第94回アカデミー賞授賞式は、ウィル・スミスのビンタの話題で持ちきりだった。コメディアンのクリス・ロックがウィル・スミスの妻であるジェイダ・ピンケット・スミスの刈り込んだヘアスタイルを揶揄する発言をし、憤慨したウィルが壇上に上がってクリスに平手打ちを喰らわせたのだ。ウィルは気持ちがおさまらずFワードを連発。アカデミー賞という正式の場で行われたこととあって、この行動は物議を醸した。
あれから4ヶ月が経ち、ウィル・スミスが自身のYouTube チャンネルに謝罪動画をあげた。
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私の行動は容認できるものではない
「この数ヶ月間にわたって、多くのことを考えてきました。じっくり考えてから答えたい質問も多数寄せられました。」から始まる動画では、クリス・ロックへの謝罪と、3つの質問に答える形式で今の気持ちを語っている。
まず、ウィルはロックに謝罪したそうだが、クリスからは「まだ話す準備ができていない。準備ができたと感じたら連絡する」というメッセージが来たそう。これを受けてウィルは、「自分の行動は到底受け入れられないものであり、クリスが自分と話す準備ができたらここにいる」と話している。
その上で、平手打ちした後の受賞スピーチですぐに謝罪しなかった理由について、「あの時はモヤがかかっていたようだった」と説明。そして、自分がクリスやクリスを愛する人たちをどれほど傷つけてしまったのかと、改めて謝罪の言葉を口にした。
妻 ジェイダ・ピンケット・スミスがジョークを受けて目を丸くしたあと、何かするようにウィルに指示したのか、という質問に関しては「ない」と断言。あの言動はウィルが独断でやったことだと、自らの判断を悔いた。
最後の質問は、平手打ちをする前のウィルを慕っていた人たちや、あの件でがっかりした人たちに向けてどう思っているのか、というもの。
ウィルは、「応援してくれていた人たちを裏切り落胆させてしまったことがトラウマの中心になっている」と言い、「人々が抱いている自分へのイメージや印象通りでいられないことが、心理的にも感情的にも辛いのです」と語った。
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「自分は被害者ではない」
この謝罪動画が出た直後にクリス・ロックが自身の講演で事件に言及した。だが許すか許さないかではなく、「誰もが被害者になりたがるが、自分は被害者ではない。 誰もが被害者だと主張し始めたら本当の被害者の声が届かなくなる」とやや曖昧な言い方だった。
また、「『言葉が人の心を傷つける』という人は顔を殴られていないからだ」とも発言している。もしかすると、これがウィルの謝罪動画への間接的な返事である可能性が考えられる。
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暴力を許容するかどうか
ウィルの謝罪動画はすぐに大々的なニュースとなって報じられた。ニュース記事に寄せられたコメントをみると、否定的な意見が多い印象を受けた。主な理由は、謝罪までに時間がかかり過ぎている、というものだった。
これは、期間が空き過ぎているからという単純な理由ではない。その背景に、暴力に対する認識が表れているからだ。謝罪動画の1番最初の質問を思い出してほしい。あの日、アカデミー賞の受賞スピーチでウィルは自分の暴力的な行動を謝罪しなかった。「霧がかっていた」と弁明したが、彼は多くの人の間の前で暴力を肯定する人間であることを証明してしまったと捉えられても不思議ではない。
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平手打ちの直後から、ウィルの行いに関しては賛否両論だった。脱毛症を冗談のネタにしたクリスを非難する声もあれば、妻を守ったウィルを称賛する声もあった。ウィル・スミスの妻でありながら亡き元交際相手を1番に思い続けていると公に口にしているジェイダに対する非難の声も見られた。
クリス・ロックが非言語性学習障害と診断されたことが公になれば、ウィル・スミスはADHDだという。個々が抱えている背景が複雑に絡み、どう解釈したらいいのかわからないと考えた人も多いだろう。
そこで、筆者はスタンダップコメディのファンで、アカデミー賞も毎年欠かさずにチェックするという海外のエンタメライターに、この件についてどう考えているのか聞いてみた。するとこんな回答が来た。
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「100%ウィル・スミスが悪い」
彼女は続ける。「このタイミングで謝罪動画を出したのも自分が置かれた状況を理解して慌てたからに見えてしまう。アカデミー賞の歴史を振り返ってもスタンダップコメディがあるのは分かりきっているし、参加するなら熾烈なジョークのターゲットにされても仕方がない。それを承知しているのだから受け入れるべきだった」と。
筆者が、ジェイダとウィルの関係や、脱毛症をジョークにする是非に触れても彼女の意見は変わらなかった。むしろ「問題は世界中の人々が見ているアカデミー賞授賞式という場で暴力を肯定したほうが圧倒的に罪深い」と言い切った。
そして、「あれは暴力を肯定するか否定するかがテーマだ。あなたは暴力に賛成なのか。理由があれば暴力は許されるのか。背景や思想を排除して暴力だけにフォーカスして考えてみてほしい」と畳み掛けた。
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世界に喜びをもたらしたい
謝罪動画の終わりで、ウィル・スミスは「後悔しながらも自分自身を恥じないように努めている」「私はひとりの人間で間違いを犯しました。しかし自分のことを最悪な存在だと思わないように努力しています」と話している。
ウィル・スミスはデビュー当時からクリーンなイメージを売りにしてきた。モチベーションを高めるスピーチでは、いかに自制心を保つのが重要かを力説した。
また、心身の健康をサポートすることを目標と掲げるフィットネストラッカーブランドのFitbitともパートナーを組み、自らのダイエットを公開することで人々のモチベーションになることを望んでいる。
これだけでなく、彼は長きにわたる俳優活動の中でアフリカンアメリカンの地位を高めたり、ステレオタイプを脱却したりの努力をしてきた。
動画は「世界に向けて光と愛と喜びをもたらせられるように献身的に務めることを約束します」という言葉で締めくくられている。
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