雲仙に根ざしたおいしさを堪能する、長崎のベストな旅案内

  • photography: Mana Kikuta
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左から、オーガニック野菜直売所タネトを運営する奥津爾、新生ビアードを雲仙に立ち上げた原川慎一郎、岩崎から自家採種栽培を学んだ農家の田中遼平。

白い雲を纏って、悠然とそびえる雲仙岳。この活火山は日本有数の温泉をもたらし、豊穣な土と清らかな水が、おいしい野菜を育む。なかでも、この地に根ざした在来種野菜は格別だ。島原半島北部を巡り、目と舌で雲仙の恵みを味わおう。

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左から、オーガニック野菜直売所タネトを運営する奥津爾、新生ビアードを雲仙に立ち上げた原川慎一郎、岩崎から自家採種栽培を学んだ農家の田中遼平。

【長崎県】雲仙 後編


昨年、神田のビストロ、ザ・ブラインド・ドンキーのシェフ原川慎一郎が雲仙に移住し、美食家たちの間で話題になった。原川の心を掴んだのは、この地で育まれた在来種野菜。千々石町でオーガニック野菜の直売所タネトを運営する奥津爾の紹介を受けて、「野菜のストーリーを知らなくても、味に圧倒され、雲仙で店を持つことを直感した」と話す。吉祥寺でファーマーズマーケットを運営していた奥津自身も、雲仙の麓で在来種野菜を栽培する農家、岩崎政利との出会いによって移り住んできた。

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八角オクラから採り出したタネ。こうやってタネを採り、また畑に植える。タネには、この地の風土や気候が刻まれていく。

岩崎は40年間ひとりでタネを採り続けてきた、タネ採り農家のパイオニアだ。雲仙こぶ高菜、雲仙赤紫大根、長崎唐人菜、長崎赤カブ、黒田五寸人参……雲仙由来をはじめ、岩崎が育てる在来種野菜は約80種にも及ぶ。滴るようなみずみずしさと優しい甘味、旨味が凝縮された野菜は、昨今なかなか味わえないような懐かしい味。自家採種栽培とは、農薬や化学肥料を使わず、タネが交雑しないように計算しながら栽培するということだ。いまの農家の多くはタネを買って野菜を栽培するが、昔は普通に行われていた方法で、とてつもなく手間暇がかかる。奥津いわく、それは「アスリートの所業」だ。

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“雲仙に根ざしたタネを採り、在来種野菜と花咲く未来へ繋ぐ”

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真ん中に花が咲き、葉が広がった花芯白菜。煮ると、葉も芯もクタクタの柔らかさに。

そんなタネ採り農家にも、いま、次の担い手が現れている。田中遼平はフィリピン留学時に自家採種栽培を知り、岩崎のもとで修業を積んだ。田中の畑はタネトから車で5分、海と山に挟まれたなだらかな丘陵地帯にある。一見普通の段々畑だが、野菜の実だけでなく、花が咲き乱れているのが印象的だ。たとえばハクサイは量産のために巻型が一般的だが、在来種の花芯白菜は黄色い花が咲き、花を囲むように葉が根元から広がる。「芯に陽が当たることで、芯も葉も柔らかく育つ」と、田中は言う。在来種野菜を守ることは、野菜の花が咲くこの原風景を守ることでもある。「タネを植えて実になって、花が咲いてタネを採る。その循環の中にある全体性やこの景色を繋いでいきたい」と、奥津。原川が雲仙に店を構えたことで、在来種野菜を味わえる場もできたいま、次世代に繋げていく準備が整った。3人は畑の葉をちぎっては口に運び、味を確かめながら畑を進んでいく。雲仙の麓で受け継がれていくタネの物語を知って、この地に根ざした野菜の味わいを噛み締めたい。

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美しい断面の五木赤大根。スパイシーでみずみずしく、おろしやサラダに◎

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原川は畑を歩きながら花芯白菜を口に運び、黄色い花を摘んで持ち帰る。

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オーガニック直売所タネト|Organic Base Taneto

吉祥寺でファーマーズマーケットを営んでいた奥津夫妻が移住し、千々石町に立ち上げた直売所。岩崎や田中の育てる在来種を軸に無農薬や無化学肥料野菜、そして野菜たっぷりのお弁当を販売。多様な旬の野菜に、それぞれオススメの調理法が書かれたポップは見ているだけでも楽しい。雲仙たねの学校や『種を蒔くデザイン展』など、幅広い活動で在来種野菜について広く発信している。

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野菜直売所にうつわの展示スペースや図書室なども併設し、雲仙のコミュニティスペースとしての役割を担う。

