若き現代美術作家・髙橋大雅が築いた、五感を刺激する総合芸術空間作品「T.T」とは?

  • 文:小長谷奈都子

Share:

祇園南側の静かな裏路地にオープンした「T.T」。看板はなく照明にロゴが入るのみ。

紅殻格子(べんがらごうし)に犬矢来(いぬやらい)という、お茶屋の家並みと石畳に情緒があふれる京都・祇園の花見小路。その1本裏の静かな路地に、デザイナーで現代美術家の髙橋大雅が、自身のブランド「タイガ・タカハシ」のブティックを含む総合芸術空間「T.T」をオープンした。

「タイガ・タカハシ」は、2017年に髙橋がニューヨークでスタートしたブランド。2021年秋冬シーズンより日本に本格上陸した。建物は、大正時代に建てられた築100年ほどの町家を大改装。構造は変えずに部分的にディテールを削いでいくことで空間にゆとりをもたせ、建物と同じかもしくはそれ以上の歴史をもつ日本各地の神社や日本家屋の古材のみを使用。「過去の遺物を蘇らせることで、未来の考古物を発掘する」というブランドコンセプトは、空間づくりのベースにもなっている。

「神戸出身で、幼い頃からこのすぐ近くの祇園の歌舞練場に都をどりを見に来ていました。京都というより祇園という街にピンポイントで馴染みがあって、来る度に懐かしい気持ちになります。同時に、ロンドンやニューヨークなど海外生活が長く、京都も違う国に来ているような感覚がある。ファッションや芸術の方で、古い価値観や美意識、美学を蘇らせるというコンセプトがあって、カタチを変えながら守り続けるという点では、京都と共通していると思っています」。髙橋は、世界初のブティック、ギャラリー、茶室を京都に構えた理由をこう話す。

---fadeinPager---

100年残るような、時間と手間をかけた服

©︎髙橋大雅_'無限門', 2021, 玄武岩, 86.5 x 126 x 85.5 cm.JPG
神社や茶室の入り口にある蹲に見立ててつくられた彫刻作品「無限門」。照明を反射して天井には水の揺らめきが映る、石と水と光の空間。
髙橋大雅『無限門』2021年 玄武岩 86.5×126×85.5cm

建物内に足を踏み入れると、まず髙橋による巨大な玄武岩の彫刻作品『無限門』に出迎えられる。イサム・ノグチ日本財団の理事長を務め、イサム・ノグチの石彫制作を25年間にわたって支えた故和泉正敏とともに香川県牟礼市で制作したものだ。隣の部屋に据えられた見る角度で表情を変える『無限円』、奥のギャラリースペースにそびえる『無限塔』も同じく和泉と制作。そして、坪庭では和泉の彫刻作品が存在感を放っている。

「かつて彫刻の常識を覆したブランクーシ、そんな彼の元で修行したイサム・ノグチ。そしてイサム・ノグチを師として仰いだ和泉さんとともに彫刻を制作できたのはなにかの運命だと思っています。 今回、このブランクーシから始まる系図を自分の作品として表現しました」

タイガ・タカハシの服が並ぶのは、同じ1階。10代より、海外のアンティークディーラーや古美術商を通じて、100年以上前の服を数千着以上コレクションし、それらを通して考古学の観点から衣服を研究してきた髙橋。その服づくリは独特だ。自分でデザインしたパターンにイエール大学のブランケットとして使われていた生地をはめ込んだジャケット、Tシャツが生まれた時代と同じつくり方をしたTシャツ、奄美大島のテーチギという植物で天然染色して、泥田の中で黒く反応させた泥染めのレザーコート。すべて一点もののような独特の風合いに仕上がったものばかりだ。

「100年前の衣服が回りに回って自分の手元にあるのは、その衣服が100年間生き残ったという証拠です。そして、この衣服がどうやってつくられているかを理解すれば、自分がつくる衣服も100年後に残るのではないだろうか。時間をサバイブするような衣服をつくりたいのです。そういった観点もあり、一種の “分岐点” ともいえるいまから100年前、1920年代のアメリカではじまった大量生産、大量消費が生まれる前の時代のものづくりに関心を寄せています」

