名作SF小説を先取りしていた?中野ブロードウェイの“謎”を解き明かす

  • 文:速水健朗(ライター、編集者)

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【Penが選んだ、今月の読むべき1冊】
『中野ブロードウェイ物語』

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長谷川晶一 著 亜紀書房 ¥1,870
長谷川晶一●長谷川晶一は、1970年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクションライターに。2005年より中野ブロードウェイに在住。『私がアイドルだった頃』『プロ野球語辞典』など著書多数。

はるか昔で時間が止まっている空間、中野ブロードウェイ。1966年築の10階建の建造物。4階までがショッピングセンターで、5階から10階に住居エリアがある。かつて沢田研二と青島幸男が住む場所として知られ、80年代以降は、おもに漫画専門の古書店「まんだらけ」によってサブカルの聖地に。インバウンドブーム以後は、高級時計の店が急増している。

高級住宅とB級の専門店街の取り合わせは、どう生まれたのか。時間はなぜ止まったのか。関係者の証言を集めて書かれた本書に、謎の答えがすべて詰まっている。延べ床面積の制限がなかった時代に、滑り込みで建てられた建造物。天井が低いのは、建築基準の高さ31mをクリアするための工夫だ。

完成直後からカオスが発生する条件が揃っていた。単に古くなり、ダンジョンのようになったのではない。長年改装がされないのは、外に出てしまった権利者が増え、追加コストを嫌うから。区分所有の細分化もカオス化の一因だ。

建物には宮田慶三郎なる創造主がいる。彼の会社、東京コープが設計から管理までを手がけた。コープ渋谷や原宿のコープオリンピアなど高級マンションで有名な会社だ。だが、宮田の会社の管理に反旗を翻した住民(商業関係者含む)は自主管理を始める。

まるでJ・G・バラードのSF小説『ハイ・ライズ』だ。小説の舞台は、高層住宅と商業建築が一体化した巨大建造物。住民たちは、低層階と高層階に分断するが、最後は最上階に住む支配者(建築家)に刃が向かう。1975年の作品。中野ブロードウェイは、バラードを先取りしていた。「ひとつの新しい街」─それが建造主の宮田が目指したものだったという。ちなみに、宮田は上階に住んだわけではないが、別館を所有していたという。“サブカルの聖地”中野ブロードウェイだが、“サブカル”要素を抜いても十分興味深い場所である。

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※この記事はPen 2022年8月号より再編集した記事です。