オタクにとって日本ほど居心地の良い国はない

  • 文:はちこ(会社員、『中華オタク用語辞典』著者)

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古い同人誌は秋葉原や池袋にある専門の販売店で購入できる(写真はイメージです) Yongyuan Dai-iStock

<女一人の聖地巡礼も、昔の作品の視聴もできる。日本は包容力にあふれた「オタク天国」だ>

オタクにとって、日本ほど居心地の良さを感じられる国はない。中国出身の私だが、子供時代に『NARUTO-ナルト-』で日本アニメにどハマり。大学で日本語を学び、日本に留学、就職し......と、気付けば日本生活は10年になる。

この間もオタク趣味への熱は冷めることはなかった。アニメを見るだけではない。同人誌作家としてコミケに参加して作品を発表できたばかりか、出版社から声を掛けられ、『中華オタク用語辞典』(文学通信)を出版して作家デビューまで果たすことができた。

アニメゆかりの地への旅行、いわゆる「聖地巡礼」も楽しみの1つだ。

日本人には当たり前すぎて気付かないようなことも、外国人オタクの目から見ると驚きにあふれている。

例えば女性でも気軽に一人旅できる点だ。中国だと、「女一人でタクシーに乗って運転手と二人きりになるのは不安なので、乗車中はずっと誰かに電話して身を守る」といった防衛策はよくあること。中国も治安のいい国と言われるが、日本は異次元だ。

気兼ねなく一人飯できるお店が多い点も素晴らしい。女一人の聖地巡礼もストレスなく楽しめる。

さらに言えば、主流派と外れたニッチな趣味嗜好でも自然に受け止めてもらえる包容力が、日本の魅力だと感じるようになった。

これは実際に住んでいないと分からない部分もありそうだ。というのも、アニメを視聴するだけならば日本も外国も条件は変わらなくなりつつある。中国では最新アニメが日本と同時配信されることが珍しくない。

厳しい検閲で暴力的なシーンや露出度の高いシーンがカットされることはあり、オリジナル版を見たい昔ながらのオタクからすると許し難いが、最初からこの環境で育ったアニメ好きにはあまり気にならないようだ。日本アニメが好きでも日本に行く必要なんてないというわけ。

最新アニメを見るだけなら、そのとおりかもしれない。でもその外側に日本の魅力はある。

例えば過去作品にアクセスすることは中国では難しい。一度配信された作品でも、時間がたてば配信終了していることが多いからだ。調べてみると、『けいおん!』など一世を風靡した人気作品ですら、配信が終わっていた。若きオタクたちが「掘る」(昔の作品を発掘して楽しむ)すべがない。

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映画のグッズ付き前売り券も「細やか」

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2019年12月のコミックマーケット(コミケ97)で同人誌『中華オタク用語学習帳』を手にするはちこ氏 HAJIME KIMURA FOR NEWSWEEK JAPAN

その点、日本は配信でもDVDでも過去作品を視聴する環境が整っている。いや、「見る」だけではない。オタクにとって醍醐味と言えるのが同人活動。同好の士と語らい、同人誌を買うのは楽しい体験だ。

日本でははるか昔に完結した作品でも、その二次創作物が生み出され続けていることが多く、後からファンになった者でも楽しめる。私は最近、『ヒカルの碁』にハマった。20年近く前のアニメだが、今も同人活動を続けているサークルが相当数ある。

また、古い同人誌は東京で言えば秋葉原や池袋にある専門の販売店で購入できるが、いわゆるカップリング(キャラクター同士の恋愛もの)については細かに分類・陳列されていて気が利いている。オタクは厄介なもので、自分の好きなカップリング以外は目にも入れたくない。そうした需要に応え、欲しいものだけに行き当たるよう工夫されている。

オタク業界に限らず、コンテンツ企業の細やかさは驚くほどだ。映画のグッズ付き前売り券はバリエーションが豊富。舞台挨拶もファン心理に配慮して出演者の組み合わせを替えて複数回開催される。

ファンやオタクの体験を高める作り込みがうまいとうならされるが、これほど細やかなのは日本ぐらいではないか。

見方を変えれば、私たちが企業にうまく搾取されているということかもしれないけど(笑)。

――構成・高口康太(ジャーナリスト)

※この記事はニューズウィーク日本版からの転載記事です。

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