オーガニック直売所タネト|Organic Base Taneto

長崎県雲仙市千々石町丙2138-1
tel:0957-37-2238
営)10:00~16:00
休)水
www.organic-base.com

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アール サンク ファミーユ|R CINQ FAMILLE

小浜商店街の北側にあるアイスソルベ専門店。約20種から注目したいのは、タネトで仕入れた在来種野菜のフレーバーだ。間引き野菜を積極的に使用し、小浜温泉で蒸して塩気と優しい甘味を引き出す。黒田五寸人参は上の川湧水で洗って、吉田酒造の甘酒とデコポンジャムを合わせ、紅紫芋の中には全粒粉ショートブレットを忍ばせた。島原半島の恵みをアイスソルベに詰め込んで提供する。

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旬の在来種野菜を使用し、メニューは随時替わる。左から、「紅紫芋」と「人参と柑橘と甘酒」各¥400

アール サンク ファミーユ|R CINQ FAMILLE

tel:0957-60-4522
10:00~17:00
不定休
Instagram:@rcinqfamille

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“洗練度を増した料理で、野菜の力強さをストレートに味わって”
ビアード|BEARD

目黒のビアード、神田のザ・ブラインド・ドンキーと人気店を構えてきたシェフ原川慎一郎。日本全国の生産者を訪ねてきたが、雲仙の在来種野菜の魅力に心酔し、昨年、小浜温泉に新生ビアードを開いた。岩崎や田中が栽培する旬の在来種野菜は、「オリーブオイルと塩だけでおいしい」。そんな野菜の力強さをストレートに感じてほしいと、突き詰めたのは削ぎ落としたシンプルな料理だ。「技術を積んだ料理人こそいろいろ手を加えたくなるけれど、素材そのものに惚れたことから、いまはいいバランスで料理ができています」。ランチ、ディナーともに9品の雲仙在来種野菜を中心としたおまかせコースのみで、カウンターで野菜を切るところから始まる。最初に出てきたお出汁は野菜の端を湧水で焚いたもので、まろやかな口当たりの優しい味わい。続くどの料理も野菜がベースとあって軽やかで、その滋味深さに心身ともに癒やされる。

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小浜温泉街の一角、こぢんまりとセンスが良い店は美容室だった建物をリノベーションしている。カウンター席のみで、目の前で原川が野菜を調理していく。

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まず、その日使う野菜が入ったボウルが登場。雲仙在来種野菜を中心としたおまかせコース¥9,000、ナチュールワインのペアリング¥6,500~

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すべておまかせコース(¥9,000)から、「壬生菜、杓子菜、小ヤリイカ」。ミズイカと小ヤリイカの火入れが絶妙で、口の中でやわらかく溶ける。壬生菜と杓子菜、2種の青菜の味の違いも楽しい。

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「万木赤かぶ、花芯白菜、ブロッコリー」。温泉水で蒸して旨味を凝縮。果実のようにフレッシュな赤かぶ、芯まで柔らかい白菜、青味の強いブロッコリーに、マスタードと塩漬けレモンの豆腐ピューレを添えて。ペアリングにはフランス産白ワイン「ラ ヴィ オン ニ エ 2020」を。

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「カリフラワー、ニシユタカ」。長崎名産ジャガイモと岩崎が育てたカリフラワーをグラタンに。ほどよい塩気とホロホロの食感がクセになる。

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「黒田五寸人参、イサキ」。黒田五寸人参は、最初に西洋から長崎に入ってきたニンジンで岩崎が守り継いできたもの。イサキにクミンとパクチーのソースを添えて。

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「源助大根、雲仙赤紫大根、五木赤大根」。雲仙赤紫大根はおろして優しい出汁に、スパイシーな五木赤大根はスライスして。3種の在来種大根によるハーモニーを楽しめる。

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「千々石のお米、アラカブ」。雲仙ではアラカブと呼ばれるカサゴの出汁の雑炊。岩崎が育てたキャベツと芝エビの香ばしさに、ペアリングの軽やかなチェコ産赤ワイン「ポッドファック 2018」が相性抜群。

ビアード|BEARD

長崎県雲仙市小浜町北本町2−1
tel:0957-74-5557
営)12:00~(水、木) 18:00~(金) 
12:00~、18:00~(土)
休)月、火、日
www.b-e-a-r-d.com

●掲載店や施設の営業時間、定休日、価格、料理などは、取材時から変更になる可能性があります。
●取材・撮影時はコロナ対策に十分配慮し、換気に注意のうえ少人数で行っています。
●写真でマスクを外している場合がありますが、通常スタッフはマスク着用のうえ感染対策を行っています。

*「フィガロジャポン」2022年5月号より抜粋

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※この記事はmadamefigaro.jpからの転載です。