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【Mr.Children特集】ジャズピアニスト桑原あいがミスチルに学んだ、音楽のつくり方

  • 写真:興村憲彦
  • 編集&文:倉持佑次
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姉の影響でミスチルの歌を熱心に聴くようになったというジャズピアニストの桑原あいさん。次第に桜井和寿が書く言葉に虜になり、自身の音楽のつくり方にも影響を与えたそうだ。ミスチルの魅力とはなんなのか、話を訊いた。

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三姉妹の末っ子であるジャズピアニストの桑原あいさん。二番目の姉まこさんとは親友のような関係で、すべてを真似して育ったそう。まこさんが熱心に聴いていたミスター・チルドレンも、聴くべきものと思って疑わなかった。

「中学一年生の時に初めて聴いたのが『君が好き』。お姉ちゃんに促されて歌詞カードを読むと、1番の歌詞が“缶コーヒーを買って”で終わっている。この後この人は何をしたんだろうね、とお姉ちゃんと話したのを覚えています。普通は一曲の中で物語が完結している曲が多いけど、この曲は当事者の気持ちの一部しか歌っていないのでは?と気になりました。その切り取り方で、人生が垣間見える感じがたまらなく好きです。アウトロが長いわけでもなく、それがまた余韻になっている。もう一度聴こうかと悩む時間すらも愛おしくさせる、言葉の威力を感じます。私が言葉に対して興味をもち始めたのはミスチルのおかげです」

その後、桑原さんはミスター・チルドレンの曲を続々と聴くように。やがて、桜井和寿が書く言葉の魅力にハマっていった。

「たとえば、ふっと無になった時に聴きたくなる『LOVE』の歌詞は、伝えなくてもいいことを伝えていて、強いメッセージじゃないところをあえて歌にしているのがとても愛くるしい。桜井さんの言葉の使い方は、無駄だと思っていた言葉を無駄じゃなくさせる力があるから不思議です」

さらに、ミスター・チルドレンの楽曲は入り方に特徴があるのだと桑原さんは続ける。

「『my life』という曲は、“62円の値打ちしかないの?”という歌詞で始まります。当時はこの62円が切手のことを言ってるとはすぐに気づかなかった。でも、気になる始まり方のせいで、ずっと曲のことを考えてしまう。切手が84円になったいま聴くと、時代を感じるところも好きです。自分で曲をつくる時も、最初の音を大事に考えるようになりました」

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ミスチルの曲は、桜井さんが書いて、桜井さんが発した言葉じゃないと響かない

ジャズピアニストとして、さまざまなセッションを行う桑原さんは、ボーカルとの共演も多い。ピアノが楽器として世界一だといつも言ってはいるが、“声”に敵うものはないとも思っているらしい。

「自分が言葉を操ることができる人間だったらボーカリストになりたかった。でも私に向いているのはピアノだから、ピアノでどうやって歌おうかと考えて演奏しています。ミスチルの曲は、桜井さんが書いて、桜井さんが発した言葉じゃないと響かない。もちろん、桜井さんの声じゃないとダメ。好きだからこそ、ミスチルだけはカバーしたくないと思っています」

音楽のジャンルは異なるが、ミスター・チルドレンの楽曲が自身の創作活動に影響を与えた部分はあるのだろうか?

「ジャズはスケールや理論に縛られて演奏してしまいがちです。もちろん学ばないとわからないことも多いけど、お客様は理論がどうとかで音楽を聴きません。曲を理論で分析することは、勉強の中では大事ですが、時にはナンセンスだと私は思います。実は私も7年前くらいまで、作曲する際は部屋にこもって理詰めしまくっていました。そのくらいしないと、見えるものも見えないと思っていたんです。でもそれでは、心の琴線に触れたり、ふとした瞬間に心の隙間に入るような曲がつくれなかった。そんな時にミスチルの曲を聴いて、桜井さんはどうやって作曲しているんだろうと考え、想像することが大事だと感じたんです。日常の中に馴染んで、自分の心のわずかな動きをつかみ取ることができれば曲づくりも変わる。そう思って生活したら、ものすごく生きるのが楽しくなった。ミスチルの音楽を聴いて、自分の音楽のつくり方を考えさせられたので、そういった意味でとても影響を受けています」

言語のないピアノという楽器に命をかける彼女だからこそ、彼らの言葉がいっそう心に響くのだろう。いつか桜井と同じステージで、その言葉が生まれる瞬間を見ながらピアノを弾きたい、と力強く語ってくれた。

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桑原あいが選ぶ Best 10 Songs

「Over」
「名もなき詩」
「花言葉」
「LOVE」
「CANDY」
「Sign」
「Any」
「UFO」
「君が好き」
「デルモ」

各曲に用いられる転調が大好きだという桑原さん。「花言葉」の最後の転調は、「唐突なのに音楽的」で特にお気に入り。「掌」と最後まで悩んだ「デルモ」は、なかなか出せない浮遊感に浸れるという。「名もなき詩」はイントロのドラムパターンからAメロの流れが秀逸で、「こんな曲はミスチルしか書けない」と大絶賛。

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「名もなき詩」

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「君が好き」

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「デルモ」がカップリングとして収録された『Everything(It's you)』

桑原あい

ジャズピアニスト。1991年生まれ。2013年にメジャーデビュー。これまでに10枚のアルバムをリリースし、数々の音楽賞を受賞。豊かな表現力を武器に、国内外を問わずライブ活動を精力的に行う気鋭のピアニスト。最新作『Opera』は自身初となる全編ソロピアノアルバム。

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※この記事はPen 2022年7月号「Mr.Children、永遠に響く歌」特集より再編集した記事です。