読み終える頃には、私たちは愛し合っていても、こんなにも多様な世界線を生きているのだと呆然とするはずだ。

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※この記事はPen 2022年11月号より再編集した記事です。

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【画像】【Penが選んだ、今月の読むべき1冊】
『フランキスシュタインある愛の物語』

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ジャネット・ウィンターソン 著 木原善彦 訳 河出書房新社 ¥4,180