2004年、Mr.Childrenの11枚目のアルバム『シフクノオト』のアートディレクションを手がけたクリエイティブディレクターの佐藤可士和さん。当時としては珍しい手法で、アーティストのブランディングに成功したという。どのようにビジュアルが作られたのか、制作の裏側を語ってもらった。

「小林武史さんからアートワーク制作の依頼をいただいたときは、僕でいいのかな? と思いました」
そう振り返るのは、クリエイティブディレクターの佐藤可士和さん。彼が手がけたのは、2004年の4月に発売された、ミスター・チルドレンの11枚目のアルバムである『シフクノオト』のアートワークだった。
当時の佐藤さんは、SMAPのアルバム『S map 〜SMAP 014』に端を発する、彼らのデビュー10周年キャンペーンのアートワークを担当し、高い評価を得ていた。シンプルで鮮やかなビジュアルをつくりそのビジュアルで街をジャックするという手法でキャンペーンを展開。アーティストの宣伝にとどまらないブランディングを見事に成功させて、数々の広告賞を受賞した。
そんな活躍を見せていた佐藤さんが「僕でいいのかな?」と考えたことには理由がある。
「信藤三雄さんがずっとミスター・チルドレンを手がけていたのはもちろん知っていたし、当時の僕はCDジャケットのデザインはそれほどしていなかったんですよ。SMAPとHi‒STANDARDくらいで。それでも、小林さんが直接僕に声をかけてくれたのは、そういった仕事を見て面白いって思ってもらえたからなのかなと」
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『シフクノオト』(2004年)/「自分のデザインの原点は絵」と語る佐藤さんが、桜井和寿が音楽とピュアに向き合う喜びを表現した、『シフクノオト』のアルバムデザイン。著名なアーティストであるミスター・チルドレンだからこそ、説明的な要素を省き抽象的に描き上げたドローイングが、アートワークとして成立。落書きのようなピュアで飾り気のない“私服”の表現で、“至福”を伝える。
キービジュアルが街をジャックし、人々の脳裏に刻まれる
博報堂から佐藤さんが独立して自身の事務所「SAMURAI」を立ち上げたのが2000年。発想の原点には、あらゆるデザインの力、そしてメディアの力を駆使してブランドをつくっていくという意志があったという。
「音楽の仕事でも、グラフィックとかアートワークをつくるというよりも、ミュージシャンという存在が社会に対してどういう出来事を起こしていけるのか、という考え方が原点にありました。ミスター・チルドレンでは突飛なことはしませんでしたが、CDジャケット単体では考えていなくて、キービジュアルをつくろうとしていた点で共通していましたね」
佐藤さんが言うキービジュアルという発想は当時としては、斬新なものだった。
「CDやポスターはそれぞれ別のメディアですが、それを横断するビジュアルをつくる考え方です。ジャケットはこの人がつくる、その広告は別の人がつくって商品の写真が入っているとか、そういうやり方のほうが、当時の仕事としては普通だったと思います。でも僕の場合はそうじゃなくて、最初にキービジュアルをつくり、それがジャケットのデザインにもなるし、広告キャンペーンとしても街に出ていくということを考えていました。共通するイメージが街中にインスタレーションされるような。そこが当時、小林さんには新しく見えたのだと思います」
佐藤さんにオファーがあった時には、収録される楽曲はもうすべて揃い、アルバムタイトルもボーカルの桜井和寿が考えた「シフクノオト」に決まっていたという。「昔のことだから正確な言葉は覚えていないけれど」と、佐藤さんはミスター・チルドレン、小林武史とのヒアリングを振り返る。
「桜井さんはご病気を患われたじゃないですか。そこからの復帰第一弾のアルバムだったんですよね。『もしかしたら死ぬかもしれない、そう思ったことは初めてだった。そのなかで、元気で命があって音楽をつくれるということは、本当に素晴らしいことだと思った』というようなことを桜井さんが話されていて、その言葉にとても心を打たれました」
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02年の7月から、桜井は小脳梗塞の疑いで、静養のため半年近く音楽活動を休止していた。
「ミスター・チルドレンというビッグアーティストが、音楽に対してすごくピュアな気持ちでもう一回向き合おう、と。だから“シフクノオト”とは、“至福”の音であると同時に飾らない“私服”の心で、というふたつの意味が込められていたわけです。両方の意味があるので、表記はカタカナにしたい、と。それを聞いた時には、なるほど、と納得したのを覚えています」
本質を見抜く力が優れている、そう評されることの多い佐藤さんだが、『シフクノオト』がミスター・チルドレンにおいてどういう意味をもつのか。それが明確になった。大成功を収めたミュージシャンが、音楽との向き合い方を原点に回帰させ、音への感謝や喜びを奏でる。
「だからこの仕事では、仕事として解釈して表現するという、いつものやり方ではないと思ったんですよね。桜井さん個人の強い思いを反映したアルバムだから、僕も個人のクリエイターとして返したほうがいいと考えました。桜井さんが“私服”に戻ったように、自分も仕事ではなく個人に戻り、桜井さんのピュアな思いに対して手紙を返すような気持ちで向き合おうとしました」

クリエイティブの出発点は人それぞれで、それがタイポグラフィーの人もいれば、立体的なものから入る人もいる。だが、自分は「絵」だと佐藤さんは言う。渡された楽曲を繰り返し聴き、身体の中に取り込みながら、ひたすら描き続ける。その一方で、クリエイティブディレクターとしての視点もまた自分の中に存在していたという。
「絵を描いている自分がいながら、『これが駅に貼られたら壁に落書きされたように見えるかな』とか、展開された時にどういうイメージが伝わるのかということも、最初から頭の中にはありました。ふたりの自分がいるような感覚でしたね」
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当時、どんどん仕事が増えていた佐藤さんは、事務所移転の準備を進めていた。ミスター・チルドレンのアートワーク制作と事務所移転のタイミングが重なったことで、次に入居する予定のまだ内装もされていない手つかずのオフィスがあった。まるでアトリエのようなその空間は、ピュアな気持ちで絵を描ける環境でもあった。
「僕の仕事というのは、クライアントがいて、その思いを表現するものです。彼らが思う以上に効果を発揮するビジュアライズを行うことでよりよく伝える。その点では、この『シフクノオト』は戦略的な発想ももちろんありながら、原点としてはそれよりも、個人の思いを返している。僕としては珍しいカタチです」
真摯な思いで描き上げたビジュアルは一案しか用意しなかった。そして、ミスター・チルドレンはそれを気に入り、そのまま正式採用されたのだった。
※この記事はPen 2022年7月号「Mr.Children、永遠に響く歌」特集より再編集した記事です。