豊かな自然に囲まれたポーラ美術館で、西洋絵画の名作と出合う

  • 写真:小野祐次
  • 編集&文:粟野真理子

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近年、日本の西洋美術コレクションが海外で注目を集めている。日本のコレクターたちの厚き情熱と審美眼によって集められた美術品は、いま日本各地に貯蔵されている。海外の美術関係者たちが注視する質の高い名作絵画がどこに潜んでいるのか……。ヨーロッパでアートの現場で活躍する下記3名のコメントを交えながら、箱根の自然に囲まれたポーラ美術館を訪ねた。

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イザベル・カーン●オルセー美術館・絵画部門統括名誉キュレーター。19世紀後半から20世紀初頭を専門とする美術史家。セザンヌ、ゴーガン、ナビ派、ゴッホなどポスト印象派を専門とする。東京をはじめフランス国内外で数多くの展覧会のキュレーションを行う。サイエンティフィック・ディレクターとして多くの書籍、カタログ、論文も手がけている。

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パスカル・ペラン●ウィルデンスタイン・プラットナー研究所研究部門長。パリ、NYに拠点をもち印象派の画家を中心にカタログ・レゾネの編纂やアーカイブを研究、モネやルノワールなどの作品鑑定書を発行する機関、ウィルデンスタイン・プラットナー研究所に長年勤務する。デジタル世代に向けたカタログ・レゾネとアーカイブ研究に力を入れ、日本でも講演を行っている。

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ソフィー・ルノワール●女優・写真家。ピエール・オーギュスト・ルノワールのひ孫でルノワール作品の鑑定機関、コミテ・ルノワールのメンバー。叔父は映画監督のジャン・ルノワール。エリック・ロメール監督の『友だちの恋人』など多数の映画に出演。10月に東京・銀座で写真展『Regards』を開催予定(主催:CKG FINE ART)。

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「箱根の自然と美術の共生」を掲げるポーラ美術館。コレクションは、ポーラ創業家二代目の鈴木常司が収集した絵画、彫刻、工芸など総数約1万点に及ぶ。西洋絵画には、同館の看板娘と謳われるルノワールの『レースの帽子の少女』やモネの『睡蓮の池』、ピカソの『海辺の母子像』など錚々たる作品が集められ、日本のプライベート美術館でトップレベルのコレクションを誇る。

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ソフィー・ルノワールは、「印象派の素晴らしい作品が多いようですね。ルノワールの作品には、絵のなかに人生が見え、生命に満ちあふれていて、1枚1枚の絵と対峙すると、心軽やかな気分に浸れる。訪日するときにはぜひ訪れて、ほかの作品も含めてじっくり見てみたいです」と語る。

印象派は約100点を収蔵し、寡黙だったという鈴木常司の美に対する情熱がこうしたコレクションという形で昇華されている。

今年、開館から20周年を迎えたポーラ美術館はベルト・モリゾやハマスホイ、マティス、リヒターなどの新収蔵作品も加わり、開館以来、最大規模の企画展を開催中。モネやリヒターなど印象派から現代までの作品を大胆に組み合わせた展示も新鮮に目に映る。「心を揺さぶる美術館」を新たなビジョンに掲げるポーラ美術館。その意気込みを、心地よい自然のなかで感じ取りたい。

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周囲を歩く森の遊歩道にも作品が点在する。(ロニ・ホーン『鳥葬(箱根)』 2017-18年 鋳放しの鋳造ガラス 高さ131.4×径142.2㎝)© Roni Horn Photo:© Nagare Satoshi

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ベルト・モリゾ『ベランダにて』

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1884年 油彩、カンヴァス 81.2×100.2㎝ ポーラ美術館蔵

ベルト・モリゾは、エドゥアール・マネの弟ウジェーヌ・マネと結婚し、1878年に娘ジュリーを出産。この絵は、パリ西部の郊外ブージヴァルの家のベランダでジュリーを描いたもの。カーンは「モリゾは、印象派の画家たちと展覧会を開いた唯一の女性画家です。マネの弟子である彼女の絵は、明るい色調と光を通す十字のストロークで構成された軽やかなタッチが特徴です。1893年から99年に書かれた『ジュリーの日記』には当時の様子が書かれ、興味深いです」と語る。写真は展示の様子。

