【アートでひも解く、グランドセイコーのデザイン哲学】Vol.4 植物の一瞬の美を捉えた、鈴木祥太の金属工芸品

  • 写真(腕時計):星 武志
  • 写真(アート作品、ポートレート):齋藤誠一
  • 文:篠田哲生
  • 監修:青野尚子
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左:グランドセイコー「SLGA009」 右:鈴木祥太の新作「Blowing Ginkgo」Photo by Tadayuki Minamoto

1960年に生まれた初代グランドセイコーは、優美で美しい時計だった。しかし日本の最高峰ウォッチであるなら、“日本らしい”オリジナリティが求められる。では、日本らしい高級腕時計の表現とはなんだろうか? 

そこから考え出されたのは、シャープな立体構造だった。日本では古くより、面と面が生み出す稜線の美や光と陰がつくり出す陰影を愛でてきた。そういった美意識を、腕時計のデザインに取り入れようと考えたのだ。しかしそれには、硬いステンレス・スチールを緻密に加工しなくてはいけない。つまりグランドセイコーの美しさとは、金属加工の美しさでもあるのだ。

鈴木祥太は、花や枯れ葉などの自然物を金属で表現する造形作家。金属のもつ可能性を引き出す彼のクリエイションは、まさにグランドセイコーと共通する哲学を感じさせる。

「セイコースタイル」から新デザインコード「エボリューション9スタイル」へ

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最新のスプリングドライブムーブメント「9RA2」を搭載した、Evolution 9 Collectionの「SLGA009」。ダイヤルには、精密な型打ちによって“白樺林”を表現した。1,045,000円(税込)

グランドセイコーのいまに至るデザインが確立されたのは、1967年に発売された「44GS」からだとされている。日本人は面と面が生み出す陰影を愛でてきた。屏風や障子はその好例である。光と陰によって奥行きを表現し、陰影の調和によって現れる表情を好んだ。そんな美意識を「44GS」に取り入れたのだ。そしてこのデザインは明文化され、「セイコースタイル」としてのちのデザイナーたちに受けつがれている。

セイコースタイルには9つのルールがある。その代表的なものが「鏡面研磨された平面」「接線サイドライン」「多面カットのインデックス」である。これらは光を受けるとキラッと輝く一方で、隣接する面はスッと暗くなる。その陰影こそが、スイス時計にはないデザイン表現となったのだ。

グランドセイコーは、日本の美しい時計として世界的な評価を高めてきた。しかしだからこそ、美しい進化が求められる。ブランド誕生から60年以上の時を経て新たに生まれたデザインコード「エボリューション9スタイル」は、セイコースタイルを深化させ、よりいっそう“日本的な美意識や自然観”を表現するというものだ。

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ケースはサイドや上面が筋目仕上げで、斜面が鏡面仕上げ。ブレスレットは上面が筋目仕上げでサイドが鏡面仕上げ。細かく仕上げを変えていくことで、光と陰の美しいグラデーションが生まれる。また、ケースが低重心となり、ブレスの厚みも増したことで装着性がアップした。

なかでも重視したのは、「光と陰の間に生まれる中間の美」である。光と陰のコントラストと、その中間にあるグラデーションは、時計の高級感をもたらす要素の一つだ。そこで「エボリューション9スタイル」では、繊細な筋目仕上げを取り入れることで美しいグラデーションを引き出すようにしたのだ。

このデザイン手法を取り入れた「SLGA009」は、まさにディテールの美が宿る時計となっている。

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植物が放つ「一瞬の美しさ」を金属で可視化する

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鈴木祥太●1987年生まれ、宮城県出身。東北芸術工科大学 金属専攻を卒業し、現在は京都在住。小さな植物がもっているエネルギーや一瞬の美しさを、金属によって形にする金属造形作家。

「ダイヤルの白とインデックスの煌めきなど、コントラストを利かせていて綺麗ですね。光と陰を巧みに操っている、抜け目のない造形です。この筋目仕上げのおかげで、移り変わっていくやわらかな光を生み出しているのですね」

グランドセイコー「SLGA009」を眺めながら語るのは、金属造形作家の鈴木祥太。彼は金属という硬くて永続性のある素材を使いながら、植物の「一瞬の美しさ」を表現し、国内外で高く評価されているアーティストだ。

