【独占】アップル重役が語る、創業45年目でも変わらない製品哲学

  • 文:林信行
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「(創業からの)最初の30年は序章に過ぎなかった。2007年へようこそ」。

このミステリアスなメッセージが掲げられた8日後、スティーブ・ジョブズが最初のiPhoneを発表した。これは我々の暮らしぶりや働き方を根本から変える大きな転換点となった。

それから15年が経ち、ジョブズはこの世を去り、アップル社の体制も大きく変わった。しかし、同社がスマートフォンを中心としたデジタルライフスタイルの牽引者であることに変わりはない。

アップル創業45年目の年明けは大きなニュースもなく静かなスタートだったが、3月に行われた新製品発表イベントでは、iPhone SEとiPad Airの刷新やiPhone 13の新色だけでなく、誰もが予想しなかった超高性能新型プロセッサM1 Ultra搭載のMacの新シリーズ、Mac Studioや高性能なカメラやスピーカーを内蔵したStudio Displayも発表されるなど、多岐に渡る製品が発表された。

こうした多彩な新製品群を通してアップルが体現しようとしているものは何か。

iPhoneの立ち上げに関わった後、一時はGoogle社に転職、その後、再びアップルにワールドワイドマーケティング担当の副社長として返り咲いたボブ・ボーチャーズ氏(Bob Borchers)が本誌の独占インタビューに答え、アップルと他社を隔つ一線について語った。

前・後編に分けて、内容をお届けする。

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アップル製品が目指す「オートマジック」の体験

「最も重視しているのは製品を使う人々の体験。それも、これは私の最近のお気に入りの言葉なのですが『オートマジック』とでもいうべき体験です。」
改めて解説するまでもないが、これは「自動的」を意味する「automatic」と「魔法」を意味する「magic」を掛け合わせた造語だ。ボーチャーズ氏は人々がやりたかったことを、ちゃんと思った通りに実現してくれる一方で、「よく考えると、これって一体どうやって実現しているの?」と言った驚きも感じさせる体験のことだという。

わかりやすい例の1つが、まだ英語のみの対応だがLive Textという機能だ。iPhoneでホワイトボードやお店の看板の写真を撮ると、写真に写っている文字の部分をコピーしてメールなどに文字情報として貼り付けられる。電話番号であればその部分をタップしてすぐに電話をかけることもできる(日本のiPhoneでも「テキスト認識表示」という機能を有効にすれば利用できるが、日本語の文字には非対応だ)。

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カメラで撮影した印刷や手書きによる文字を認識。テキストデータに変換してコピーをしたり、電話番号であればそのままタップして電話をかけることができる機能。現状では欧文や中国語のみの対応で日本語は非対応。

すごいのはここからだ。写真撮影したホワイトボード上の英文をiPhoneでコピーした後、近くにある自分のMacでワープロを起動してペースト操作をすると、iPhoneでコピーした内容が文字情報に変換されて挿入される。実際に試すと、その操作の流れがあまりにも自然で驚かされる。まさに魔法のようだ。

ボーチャーズ氏は次のように種明かしを語る。
「こうした体験はハード、ソフトそしてサービスのすべて1つに統合されているからこそ実現しています。」 こういう機能が良いとわかった今、他社製品でも同じ機能を実装することは可能だろう。しかし、ここまで自然な操作に落とし込むのは難しいはずだ。なぜなら、他社製品ではプロセッサをつくっているのも、スマートフォンをつくっているのも、OSをつくっているのも、サービスをつくっているのも別の会社だ。

こうした統合された開発による使い勝手の自然さは、例えばiPhone上で2本の指で写真を思った通りの大きさにズームするといった一見シンプルに見える操作の感触にこそ表れる、とボーチャーズ氏は言う。