アンリ・マティス『リュート』

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1943年 油彩、カンヴァス 60×81.5㎝ ポーラ美術館蔵

マティス晩年の代表的な作品のひとつ。目の覚めるような朱色の室内は、黄色が下塗りされているために、光を帯びているように見える。「マティスはデッサンが上手で、平面に黒い線を入れたのが特徴です」と同館学芸課長の岩﨑余帆子。壁紙と絨毯に葉の形とアラベスクの装飾文様を描き、リュートを爪弾く女性は、室内に流れる音楽のリズムを想起させている。戦後、マティスはフランスの伝統的なゴブラン織のタペストリーを復興させる仕事を引き受け、この作品を下絵として提供した。

クロード・モネ『国会議事堂、バラ色のシンフォニー』

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1900年 油彩、カンヴァス 82×92.6㎝ ポーラ美術館蔵

「霧なしではロンドンは、美しい町ではありえない」と言ったモネ。1900年の冬、モネは息子のミッシェルが留学していたロンドンに滞在し、『国会議事堂』の連作を描き始めた。そして04年、デュラン=リュエル画廊の個展で発表。ソフィー・ルノワールは「この作品には独特の雰囲気があり、とてもいいですね。そして、この時代に起こった産業革命と芸術革命の目撃者であったと考えることができます。フランス印象派の基盤を象徴するような、妖しいほどの繊細さが漂う作品です」

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ポール・セザンヌ『ラム酒の瓶のある静物』

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1890年頃 油彩、カンヴァス 54.2×65.7㎝ ポーラ美術館蔵

「セザンヌが取り組んだテーマのうち、静物画は被写体の単純さと構図の堅固さを求める彼の欲求を表現できるテーマでした」とカーン。ストロー瓶のようなオブジェは、いくつかの絵画に登場するもの。シンプルなテーブルクロスに並べられたモチーフを巧みに配置し、視覚的にリンクさせている。「ピカソをはじめとするキュビスムの画家たちは、暗い輪郭で強調された幾何学的な形の処理や、厳密な構成など、セザンヌの絵画に影響を受けたといいます」

ヴィルヘルム・ハマスホイ
『陽光の中で読書する女性、ストランゲーゼ30番地』

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1899年 油彩、カンヴァス 46.2×51㎝ ポーラ美術館蔵

パリや日本でにわかに人気が高まっているのが、デンマークを代表する画家、ヴィルヘルム・ハマスホイ。19世紀後半から20世紀初頭にかけて活躍。フェルメールなど北方の絵画の影響を受けているといわれる。「静謐な佇まい、窓から取り込む光と影を意識して、簡素化されたアンティームな室内。不思議なところが多くてリアルではない。現代にも通じるような作品です」と作品の印象を語る岩﨑余帆子。

ポーラ美術館

場所:神奈川県足柄下郡箱根町仙石原小塚山1285
TEL:0460-84-2111
開館時間:9時〜17時 ※入館は午後4時30分まで
休館日:無休(悪天候により臨時休館あり)
※9/7~ 9/13は展示替えのため休館。 9/14~ 9/16は常設展示のみ観覧可
料金:一般¥1800
www.polamuseum.or.jp

ポーラ美術館開館20周年記念展
モネからリヒターへ ─ 新収蔵作品を中心に

会期:開催中~9/6 会期中無休
会場:展示室1-5、アトリウム ギャラリー、アトリウム ロビー、森の遊歩道

※記事内で掲載している作品は、すべて本展にて展示中。

※休館日、開館時間、展示される作品は変更の可能性があります。訪問する場合は事前に公式サイトなどでご確認ください。

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※この記事はPen 2022年9月号「レンジローバーで走れ!」の第2特集「日本で見る西洋絵画の名作」より再編集した記事です。