「金属工芸は、とても日本的な技法です。欧州では装飾品として宝石を使いましたが、日本では宝石の入手が困難だったこともあって、金属をさまざまな色に変化させる技術が生まれました。金属には硬さや光沢などのイメージがありますが、実はしなやかでやわらかな表情をもっている素材なのです」

それはまさしく、グランドセイコーが金属のケースで表現しようとしていることでもある。

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風で吹き飛ぶケヤキの枯れ葉を表現した作品。色や虫食い穴などの繊細な表現は、金属だからこそ可能になった。

鈴木の作品は、自然の姿を生き写しにしているのではない。例えば、この枯れ葉の作品は、彼が京都市役所前を歩いている時にビュッと風が吹き、枯れ葉が舞い散るその刹那を、イメージとして切り取ったもの。自然界のなかで日々繰り返される植物の姿を、作品にするのだ。

「僕は時間を可視化することに興味があります。時の流れを形にする。植物が枯れていく様子や枯れ葉が風に流される一瞬を、金属という素材の特性を使って表現するのです」

時間は止まることなく流れ続ける。だからこそ、その瞬間を封じ込めたいと思うのだ。しかも金属は硬さがあるからこそ、触れたら壊れてしまいそうな繊細な表現であっても形を維持できる。まさに素材がもたらした、美しい一瞬がそこにある。

日本ならではの「時の流れ」の捉え方

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実際に「SLGA009」を身につけてもらった。特にちょっと腕を伸ばした時に見える、ケースサイドの雰囲気を気に入っていた。

「植物が好きになったのは幼少期。たくさんの草木があった祖父の庭で遊んでいたことがきっかけでした。だから植物だけでなく、その風景をつくりたい。公園や庭に植物がある姿を表現したいんです」

何気ない自然の風景には、必ず流れる時間や季節がある。だから作品に一瞬の美しさを封じ込めるのだ。

「日本の美とは、時の流れのなかに感じるものだと思います。西洋文化は、例えば満開の花のブーケのように時の流れにピークをつくります。しかし日本では季節ひとつとっても、二十四節気や七十二候など区切りも細かいですし、それぞれに意味や美しさがある。SLGA009の白樺ダイヤルにも、そんな日本らしい美の風景を感じます」

グランドセイコーもまた、時間のなかにある美しい一瞬を表現するものであるのだ。

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手元を眺めた時の美しさを大切にする

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子どもの頃にタンポポを指に巻き付けて遊んでいた、その造形を金属でつくったという「The Dandelion ring」。細部への美しい表現は、グランドセイコーと通じ合うところが多い。

芸術家という仕事は、時間に縛られてはいけない。だからあまり腕時計はしないのだと鈴木は笑う。しかし金属造形作家として、グランドセイコーの造形に惹かれるという。

「多面のケースに美しさを感じます。宝石のようなカッティングにも見えますし、いろいろな角度から眺めていたい。インデックスの鏡面磨きは、白樺林のなかで煌めく木漏れ日にも見えますね」

鈴木はオブジェだけでなくアクセサリーも製作している。だからこそ「手を景色として、美しいかどうか」を大切にする。

「この腕時計は、手の上で光が反射しているように見える。アトリエがある京都は、日常のなかにある美しさを大切にする文化がありますが、グランドセイコーにも同じものを感じますね」

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京都の工房で作品づくりに没頭する鈴木。ひとり金属と向き合うその時間を大切にしている。

ここ数年、高級時計がブームとなっている。しかしその話の軸は“資産価値”であり、時の流れに思いを馳せるような上質な物語は、残念ながら聞こえてこない。本来の高級時計とは、目には見えない“時”という概念を可視化するために、古の知識人たちがつくり上げた人類の叡智である。そして針の動きを眺めながら、流れ去る一瞬という時間に思いを馳せる……そんな優雅なものでもある。

グランドセイコーの「SLGA009」は、スプリングドライブムーブメントの静かな針の動きと精密な型打ちから生まれた白樺ダイヤル、そして光と陰とそのグラデーションによって、自然のなかにある小さな一瞬を捉える。

この時計を眺めた時に感じる喜びや感動、気づきといった一瞬こそが、人生を豊かにする時の始まりとなるのだろう。

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Evolution 9 Collection


【各モデルの公式ページ一覧】

SLGA009
SLGH005


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https://www.grand-seiko.com/jp-ja/special/storiesofgrandseiko/