やなぎみわと台湾オペラの邂逅。『アフロディーテ 〜阿婆蘭(アポーラン)〜』が一夜限りの公演

  • 構成・文:近藤弥生子
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提供/財團法人文化臺灣基金會、撮影/黃宏錡、林政億

日本と台湾を文化でつなぐ「Taiwan NOW」の最終プログラム『アフロディーテ 〜阿婆蘭(アポーラン)〜』は、日本の現代美術作家やなぎみわが、“台湾オペラ”と呼ばれる台湾の伝統芸能「歌仔戯」の脚本・演出・美術を手がけた作品だ。
人気・実力ともに南部最大と讃えられる「秀琴歌劇團」、「春美歌劇團」、「明華園天字戲劇團」の三劇団により、12月25日の一夜限り、高雄の衛武営国家芸術文化センターで公演された。公演の模様はライブ配信され、2021年の秋冬を通して開催されたイベントを華々しく締めくくった。

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2018年10月にオープンした高雄の衛武営国家芸術文化センター。音響の良さでも知られる。設計はオランダの建築家、フランシーヌ・ホウベン(Francine Houben)。(提供/財團法人文化臺灣基金會、撮影/黃宏錡、林政億、尹雯慧)

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「ともに花を咲かせよう」をコンセプトに文化台湾基金会が立ち上げ、秋冬を通して開催されていたコンテンポラリー アート フェス「Taiwan NOW」は12月25日、台湾南部・高雄の衛武営国家芸術文化センターで行われた『アフロディーテ 〜阿婆蘭(アポーラン)〜』の公演をもって、終幕を迎えた。

​​やなぎみわは、1998年の台北ビエンナーレへの参加以降、台湾に何度も足を運び、自然生態や民俗文化に関心を抱き続けており、台湾の工場に特注したステージトレーラーを所有し、屋外トレーラー巡礼劇『日輪の翼』を手がけるなど、台湾と深いつながりのある現代芸術作家だ。
文化台湾基金会の董事長であり、「Taiwan NOW」では総監督を務めた林曼麗(リン・マンレイ)が、旧知の中であるやなぎみわに花をテーマにした「歌仔戯(台湾オペラ)」をつくりたいと相談したことから、このプログラムは誕生した。

「阿婆蘭」は、実在する台湾原生種の胡蝶蘭だ。
台湾の農業品として日本を始めとする海外に輸出され、いまでは原生種がほとんど見られなくなってしまった。
台湾各地を訪れるなかで「阿婆蘭」について知ったやなぎみわが、林曼麗から「花をテーマにした歌仔戯をつくりたい」と言われた時、「それならばぜひ、阿婆蘭を」とすぐに思いついたという。

劇作家の王友輝も、失われつつある「阿婆蘭」の姿が、自分たちの伝統文芸である「歌仔戯」に重ねて見えたとも語っている。

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やなぎみわによるスケッチ。(提供/財團法人文化臺灣基金會)

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やなぎみわ。(提供/財團法人文化臺灣基金會、撮影/沈昭良)
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プログラムは雨天中止だったため、台湾流の願掛けで、しばらくの間ベジタリアン食をとっていたという林曼麗(リン・マンレイ)文化台湾基金会董事長兼「Taiwan NOW」総監督。
(提供/財團法人文化臺灣基金會、撮影/林政億)

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やなぎみわが書いた日本語の脚本をもとに、台湾語版の脚本を完成させた劇作家の王友輝(ワン・ヨウフイ)。劇中歌の作詞も担当した。(提供/財團法人文化臺灣基金會、撮影/林政億)

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人間の欲望とサステイナブルを問う物語

鑑賞前にストーリーを掴んでおくと、より楽しめるオペラ。ここでは『アフロディーテ 〜阿婆蘭(アポーラン)〜』のあらすじを紹介しよう。

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提供/財團法人文化臺灣基金會、撮影/黃宏錡、林政億、尹雯慧

『アフロディーテ 〜阿婆蘭(アポーラン)〜』は、台湾の離島の山中「白蘭幽境」に自生する多種多様な蘭たちと、そこで共生する村人たち、そして蘭の美や、蘭で富を築こうとする人間が紡ぐ物語。

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提供/財團法人文化臺灣基金會、撮影/黃宏錡、林政億、尹雯慧

「白蘭幽境」に自生する多種多様な蘭たち。その中でもひときわ白く美しく輝く存在が、愛と美の女神「アフロディーテ」の学名を持つ「阿婆蘭」だった。

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提供/財團法人文化臺灣基金會、撮影/黃宏錡、林政億、尹雯慧

「白蘭幽境」では、自然と村人は共生していた。子供たちには「阿婆蘭」の仙人が歌う歌が聴こえ、ともに歌って暮らしていた。

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提供/財團法人文化臺灣基金會、撮影/黃宏錡、林政億、尹雯慧

そこへある時、「白蘭幽境」をかつてから研究している日本人人類学者の森が、植物学者の林とともに、この地に現れる。「阿婆蘭」の美しさに魅了された林は、花の千人をひとり自分の研究室へと連れ去り、より白く、より大きく改良することに成功する。

それに目をつけた商人が、林のもとを訪れ、「阿婆蘭」の大量生産を持ちかける。大量生産した蘭を、海外へ輸出して一儲けしようというのだ。

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提供/財團法人文化臺灣基金會、撮影/黃宏錡、林政億、尹雯慧

「白蘭幽境」で育った少女マナは、里のために都市へ出て懸命に働いていたが、商人の助けをすることで、思いがけず「白蘭幽境」を窮地へと追い込み、かつて歌っていた歌も忘れ、苦しむことになる。

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提供/財團法人文化臺灣基金會、撮影/黃宏錡、林政億、尹雯慧

遺伝子操作で大量に生み出された「阿婆蘭」のクローンたち。増殖し続けるクローンの大合唱に、原生種の「阿婆蘭」の歌声はかき消されていく。

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アーカイブ映像を期間限定で無料配信中

当初は東京オリンピック・パラリンピックに向けて企画されていた「Taiwan NOW」。本来であれば『アフロディーテ 〜阿婆蘭(アポーラン)〜』も日本で公演される予定だった。
今回、台湾の公共放送局の協力でライブ配信と14日間限定のアーカイブ化が決定した。日本語字幕も付いているので、ぜひ期間内にご覧いただきたい。

※アーカイブ映像は2022年1月9日 日本時間0時59分まで公開

公演のために台湾入りしていた、やなぎみわ。公演直前に日本の実母の危篤の知らせが入ったため日本に帰り、それ以降もリモートで調整を行なっていたという。
やなぎは「この『阿婆蘭』が、ひとつの伝統劇として残り、小さなお寺の前で、蘭の物語の歌が聞こえるのを想像しています」という言葉をプロダクションノートに残している。筆者も在台邦人のひとりとして、きっとそうであってほしいと、願わずにはいられない。

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