上述したLive Textも最新iPhoneに搭載されたA15 bionicというプロセッサのおかげで、写真中から文字を探し出して認識すると言う難しい処理を背後で行なっていることを一切感じさせず写真アプリの軽快さはそのままに実装している。OSが提供する操作方法も自然で、新たに操作ボタンが追加されたりといったことは一切ない。メモ帳から文字をコピーするのと変わらない操作で利用できる。さらにクラウドサービスのiCloudで同じ所有者のiPhone、iPad、Macの自然な連携が実現している。まさにハード、ソフト、サービスの三位一体が可能にした体験なのだ。

昨年からiPhone、iPadとMacに「集中モード」という機能が搭載された。大事な仕事に集中したい時に、ニュースやゲーム、友達からのメッセージの通知に邪魔をされ集中が途切れないように、ボタンを押してこのモードを選ぶと、急を要する通知以外は、モードを解除するまで表示されない。この機能も、持っている1つ1つの機器で設定しなくても、一台で設定すれば他の機器にもすぐに同じ設定が反映されるのも、アップル製OSとiCloudによる連携がなせる技だ。

テクノロジー製品では新たな機能や技術を開発するたびに、設定項目や操作ボタンが増えることが少なくない。だが、機能を使うか否かの難しい選択をユーザーに押し付けることなく、ある程度は自動的に、必要な時には有効、不要な時には無効化するのが「オートマジック」だ。

最近のiPhoneはほとんどが5Gのモバイル通信に対応している。5Gは高速で通信ができる代わりに電力消費が大きくバッテリーを消耗させる欠点もあるが、iPhoneではこれも「5Gオート」という、ほとんどの人が設定をいじることのない機能で、大容量の通信をする時には5Gを利用し、そうでない時には4Gに接続して節電するといった処理を全自動で行なっている。

「この技術の実現には通信キャリアにも協力してもらう必要があった」とボーチャーズ氏は語る。最近ではこのように他社との協力関係で実現している「オートマジック」も多い。

「今日、iPhoneは一部の自動車では鍵がわりになっています。iPhoneでドアを開け中に入ると、最近では多くの自動車がCarPlayというiPhone連携機能に対応しているので、iPhone上の音楽を再生するエンターテイメントシステムになったり、ナビゲーションシステムにもなってくれます。こうした自動車は他社の製品ではありますが、自然に連携を果たしてくれます。」

BMW5シリーズなど一部の自動車が、iPhoneの最新機能「CarKey」に対応し始めている。iPhoneやApple Watchを、ドアに近づけるだけでドアのロックを解除し、運転席の定位置に置くだけでエンジンがかかるという機能で、人に車を貸す際もメッセージで期限付きの電子鍵を送ることができる。今後、他の自動車メーカーへも対応が広がると期待されている。

鍵といえば最近ではiPhoneが自宅の鍵やオフィスの入管証の替わりにできる製品も増えている。

その衝撃的なデビューから15年が経ち、iPhoneは世界中の多くの人々にとって手放せない生活の一部として定着する一方で、デジタルライフスタイルをさらに発展させる「魔法の杖」のような存在感を今でも保っている。

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最高を最初から

さて、アップルと他メーカーとの違いについてもう1つ別のアングルからも見てみよう。3月に発表された新iPhone SE、つまりiPhoneの中でも、もっとも低価格なモデルの事例だ。

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3月に発表されたiPhone SEの普及型モデル、iPhone SE。普及型とは言え上位モデルと同じ最新鋭プロセッサを搭載しLive Textなどの最新機能もほとんど使うことができる。

スマートフォンやパソコンで一番、高価な部品の1つが、その頭脳とも言えるプロセッサだが、iPhone SEは、低価格モデルでありながら、3万円以上高価なiPhone 13と同じ最新鋭プロセッサを搭載しているのだ。

