能楽師・金剛龍謹インタビュー|抑圧的ななかに凝縮された、 能ならではの魅力を伝えたい。【創造の挑戦者たち#68】

  • 写真:野村佐紀子
  • 文:瀧 晴巳

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日が落ちる頃、かがり火に照らされて、夢幻の世界が出現する。コロナ禍での中止を乗り越えて2年ぶりに開催された『神田明神薪能 明神能 幽玄の花』。能『経正』でシテを勤めるのは能楽師、金剛流若宗家の金剛龍謹だ。

金剛龍謹

1988年、金剛流二十六世宗家金剛永謹の長男として京都に生まれる。幼少より、父・金剛永謹、祖父・二世金剛巌に師事。5歳で仕舞「猩々」にて初舞台。以後「石橋」「鷺」「翁」「乱」「道成寺」「望月」「安宅」など数々の大曲を披く。自らの芸の研鑽を第一に舞台を勤めながら、新作能などの既存の能の形にとらわれない新たな試みにも挑戦。また大学での講義や部活動の指導、各地の小中学校での巡回公演に参加するなど若い世代への普及に努める。自身の演能会「龍門之会」をはじめとして、全国、海外での数多くの公演に出演。京都市芸術新人賞受賞。同志社大学文学部卒業。京都市立芸術大学非常勤講師。公益財団法人 金剛能楽堂財団理事。

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能面の力をいかに引き出すか、というのは非常に重要なこと

「緊張感が極限に達するのはすべての装束をつけた後、面(おもて)をかけて幕の前に立つところで、だんだんにテンションを高めていく時間というのが、能の始まるなかに存在します」

シテとは能における主人公のこと。亡霊や異形の者など、この世ならざる存在を描く演目も多い。能が鎮魂の芸能と言われるのはそのためだ。

「非常に発散的にお客様にエネルギーをぶつけていくような舞台芸術や音楽とは対照的に、少し抑圧的ななかに力を凝縮しているところが能の特徴であり、魅力だと思います。よくたとえられますのは、能というのは回っている独楽のようなもので、止まっているように見えるけれども、実は凄いエネルギーがかかっていると。静止しているなかにも強い緊張感があって、またそういうものがないと能というのは面白くならないんですね。近年は動画配信などで能をご覧いただく機会も増えましたけれども、能ならではの本当に凝縮された力みたいなものはやはりライブで、生の公演をご覧いただくことでお客様に伝わるものかなと思います」

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海外で公演した際に事前解説を用意したところ、観客から苦情が出たという。

「先に解説しないでくれ、先入観なしで、まず観たいんだと言うんです」

美術館に行っても解説文を必死に読みがちな日本人は、大いに見習うべきところかもしれない。

「能を演じるにあたっては、能面の力をいかに引き出すかというのは非常に重要だと思います。父がよく言ってますのは、室町時代や江戸時代につくられた古面というのは、我々能役者にとって師匠のようなものだと。この面はなにを伝えたいんだろう、どのような謡を謡うべきだろうと一つひとつの面と向き合って対話することで、力をお借りするところがあります。力量の未熟な役者は名作の面を活かしきれず、位負けすることがあるんですね。私自身もそういう経験をいままでたくさんしたことがありますし、面とつり合うような役者になるというのはひとつの目標でもあるんです」

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能の世界で30代というのは、まだ駆け出しも駆け出し

初めて能面をかけて舞うことを「初面(はつおもて)」という。

「だいたい元服と同じ、15歳くらいで面をかけて舞いだすんです。それまでは面をかけずに舞っている時期がございまして、私が『経正』を最初に舞わしていただいたのもまだ能面をかける前、十代前半の頃でした」

現在34歳。小学生と幼稚園児の二人の息子の父親でもある。

「能の世界では、30代というのは駆け出しも駆け出し。父も70を過ぎましても精力的に舞台を続けていますし、そういう姿を常に見せてもらっていますと、自分の芸の未熟さを痛感するばかりで、先は本当に長いなと。うちは代々名前に“謹む”という字が入っているんです。世阿弥も『初心忘るべからず』という言葉を残していますけれども、何事においても常に自分は足りていないという謙虚さをもつことが大事だと思っています。芸というのは、慢心したら終わりですから」

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琵琶の音に誘われて、一ノ谷の合戦で討ち死にした平経正の亡霊が現れる。すらりと刀を抜いて舞うその姿に惹きこまれるうち、時空を超えて、どこか遠くまで旅したような気持ちにさせられる。

金剛流はシテを演じる5つの流派のうちで唯一関西に拠点を置く。能楽堂からも近い京都御所は、個人的な思い入れもある好きな場所だという。

「先祖が御所に出仕する能楽者でしたので、ご縁も感じます」

人は大きな時の流れと連なっている。そのことを体現している人は、穏やかに微笑んだ。

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WORKS
新作能『沖宮』

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原作は『苦海浄土』で知られる石牟礼道子。衣装を人間国宝である染色家・志村ふくみが監修。天草四郎と人柱の少女あやを巡る物語。2018年と21年に公演が行われた。来年1月22日に長崎県島原にて再演予定。

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第十回記念 龍門之會

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2012年に、金剛龍謹の芸の研鑽、そして幅広い世代へ能楽の普及をはかるために発足された会。今回は節目の第10回記念として一子相伝の秘曲である『三輪 神道』と、龍謹の長男・謹一朗の初シテ『岩船』が上演される。

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金剛定期能 能『山姥 白頭』

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金剛流の本拠地である京都・金剛能楽堂にて、年10回開催される演能会。「舞金剛」と呼ばれる金剛流の舞台を堪能することが出来る。龍謹は9月25日『山姥 白頭』、12月18日『一角仙人』でシテを勤める。

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※この記事はPen 2022年9月号より再編集した記事です。