アーティスト・川内理香子|身体の外と内の境界を、行き来する「線」で表現【創造の挑戦者たち#69】

  • 写真:野村佐紀子
  • 文:青野尚子
  • ヘア:小俣勇一(Oma)

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Rikako Kawauchi●1990年生まれ。多摩美術大学美術学部絵画学科油画専攻卒業。個展『Colours in summer』(2022年7月、銀座 蔦屋書店 GINZA ATRIUM)など、個展・グループ展多数。22年VOCA賞、 21年TERRADAART AWARDファイナリスト・寺瀬由紀賞など。

私たちは命をつなぐために食べる。アーティスト、川内理香子はそのことに大きな関心がある。「食べることも絵を描くことも私にとって必然的なこと。自然にやりたくなってしまうことなんです」

フランスの人類学者、レヴィ=ストロースは、食とそれをめぐる神話についての研究を行った。彼は料理や消化、排泄など、食と身体に関わるものが人間の文化や思考の始まりであるとした。身体や食を原点に、ドローイングやペインティングをはじめ、針金やネオン管、樹脂などを用いた立体作品を発表してきた川内は、この分析に共鳴したと言う。

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食をめぐる文化と、絵画の関係性とは?

レヴィ=ストロースによれば、神話の中に登場する虎は火や料理を表すなど、具体的なイメージの裏には抽象的な意味が暗喩として込められているという。川内の絵にもさまざまな動物が登場する。それらは神話などからインスピレーションを得たものもあるが、動物に対する彼女自身のイメージから着想したものもあるという。

「心理学者のユングは、蛇と人間の身体を同じものとして語っています。鳥は空を飛ぶことができるけれど、蛇も人間も地上から離れられない。そういった身体の制約や状態によって思考も左右されます。お腹が空いていたり具合が悪かったりすると、考えもそれに支配されますよね。身体が自分をつくり、思考や意識よりも強く自分を決めるような感覚があります」

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食べ物を通じて、身体の外と内はつながっていると川内は言う。「食べるということは外部にあるものを内部に取り込んで、また外部に出すということ。ということは身体も外部のものでできている、身体そのものも外部のものとも言えるのではないか。そういった自己と他者、内と外との境目が曖昧なところに興味があります」

彼女の絵の中で、そのことを象徴するモチーフの一つが雨だ。「雨は自然のもの、外部のものですが、動物たちの排泄物と重なり合う。内と外とが混在しているようなイメージがあります」

川内の絵には心臓や肺、胃などの臓器も登場する。それらは身体の内側にあるものだ。

「臓器は体内にあって見えないし、どう動いているのかわからない。自分でコントロールすることもできないし、突然止まってしまう可能性もある。でもその臓器が自分を成り立たせる根源的なものだと思うんです。神話の中には心臓が生命をもつ動物のように、森の中をぴょんぴょん飛び回るといったものもあります。臓器は自分の中にあるものなのに、他者のようにも感じられる。外部のものが中に入ってくる、食べ物と通じるものもあると思います」

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その川内の絵では「線」が重要な役割を果たしている。針金で空中に三次元的なドローイングを施したように見える作品もある。

「私にとって線は、自分の表現の根底にあるものなんです。線にはその瞬間の自分の身体が凝縮されているようなイメージがあります。線を引いた時のスピードや力、身体の動きや呼吸が書道のようにすべて線に表れる。ドローイングでは画面の中に線を収めていくのではなく、針金のような物質感のあるものを紙の上に載せていくような感覚で描いています。この感覚があるのなら実際に針金でもつくれるのではと思い、針金で空間に描くようなイメージで半立体の絵画も手がけています」

彼女が引く線と身体との間には、どちらが主ともいえない微妙な関係があるようだ。

「線で思考などを表現したいという気持ちはありますが、あまり決めすぎるとうまくいかない。実際にキャンバスに筆を置くと予想だにしなかったこと、より複雑なことが起こることがある。それに自分がどう反応していくかが大事だと思います。かといって偶然性に委ねすぎるとそれもうまくいかないことがある。このあんばいは難しくて、自分でもどうしているのかよくわからないですね」

現在、これまで手がけたことのない新しい素材で作品づくりに挑戦しているという川内。本人さえも予想だにしないものが生まれそうで、目が離せない。

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WORKS
作品集『Rikako Kawauchi :Works 2014-2022』
美術出版社

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2020年発行のドローイング集『drawings』(WAITINGROOM)に続く2冊目の作品集。2014年から最新作までの約150点を掲載。幼少期から今後の展開までを語るインタビューも収録した、集大成的な1冊。¥6,600

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OKETA COLLECTION 『YES YOU CAN-アートからみる生きる力-』展

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国内外のアーティストの作品を収集している桶田俊二・聖子夫妻のコレクションを展示。川内理香子のほか草間彌生、クレア・タブレらの作品が見られる。10月16日までWHAT MUSEUMにて開催中。

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個展『Make yourself at home』

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言語を超えたラフなイメージの連鎖があるペインティングを展示。複雑で重層的な画面に思考のヒントが隠されている。12月7日~19日までMITSUKOSHI CONTEMPORARY GALLERY(東京・日本橋三越本店)にて開催。

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※この記事はPen 2022年10月号より再編集した記事です。