「世間一般の考え方でいくとiPhone SEのような安価な製品には、型落ちのプロセッサを搭載するのが普通でしょう。それ以外にもいくつか製品の価格を抑えるための定石があります。でも、我々はまったく異なる考え方をします。我々はiPhone SEを買う人は、おそらく製品と長い付き合いを大事にする人たちだと捉えています。そんな彼らには製品の丈夫さも重要な要素でしょう。iPhone SEの購入を検討している人は、現在、iPhone 6、7、8といったモデルを使っている人が多いと思います(注.2015〜2017年頃に登場したモデル)。アップルでは、これらの古い製品が発売から時間が経った今でもちゃんと動くように気を配ってます。なので、彼らは現状のまま、これらの製品を使っていても十分に満足しているはずです。でも、何かのきっかけで製品を買い替えて、ちょっと最新のテクノロジーの恩恵を享受してみようと考えている人たちです。我々はそうしたユーザーの方々が、ただ一時的に最新のテクノロジーに追いつくだけでなく、その後もしばらく最先端テクノロジーを享受し続けられるようにしたいと考えています。そうすることで彼らは再びこの製品を、これから5、6、7年間、あるいはもっと長い期間、大事に使い続けることができます。」

そのように、まずはユーザーにどんな体験をしてもらい、どのような印象を持ってもらうかを考えるのがアップルだとボーチャーズ氏は語る。

「我々は表計算ソフトで製品売上の損益分岐などを起点に製品を考えるのではなく、使う人たちはこんなことをしたいのではないか、ということから考え始めて、そこに対して我々が何ができるかを考えて製品を作ります。同様の考え方は同時に発表されたiPad Airにも当てはまります。」

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iPad主流モデルのiPad Airが、MacやiPad Proと同じ高性能なM1プロセッサを搭載。本格的な写真加工からビデオ編集など負荷の大きなクリエイティブ作業も楽々こなせるようになった。

iPadには学校などの導入が主となる「iPad」というモデル名の低価格モデルがあるが、それ以外の多くの人が選ぶ主流モデルがこのiPad Airだ。アップルは、このモデルに、最高性能を誇るiPad ProやMacBook AirなどのMac製品と同じM1と呼ばれる高性能プロセッサを搭載した。

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ハード、ソフト、サービスだけでなく、デジタル製品の頭脳とも言えるプロセッサまで自社開発を始めたことで、アップル社の製品は大きく変わり始めた。最初はA15 bionicを含むiPhone用プロセッサの開発から始まったが、今日ではM1に代表されるMacやiPadで使われるプロセッサも開発。性能でも消費電力の低さでも他社を引き離すプロセッサを贅沢にも入門機にも搭載することで他社製品に対して大きなアドバンテージを示し始めた。

「我々は誰がプロで、誰がコンシューマー(消費者)といった分け方をしていません。どんな人にもプロとしての面も、コンシューマーとしての面もあります。iPad Airでもほとんどの人が満足できる機能や性能を備えさせ、その上でiPad Proにはやや特殊なプロ機能を加えた製品に位置付けているのだという。

「iPad Proは、高性能なカメラや、ARなどのオブジェクトの3Dスキャンにも使えるLiDAR(高精度のレーザースキャン技術)が搭載されていたり、ディスプレイのサイズが選べたり、大型ディスプレイモデルでは高コントラストなミニLEDや、映像の動きを滑らかにしつつ節電も同時に実現するProMotionという技術を採用したり、大容量のデーターを高速に転送するThunderboltに対応したりといった違いがあります。仕事によっては、これらの特殊な技術が大きな価値を持つ人達もいるので、そういう人達のことを考えて用意したモデルです。それに対してiPad Airは、そこまでは不要で、もっと汎用的に色々なことに使いたい人達のことを考えてつくっています。」

一番手頃な入門用の製品を使う人も、ベテランのユーザーでも最高の体験ができることを目指す姿勢は、実は創業以来変わらない。それは1990年代、日本のアップルが展開した「最高を最初から」という広告コピーにも表れている。

後編へ:規制とイノベーション。アップル重役が語る、目指すべき最良の顧客体験