アートとNFTめぐるダミアン・ハーストの実験 4800人が作品燃やし、NFTでの保有を選ぶ

  • 文:青葉やまと
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現代美術家ダミアン・ハーストがアートとNFTで「通貨」の概念をゆさぶる...... twitter-HENI

<これから燃やされるアートの所有権に、価値はあるのだろうか? 4800人はイエスと答えた>

斬新な作品で知られるイギリス現代美術家のダミアン・ハースト氏が、アートとNFTの価値をめぐる社会実験を主宰した。対象となった1万点のアート作品のオーナーの約半数は、作品が燃やされると知りながら、その所有権の証であるNFTを保持したいと希望したようだ。

今年7月、ハースト氏自身が制作した1万点の作品をめぐる、6年を費やした壮大なプロジェクトが閉幕した。ハースト氏は2016年に1万点もの作品を制作しながら、作品現物を1点も販売しなかった。代わりにネット上で販売したのが、各作品の所有権の証明となるNFTだ。

そのうえでハースト氏は、斬新なしかけを持ち込んだ。販売条件によると、購入者たちは今年7月の期限までに、ある決断をしなければならない。NFTを所有し続けるか、それともNFTを手放すことと引き換えにアート現物を入手するかという選択だ。

期限以降も引き続きNFTを所有することを希望した場合、アート本体は燃やされてしまう。NFTか実物のアートか、どちらかひとつしかこの世に残せないというしくみだ。単純に考えればNFTを選択した場合、これから燃やされることがわかっている作品の所有権を希望するようなものであり、価値はなさそうにも思える。だが、4800人のオーナーたちがNFTを希望した。

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おなじものは2つとない、1万点のアート群

アートは紙に油彩で描かれたカラフルなドットが並ぶもので、ドットのパターンはおなじものが2つとないオリジナルのものとなっている。それぞれの作品には固有の番号が振られ、ユニークなタイトルもつけられた。「7778番:もっていたものをめぐり、彼らは戦った」「4359番:今日この場所で」「299番:希望の涙」といった具合だ。

このプロジェクトは、通貨を意味する「ザ・カレンシー」の名で呼ばれている。ハースト氏によると、アートの通貨としての価値を問う試みだという。

各作品に対応するNFTを購入したオーナーたちは、イギリス現地時間の7月27日午後3時までに、NFTを継続して所有しアートが燃やされるのを見守るか、NFTを放棄してアートの現物を受け取るかを選ばなければならない。

作品に対応するNFTは、デジタル上の所有者である証であり、いわばアート本体あってこそNFTの価値があるともいえる。したがって、作品が燃やされることを知りながらそのNFTを所有するという選択はナンセンスともいえるだろう。

しかし、蓋を開けてみれば、半数近いオーナーが現物を燃やしてでもNFTを希望する結果となった。

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現物が消滅したアートの所有権に、価値はあるのか

プロジェクトのウェブサイトによると、結果はほぼ拮抗したようだ。全1万点の作品のうち、物理的なアート作品との引き換えが申請された作品数は、5149点となっている。残りの4851点のオーナーたちはNFTを引き続き保有することを選んだ。

NFTで所有される作品については、プロジェクトの趣旨に則り、9月9日からハースト氏がロンドンの画廊で現物を順次焼却してゆく。実体を失ったNFTだけを保有し続けるというのは、いかにも不合理な選択のように思えるが、秘密はNFTの価値にあるようだ。

暗号資産関連のニュースを報じるクリプト・ニュースは、作品のNFTが発売された際、1点あたり2000ドル(現在のレートで約27万円)の価格設定だったと報じている。その後の個人間取引で価格は上昇し、現在では4倍の約8000ドル(約107万円)で譲渡されることもめずらしくなくなった。

NFTでの保持を選択したオーナーたちは、今後もこの価格が維持され上昇することを見込んで選択したとみられる。仮にそうなれば、もはやこの世に存在しない作品の所有権だけが高値で取引されるという、なんとも不可解な状況へと突入する。

ハースト氏はプロジェクトを、アートの通貨としての価値を問うものだと説明している。まさにそのねらい通り、興味深い結果を生んだようだ。

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斬新な試みを続けてきた、イギリスで最もリッチなアーティスト

仕掛け人で現在57歳のハースト氏は、挑戦的な作品を多く発表し注目を集めてきた。1990年代から知名度を急速に高めてきた「ヤング・ブリティッシュ・アーティスト」と呼ばれる芸術家たちのなかでも、代表的な存在だ。今年5月まで、東京・六本木の国立新美術館でも、企画展『ダミアン・ハースト 桜』が開催されていた。

氏の代表的な作品に、「ナチュラル・ヒストリー(博物学)」と呼ばれるシリーズがある。動物の死体をホルマリン漬けにして展示したもので、生と死をテーマのひとつに据えるハースト氏らしいプロジェクトだ。

英ガーディアン紙によると氏は2020年、純資産3億1500万ポンド(約511億円)を保有し、イギリスで最も裕福なアーティストとなっている。

【動画】>>■■【動画】現代美術家ダミアン・ハーストがアートとNFTで揺さぶる「通貨」の概念■■

青葉やまと

フリーライター・翻訳者。都内大手メーカー系システム会社での勤務を経て、2010年に文筆業に転身。文化・テクノロジー分野を中心に、複数のメディアで執筆中。本業の傍ら海外で開かれるカンファレンスの運営にも携わっている。

※この記事はニューズウィーク日本版からの転載記事です。

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