ウクライナ軍、電動バイクを投入 最高時速90キロの特注品で無音移動

  • 文:青葉やまと
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<音を立てず、ロシア軍の熱感知でもほぼ捉えられない利点が。荒野を自在に駆け、偵察からミサイル発射までをこなす>

戦地で重宝するのは、大型の装甲車両だけとは限らないようだ。ウクライナ軍は特別仕様の電動バイクを一部地域で導入しており、その最高速度は最高時速90キロに達する。

一般的な装甲車両やガソリン式バイクなどとは異なり、eバイクでは敵陣のごく近くにまでほぼ無音で接近することが可能だ。偵察から対戦車ミサイルの射出まで、多用途に活用されている。導入対象は現時点で一部部隊に留まるが、自分の部隊にも導入したいとの声が将校たちから聞かれるようになった。

エネルギー専門ニュース誌の米エレクトレックは、「これまでのガソリン式ダートバイクよりも軽量であり、騒音も少なく、熱反応を監視しているロシアのドローンに映る放熱も削減している」と利点を強調する。

中央ヨーロッパのニュースメディア『ヴィシェグラード24』は動画にて、ドンバス地方でウクライナ軍の管制下で参戦するグルジア軍兵が、実際にeバイクで移動している様子を報じた。動画を紹介するツイートは、「前線や敵陣内でさえも音もなく移動できることから、この(e)バイクへの需要が大変に高まっている」と述べている。

eバイクの活用は、先端技術を前線に投入するウクライナの新たな事例として知られることになりそうだ。動画に対しある視聴者は、次のように反応した。「ウクライナが応戦し、国家として団結する姿は、まぎれもなく勇気を与えてくれる。沢山の、本当に沢山のストーリーが将来語られてゆくことだろう。」

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音もなく接近し、対戦車砲を発射

静音性に秀でるeバイクを用いることで、作戦の目標地点に素早く進入し、対戦車砲などで遠距離から攻撃を加え、そして任務完了後には音もなく離脱することが可能だ。

米ワー・ゾーン誌は、ロシア軍の警戒網を潜り抜けやすいと分析している。ロシア軍はドローンによる熱検知を展開しているが、一般車両よりも放熱が非常に少ないeバイクであればこの監視網を抜けやすく、偵察任務にも重宝されている。

ウクライナで展開中のeバイクには主に2製品があり、うちひとつはウクライナ国内のELEEK社が手がける「ELEEK Atom」だ。この製品は本来、市販品として開発された。

市販モデルは、9万5000フリヴニャ(約41万円)で販売されている。通常の自転車よりはかなり高価だが、大型バイクと比較すれば数分の1という価格だ。

ELEEK Atomはマウンテンバイクにも似た外見ながら、最高時速90キロの実力を秘める。まったくペダルを漕がなくとも、荒れ地を高速で疾走できる作りだ。

オフロード仕様のタイヤとバイク譲りのサスペンションを採用しており、戦地の大部分を占める悪路の走行に向いている。航続距離は最大100キロと長く、4時間ほどでフル充電という実用性の高さも特長だ。

ウクライナを本拠とするELEEK社は、過去10年ほどこの製品を製造し、世界中で販売してきた。侵攻が始まると同社は、すぐに戦地での活用の可能性に思い当たったようだ。担当者はワー・ゾーン誌に対し、「このモデルのバイクは、在庫すべてを無償で軍に譲渡しました」と語る。

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伝令から攻撃までこなす

市販仕様のeバイクが戦場に持ち込まれると、兵士のあいだで大変な好評を博した。ウクライナ軍はこれを受け、さらなる導入拡大に動いている。兵士たちからのフィードバックを添えて、カスタマイズを施した特注モデルをELEEK社に発注した。

軍の要望に応えた特注モデルは、より大型のバッテリーを搭載し、5時間の充電で最大150キロまでの航続距離に対応する。自重は70キロと比較的軽量ながら、150キロまでの荷重に耐える。兵士1名が乗ったうえで、重さ数キロの66ミリ対戦車砲を携行してもなお余裕がある。

ロシア軍が電子戦を展開しており通信が困難な地域では、eバイクに乗った兵士が伝令の役割を果たす。遠い昔には馬によって行われてきたメッセージの伝達は、いまやeバイクが取って代わった。

細かな配慮として、大型の可搬バッテリーとしても機能する。戦場では電源確保に苦労するのが常だが、ウクライナでITニュースを報じる『Mezha』によると、軍用モデルは駆動用バッテリーからUSBポートと220Vソケットを経由し、外部に電源を供給できる。これも、現場の兵士からのリクエストに応える形で追加された機能だ。

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ウクライナに限らず、ここ数年でeバイクの軍事用途での利用は増加傾向にある。アメリカでは国防高等研究計画局(DARPA)は、2014年から静音性重視のeバイクを研究している。ノルウェー軍は2018年からeバイクを採用しており、ニュージーランドやオーストラリアなどでもパトロール用途の試験導入が進む。

対戦車ミサイルの発射から任務用スマートフォンの充電までこなすeバイクの柔軟性に、現場では需要が高まっているようだ。

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青葉やまと

フリーライター・翻訳者。都内大手メーカー系システム会社での勤務を経て、2010年に文筆業に転身。文化・テクノロジー分野を中心に、複数のメディアで執筆中。本業の傍ら海外で開かれるカンファレンスの運営にも携わっている。

※この記事はNewsweek 日本版からの転載です。

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