_MG_4397.JPG
ノグチイサム日本財団の理事長で石彫家の和泉正敏の作品。店内と庭を隔てるガラス窓には枠がなく、内部から外へ繋がるような設計。庭には砕いた庵治石が敷き詰められている。

Pinhole Fim_page-0001.jpg
2021秋冬コレクションより。1940年代のアメリカ製カバーオールをベースにしたジャケット。第一次世界大戦時に使用されていたアメリカ軍の生地をオーガニックコットンで再現。¥38,500(税込)

---fadeinPager---

“現代の茶室”で、独創的な茶菓懐石を楽しむ

_MG_4518.JPG
2階の立礼茶室「然美」。かみ添による抽象画のような手摺りの壁紙が時間帯や太陽の光によって表情を変える。通りに面した異なる雰囲気の部屋もあり、人数によって使い分けられる。

庵治石(あじいし)が壁に突き刺さったような階段を上ると、2階は立礼茶室「然美(さび)」。老舗和菓子司の職人による季節感あふれる独創的な和菓子と、京都の茶葉を中心とした日本茶が5品ずつの茶菓懐石を提供する。

「この物件を見つけてから、日本の美ってなんだろうと問いかけた時に、日本の美術は茶の湯から始まっている、京都でやるには茶の湯の要素を取り入れたいと思ったんです。ただ型どおりにしたり、再現するのではなく、自分たちが生きている現代に蘇らせ、違うカタチで提案していきたいと思っています」

一枚一枚表情の違う黒い和紙の壁紙は、千利休がつくった茶室「待庵」の土壁をイメージして、京都の唐紙工房、かみ添に手摺りしてもらったもの。イスは、髙橋がデザインし、ジョージ・ナカシマの家具を長年制作してきた桜制作所が制作。器やカトラリーもすべて「然美」のために作家や工房に特注したものだ。できるだけノイズを消し、ミニマルに仕上げた空間はまさに現代の茶室。コの字型カウンターの中央に設けられたステージのようなスペースでは、スタッフが美しい所作でお茶を淹れ、シェイカーを振ってカクテルをつくる。

「最初の構想は一室の茶室で、洋服が一着かかっていて、そこでお茶を出すというのをイメージしていました。ただ服を買うのではなく、自分の目で見て感じ、体験できるような空間にしたくて、それがいつの間にかこうなった(笑)。着るもの、食べるもの、飲むもの、芸術がひとつの建物に共存する、総合芸術空間です」

_MG_2079.JPG
師走の茶菓懐石より「山眠る」。伝統的な山芋のきんとんに、備中産の白小豆あんと、干柿を合わせたもの。提供するギリギリに仕上げた、やわらかく繊細な口溶け。お菓子やドリンク、器は毎月変わる。

_MG_1912.JPG
京都で昔から愛される一保堂のいり番茶は、独特の燻製香と味わいが特徴。お茶のペアリングはアルコールかノンアルコールを選べる。器は静岡の二階堂明弘、東京の瀬川辰馬、福岡の福村龍太といった作家に特注したもの。

---fadeinPager---

奇しくも1階が呉服屋、2階がお茶屋だったという元の建物のルーツに則った構成。タイガ・タカハシの世界観を体感するために訪れるのはもちろん、店内に飾られた彫刻や古美術、古道具を見るためにギャラリー的に立ち寄ったり、ただ2階の茶室でお菓子とお茶のみを味わうこともできる。料亭やお茶屋が連なる祇園に新しい風を吹き込む「T.T」は、楽しみ方も人それぞれだ。

髙橋大雅プロフィール

●現代美術作家。1995年、兵庫県神戸市生まれ。2010年に渡英し、ロンドン国際芸術学校を卒業後、13年にセントラル・セント・マーチンズに進学。アントワープやロンドンのメゾンでデザインアシスタントを経験。17年に同校を卒業後、ニューヨークにて「タイガ・タカハシ」をスタート。2021年秋冬シーズンに日本に本格上陸。

T.T(タイガ・タカハシ)

京都市東山区祇園町南側570-120

T.T(1F)
営業時間:12時〜19時
TEL:075-525-0402
www.taigatakahashi.com

立札茶室「然美」(2F)
営業時間:13時〜、16時30分〜 ※完全予約の二部制
TEL:075-525-4020
rustsabi.com

定休日:水